第54話 満月から舞い降りた天使 (アリーシャ視点)

「ちょっと!離しなさいよ!」


「うるさい。大人しくしてろ、じゃじゃ馬姫。」


「じゃじゃ馬って言うな!!」


「ちょっと、アリシア。あまりジタバタしていると、落ちるわよ。」


「この仏頂面に抱っこされるぐらいなら、落っこちても良いわよ!!」


 あれから夕飯を食べ終わり、しばらくすると、私達を儀式の間へと連れていくために、蓮桜がやってきた。


 私が断固拒否すると、蓮桜は面倒臭そうに、私を無理矢理、子供の様に抱っこして、部屋から連れ出したのだ。ライラも、渋々、その後をついてきた。


 そして現在、レーベンヴァルト家の中庭にあった、洞窟の中へと進行している。


 洞窟の中は、真っ暗なので、慎重に目を凝らさないと、本当に何も見えない。


 そんな中、私の叫び声が洞窟内に反響しまくっている。


「ちょっと!おーーろーーせーーーー!!!」


「……本当に、うるさい姫だな。本家の令嬢なのが信じられないな。」


「私だって信じたくないわよ!私が、あのハゲジジイの孫だなんて!!」


 そう言い放った直後、蓮桜が私の口を無理矢理、手で押さえつけた。


 私が、もがこうとすると、ライラが慌てた様子で、人差し指を自身の口元に当て、静かにする様に促した。


 少し遅れて、その意味を理解した私が、暴れるのをやめると、蓮桜は、塞いでいた口を、ようやく解放してくれた。


 そして、蓮桜に降ろされると、私は睨みをきかせながら、振り向いた。


 その先には、予想通り、ハゲジジイがいた。


 ハゲジジイは、私とライラを一瞥すると、フッと笑った。


「……来たか。早速、儀式の準備をするかのう。」


 どうやら、この洞窟の奥が、儀式の間の様ね。


 道中は、真っ暗で何も見えなかったが、洞窟の奥の広間は、あちこちに青白い炎が灯されているので、少し明るいが、まるで幽霊でも出てきそうな雰囲気なので、不気味な明るさだわ。


 天井を見上げると、ポッカリと大きな穴が開いていて、そこから空が見えるが、今は暗雲が立ち込めているので、せめてもの救いの月明かりすら、何も入ってこなかった。


 そして、この広間に着いてから、一番気になった物は、ハゲジジイの真後ろにある、琥珀色の大結晶だ。


「……ねえ。あんたの後ろにあるやつは、ただの結晶じゃないわよね?」


「ほう。の正体を知っているのか。」


「……やっぱり、グラン様なのよね?あんた、精霊様を儀式に巻き込むつもりなの!?」


 ジジイは、信じられない事に、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。


「その通りじゃ。儀式には、グランのマナも必要じゃからな。」


「……っ!そんな、お祖父様!」


 ライラが、ショックで目を見開き、口に両手を押さえながら、ストンと腰を抜かしてしまった。


 ジジイは、そんなライラの事を気にも留めず、懐を探ると、そこから雷牙を取り出し、乱暴に鞘を抜き捨てた。


 それを見た瞬間、私の堪忍袋の緒が、ブチンと完全に切れた。


「あんたみたいなやつが、母さんの形見に、気安く触らないで!!」


 反射的に飛びかかろうと、一歩前に踏み込んだ瞬間、足の手前ギリギリに、バチッと雷が一閃飛んできた。


 あのジジイが、雷牙を使ったのだ。


「……アリシア、大人しくしていろ。次は足を潰すぞ。」


 ジジイは、殺気立つ瞳で、私に睨みつけながら、そう吐き捨てた。どうやら、本気の様だわ。


 ジジイは、私に刃を向けたまま、ライラへと視線をうつした。


「ライラックよ。あの歌を歌うのじゃ。」


 そう言うと、今度は蓮桜に目配せすると、蓮桜は頷き、ライラに手刀を向けた。


 すると、ライラの福音の神器から、黒い紋章が浮かび上がったと思ったら、すぐに、パリンッと音をたてて、消え去った。


 そして、無色だったクリスタルが、みるみる内に虹色に染まり、輝きを放った。


 どうやら、封印が解除されて、神器が本来の力を取り戻したみたいだわ。


 ジジイは、ライラに向かって、クイッと顎をしゃくった。さっさと歌えと言ってるみたいね。


 しかし、ライラが戸惑っている様子で、歌おうとしないのを見たジジイは、私に向けている刃に、雷を纏わせた。


「ライラックよ、分かっておるな?お前が歌わなければ、アリシアの足を貫くぞ。」


 あのハゲジジイ!何て汚いやつ!でも、そんな脅しにビビっていられないわ!


「ライラ!歌っちゃダメよ!私は手足が失くなろうが、どうってことはないわ!こんなジジイの言いなりにはなりたくないわ!」


「フン、ガキが。儂は本気じゃぞ。」


 ジジイは、鼻で笑うと、雷の出力をあげた。今にでも放たれそうな勢いだ。


 ライラは、ハッとすると、一度目を閉じ、しばらく考えていた。


 しかし、次に目を開いた時には、意を決したかの様な、揺るぎない、強い瞳を宿していた。


「ライラ!」


 ライラは、私の制止を聞かずに、大きく息を吸い込むと、口を開いた。


 次の瞬間、ライラの口からは、予想もしなかった、地を這う様な低い旋律が奏でられた。


「なに?この歌声……!」


 まるで、呪いの歌だわ。スノーフィリルで歌った時は、天使の歌声の様な、綺麗なソプラノだったというのに!


 ライラの福音の神器も、歌声に合わせる様に、真っ黒に輝き出し、この空間一帯を、闇色に染め上げていく。


「ククク……。さあ、仕上げといこうかのう。」


 ジジイの声に、ハッとして振り返ると、ジジイが、グラン様の結晶に向かって、雷牙を振り上げているのが見えた。


「何をするつもりよ!!」


 止めようとしたが、既に遅かった。


 ジジイは、何の躊躇いもなく、グラン様の結晶に雷牙を突き立てたのだ。


 結晶は、突き立てられた部分を中心に、あっという間に亀裂が広がり、粉々に砕け散ってしまった……!


「グラン様が!……あ、あんた!何て事を!!」


「ククク……!これで、禁忌の精霊が復活する……!ハハハハハハハッ!!」


 ジジイが狂った笑い声をあげた瞬間、広間の床に、赤黒い巨大な魔法陣が浮かび上がり、そこからゾッとする様な、邪悪なマナを感じた。


 ヤバいと思い、未だに歌い続けているライラの手を引っ張り、逃げようとしたが、魔法陣が強烈な眩しい光を放ったので、思わず目を瞑ってしまった。


 瞼の向こうで、光が消えたのを感じたので、恐る恐る瞼を開いた瞬間、私は驚愕してしまった。


 ジジイの横には、黒い6つの天使の翼が生えた、人の様なものが浮かんでいた。


 眼球は真っ黒で、瞳は血の様に真っ赤。短く切り揃えられた髪は、銀灰色に輝いている。


 端正で美しい顔立ちは、まるで天使の様だが、そいつからは、禍々しい邪悪なマナを感じる。まるで、天使と悪魔が合体したかの様だわ。


「あれは……!まさか!」


 その時、ライラが口元に両手をあて、震えながら謎の生命体を見上げた。


「ライラ、アレを知っているの?」


「え、ええ……。本でしか見た事がないけど、かつて、グラン様が、この地に封印されたと言われている、闇の精霊のはず……!」


「闇の精霊!?」


 そんな精霊が居たなんて……!しかも、私達の神器を使って、目覚めさせるなんて……!あのジジイ、何て事を!


「許せないわ!!」


 いてもたっても居られず、私はジジイに向かって走り出した。


 ジジイは、私に気がつくと、ビシッと指をさしてきた。


「闇の精霊、カロス。まずは、あのガキを殺せ。」


『御意。』


 カロスと呼ばれた、闇の精霊は、美しくも重低音の声で了承すると、一瞬で私の目の前に移動した。


「なっ……!」


 私は、驚いて尻餅をついてしまった。


 カロスは、私を冷たく見下ろし、私に人差し指を向けると、指先に黒いマナを込め、黒い魔法の球を生成し始めた。


 逃げようにも、情けない事に、こいつの禍々しいマナの気に当てられ、足が震えて動けなかった。


 本当に、こんなところで、終わってしまうのかしら、私……。


 母さんの形見を、ハゲジジイに奪われた挙句、闇の精霊を復活させる道具に使われたのに、ジジイを一発もぶん殴れないまま、死んでしまうなんて……。


 私は、絶望を感じ、涙を一筋流した。


 その時だった。


 突然、天井の空から、ブワッと強い風が吹き荒れたかと思ったら、重く立ち込めていた暗雲が消し飛んで、大きな一つの満月が姿を現した。


 何事かと思い、涙で滲む目で、満月を見つめていると、その中心から、何かが近づいてくるのが見えた。


 同時に、そこから聞こえた声に、私はハッとした。


 この声は、間違いないわ……!


 私は、まるで天使の様に、満月から舞い降りてくる、その正体を確信した途端、一気に涙が溢れてきた。


「ロキ!!」


 その名前を呼んだ瞬間、カロスの構えていた右腕が、ザシュッと音をたてて、地面に落ちた。


 腕を斬り落としたロキは、私の目の前に、ストンッと綺麗に着地すると、スッと手を差し出した。


「……遅くなってしまい、申し訳ありません、アリーシャさん。」


 私は、腕で涙をグイッと拭うと、強気の笑顔を見せつける。


「ったく、遅いわよ!」


 そして、ロキの手をとり、立ち上がった。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 




 


 








 


 


 






      

 


 


 


 

 


 



 

 


 


 

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