第57話 風のノアと、漆黒の天使

 どこまでも続く、真っ暗な闇の中を進んでいくうちに、辿り着いたその先は、どこかの屋上だった。


 下方を見下ろすと、アースベルの街灯が、小さく密集して見える。こんなに高い屋上は、恐らく、レーベンヴァルト家の屋上だと思う。


 うっかり足を滑らせてしまえば、一貫の終わりだ。そう思い、腕の中のルナと共に、ブルッと身震いすると、目の前のおじいさんと、邪悪な気配を漂わせる、謎の存在、カロスに視線を向けた。


 隣に立つノアは、鋭く睨みながら、敵に向かって口を開いた。


「……てめえ、アリーシャの爺さんだろうが。何で、アリーシャを殺そうとしたんだ!」


 ノアが、そう怒鳴ると、お爺さんは、フンと鼻を鳴らし、ノアを冷ややかな目で睨み返した。


「……フン。あんなガキ、もう孫でも何でもないわい。貴様らも、この場で殺してやるわい。」


 そして、私たちに指を差しながら、カロスに「やれ。」とでも言う様に、目配せをした。


『御意。』


 カロスは、二つ返事で承諾すると、組んでいた腕を解き、右の手の平から、漆黒の光線を発射させてきた。


「避けろ!」


「わわっ!」


 間一髪、横にピョンッと飛び、何とか避けれた。


 光線が当たった床は、深々と穴が空いていて、そこから、真っ黒な煙をたてていた。


「あ、危なかった……。」


 ホッとしたのも束の間。カロスに視線を戻したが、そこにはニヤけるお爺さんしか居なかった。


「ど、どこに────。」


 行ってしまったの?と、言いかけたその時、背後に禍々しい気配を感じ、私は恐怖で動けなくなった。


「凛花、危ない!!」


 恐る恐る振り返ろうとした瞬間、ノアが飛び込みながら、私を抱えてくれた。


 よく見えなかったけど、その直後に、黒い光が見えて、爆音がしたから、危うく黒い光線に貫かれるところだったのかもしれない。


 助かった……と、思ったけど──。


「ぎゃああああああああっ!!」


「また落ちてるのですーーーー!!」


 勢いあまりすぎて、ノアが私たちを抱えたまま、屋上から落ちてしまったのだ!


「凛花!さっきみたいに、オレの足に風のマナを!!」


 そ、そんな無茶な!!


 そう思い、泣き叫び、震えながらも、ノアの足に向けて、何とか風のマナを送り込む事に成功したみたいで、ノアの両足が、爽やかな柳色に輝く。


「おっし!!ナイスだ、凛花!」


 ノアは、ニッと笑うと、クルッと縦に一回転し、屋敷の壁に足をつけた。


 そして、天へと狙いを定めると、風の力で一気に屋上へとジャンプした。落ちている時よりも、数倍の加速度を増している。


「ぎゃああああああっ!!」


「きゃあああああなのですーーーー!!」


 ノアは、文字通りの風の速さで、屋上よりも、さらに上空まで飛ぶと、そこからカロスの顔面に向かって、風を纏わせたキックを喰らわせた。


『ぐふっ!!』


 カロスは、ノアのキック力と風力により、思いっきり吹っ飛ばされ、屋上から落ちていった。


 ノアは、楽しそうにガッツポーズをしながら、屋上へと降り立った。


「今の蹴り、思いつきだったが、上手くいったみたいだな!さすが、凛花の魔法だな!」


 まさか、魔法と蹴りを融合してしまうとは思わなかったので、驚いてしまった。


 ノアって、こういう時に、何だかんだ機転が利くから、意外と頭が良いのかも。


 と、感心した、その時。


 グオオオオオオオオッ!!!


 地を揺るがす様な雄叫びが聞こえたかと思ったら、カロスが落ちた方向から、黒い邪気が発生し、街全体を暗黒に染め上げた。

 

 それと同時に、空から黒光りする天使の羽が、雪の様に舞い降り、街全体に降り注いでいく。


 その様子を見て、お爺さんは、フッと口元に笑みを浮かべた。


「……そう簡単に、くたばる訳がなかろうて。」


 その時、下方から、黒い天使が舞い上がり、鬼の形相で私達を見下ろしていた。右手には、鋭く尖った、漆黒の槍を持っている。


 さっきまでとは、まるで違う雰囲気に臆していると、ノアが私を護るように、スッと前へ出た。


「……凛花、下がってろ。」


 私は頷くと、少し下がり、そこから援護しようと、弓矢に変化したルナを握って構えた。


 ノアは、強い邪気に臆する事なく、ニヤリと笑うと、指で軽く挑発した。


「来いよ。」


 それが合図かの様に、カロスは、一気に翼を羽ばたかせ、槍を構えながら、ノアに飛び掛かってきた。




 

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