第53話 渦巻く闇 (アリーシャ視点)
「う……ん。」
ゆっくりと瞼を開き、ぼやけていた視界が定まってくると、憂いを帯びたライラの瞳と目が合った。
そして、後頭部には、温かくて柔らかい感触がする。どうやら、ずっとライラの膝の上で眠っていたみたい。
「アリシア、目が覚めたのね!良かったわ!あれから日付が変わっても、全然目が覚めなかったから、心配したのよ?」
ライラは、そう言うと、ホッと胸を撫で下ろした。
「……私、そんなに眠っていたのね。日付が変わったって事は、今日は儀式の日なのね。」
ライラの膝から起き上がり、窓の外を見ると、空はもうすっかり茜色に染まっていた。儀式は夜に行うと言っていたから、もうすぐか……。
「……にしても、あのジジイ、ただじゃおかないわ!雷牙を取り戻したら、一発ぶん殴ってやるわ!」
そう言って、手の平にパシッと拳を叩いた。
「……強いのね、アリシアは。本当に、芯が強いところは、リリシア様譲りね。脱走された日も儀式の事で、あのお祖父様と散々揉めていたわ。」
「母さんも?」
ということは、やっぱり、母さんは儀式を阻止する為に、雷牙を持って逃げたのね。
今思えば、盗賊になった理由も、身元がバレる恐れがあったからだと思う。
警備隊相手なら、何人でもやり過ごせていたのに、母さんは、常に何かに警戒していた。それは、この家の追っ手だったんだわ。
そして、母さんが死んで、私は一人になった。
毎日泣きながら、小さな体で必死になって生きてきたわ。何度も死にかけた事だってあったわ。
それなのに、あのジジイ、何も知らないくせに、娘である母さんの事を何も聞いてこないし、孫である私を引っ叩いたわ!本当に、許せないわ!
未だに、ジンジンと痛む頬に触れながら、さっきの事を思い出す度に、沸々と怒りが込み上げてきた。
「……ほっぺた、腫れてしまったわね。ごめんなさい。」
ライラが申し訳なさそうに、そう謝ってきた。
「ライラが謝る必要はないわ。悪いのは、あのハゲよ。」
「ハ……お祖父様の事もそうなのだけれど、私の力が封印されているから、癒やしてあげられないの。」
……今、ハゲって言いかけていた気がするけど。ライラも相当溜まっているのかもしれないわね。
……と、それよりも。
「力?封印されているって?」
ライラは、自身の黒いチョーカーに、そっと触れた。そこには、透明なクリスタルが付いている。
「これはね、福音の神器なの。歌う事で、想いを力に変えることが出来るの。」
驚いたわ。そんな神器も存在するのね!
そういえば、ライラって、歌が上手だったわね。まるで天使の歌声の様だったわ。
「でも、今は蓮桜に封印されちゃってね。儀式には、この力が必要みたいだから、その時だけは解放してくれるみたいだけど。」
だから、あのジジイ、ライラの精神が傷つくと困るとか言っていたのね。
その時、ドアをノックする音がして、メイドさんが入ってきた。
「……失礼致します。少々お早いのですが、お夕食を持って参りました。」
そう言って、見た事もない様な、豪華な食事をテーブルの上に並べると、一礼して去っていった。
私は、料理を一瞥し、フンと鼻を鳴らすと思いっきり視線を逸らした。
お腹は空いているけど、絶対に食べないわ!
そう決意した私を見て、ライラは複雑な面持ちで、首を横に振った。
「アリシア。私達がちゃんと食べないと、さっきのメイドさんがクビになってしまうわ。」
「クビ!?あのジジイ、部下にも容赦ないのね。血も涙もないやつ!」
ライラは、少し悲しげに俯くと、憂いを帯びた瞳を揺らした。
「……お祖父様は、昔は、あんな方ではなかったわ。いつも私の歌を褒めて下さって、優しく撫でて下さったわ。使用人に対しても、いつも感謝の言葉を述べたり、悩みを親身に聞いて下さったりと、心優しい方でしたわ。」
「あのジジイが!?」
信じられないわ!まるで別人の話を聞いているかの様だわ。
「……それなのに、いつの間にか、頭と共に心までハゲてしまいましたわ。」
とうとうハゲって言ったわ、この子。
ライラは、大きなため息を吐くと、ゆっくりと食事に手を伸ばした。
そして、一口食べると、何故か不思議そうに首を傾げる。
「……やはり、ロキ様のお料理の方が、何倍も
私も一口食べてみた。さすが貴族の食事だけあって、味自体は正直、悪くないわ。
だけど、確かに、ロキの料理と比べると、何かが足りない気がする。
おそらく、きっと……。
「ロキの料理はね、真心が込もっているのよ。この料理には、それが入っていないのよ。」
ライラは、目を見開いて、私をしばらく凝視すると、突然笑い出した。
「な、なによ。」
「だって、アリシアから、そんな言葉を聞けると思わなかったから、意外だなって、思っちゃって。」
「なっ……!」
しまったわ!つい、柄にもない事を言ってしまったわ!
私は、恥ずかしくなって視線を逸らした。多分耳まで真っ赤になっていると思う。
「フフッ。でも、アリシアの言う通りだわ。ロキ様のお料理は、何だか心の芯まで温まったもの。……また、食べたいわ。」
ライラは、そう言うと、しょんぼりと落ち込んでしまった。
私は一度、深呼吸をして気を取り直すと、自信たっぷりの笑みを、ライラに向けた。
「大丈夫よ!ロキたちは、絶対に来てくれるわよ!そしたら、またいくらでも食べれるわよ!」
自分にも言い聞かせるつもりで、そう言った。
ライラは、頬に流れた涙を、腕でグイッと拭き取ると、頷いた。
「……ええ。ありがとう、アリシア。」
私は頷くと、外に目を向けた。
いつの間にか日は沈んでいて、空には夜の裾野が広がり始めていた。もう間もなく、何が起こるか分からない儀式が始まる。
でも、不安なんてないわ。きっと、皆も来てくれるって、信じているから。
私は、真っ直ぐと宵闇を見据えながら、そう決意した。
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