最終話 異性として

 あれからしばらく、ぼんやりと星空を眺めながら、帰路を歩いていた。ロキも気を遣ってか、黙って隣を歩いてくれていた。


 そんな静寂の星空の下で、


「……ねえ、ロキ。」


 私が、そっと口火を切ると、ロキは立ち止まり、耳を傾けてくれた。


「……私ね、アルの事を、昔の自分と重ねて見ていたの。だからこそ、彼を救いたいと思っていたの。……でも、あんな結果になっちゃった。


 ……私は、ちゃんと救えたのかな。そもそも、私に出会わなければ、暴走することも、なかったのかもしれないわ。」


「……私は、救えたと思います。彼は最後、とても穏やかそうに眠りました。

 きっと、アリーシャさんと出会えたからこそ、あんなに穏やかになれたのだと思います。だから、アリーシャさんは、ちゃんと彼を救えたはずです。」


 ロキは、そう言うと、優しく微笑んでくれた。


「ロキ……。」


 その笑顔を見て、私は安心し、


「……ありがとう。」


 と、お礼を言うと、一呼吸置いて、これまでに抱えていたモヤモヤを、ロキに打ち明ける事にした。


「……私ね、最近、焦っていたの。背も伸びたし、胸も大きくなったから、少しは、ロキに大人っぽく見てもらえると思っていたの。

 でも、ロキは、いつまで経っても私を子供扱いするから、この先も、ずっと、大人の女性として見てもらえないんじゃないかって不安だった。そして、いつの日にか、私の事を見向きもしなくなるんじゃないかって思うと、恐かった。」


 胸の内を明かし、スッキリした気持ちになると、自然と笑みが浮かび上がってきた。


「……でもね、さっき、ロキが何があっても、私の事を大切に想うって、言ってくれた。それに、私を護る騎士だからって。だからね、もう、不安じゃないの。」


 ロキは、目を丸くして驚いた後、安堵した様にフッと笑みを浮かべ、意外な台詞を口にした。


「……私も、恐かったのだと思います。」


「え……?」


「アリーシャさんは、自立心の強い、立派な方です。それは旅をしていた頃から、そう思っていました。

 ……ですが、そう思いつつも、今でも過保護になってしまう理由は、アリーシャさんが、いつか、私の元を離れていってしまうのではないかと思うと、恐かったのです。

 先ほど、ようやく、そんな想いを抱いている自分に気が付きました。」


 ロキも、そこまで言うと、口角をあげ、ニッコリと笑った。


「……ですが先程、アリーシャさんは、私の事を一番大切だと仰っていました。それに、アルの話ですと、アリーシャさんの心の中は、私に対する、あったかい気持ちでいっぱいだったと。

 それを聞いて、私も、どこかホッとしました。」


 ……ロキも、私と離れるのを、恐れていたんだ……。


「……なーんだ、……そうだったのね。」


 ──心配する必要なんて、何も無かったのね。


 そう思ったら、益々安心して、自然と笑みが溢れていた。


 ロキも、そんな私を見て、安心したのか、クスッと笑った。


 ……が、突然何かを思い出し、ハッとすると、顔を赤くしながら、申し訳なさそうな表情で私を見下ろした。


「……ところで、アリーシャさん。……一つ、謝らなくてはいけない事があります。」


「え?喧嘩した時の事?それなら、もう──」


「いいえ。実は……、先程、アリーシャさんは水を飲んでしまって、息をしていなかったんです。……緊急事態とは言え……、その……。


 ……く、口付けを……、してしまいました。」


「………………え。」


 ……今、何て?


 一瞬、頭が硬直してしまったけど、次の瞬間、顔が一気に熱くなりながら、


「ええーーーーーーーーーーーーッ!!!」


 と、大声で叫んだ後、思わず指が唇へと触れ、顔が一気に真っ赤になっていくのが、自分でも分かった。


 だって、ここに、さっきまで、ロキのが触れていたのだと思うと、ドキドキが止まらないわよ!


「も、申し訳ありません!まだ嫁入り前なのに、10も年上の私なんかと口付けしてしまい──、」


 と、慌てて頭を下げるロキに、私は首をブンブンと横に振った。


「ち、違うの!……寧ろ、ロキで良かったの!!」


「……え?」


 意表を突かれたロキは、三日月の様に細い目を、大きく見開かせながら、私をジッと見つめた。


 その時に、


『まあ、本当なら、素直に好きだと言ってしまった方が、早いと思うがな。』


 昨日のバーン様の言葉を思い出した。


 ……あの時は、言える訳がないなんて、思っていた。


 ……けど、今なら……。


 私は、大きく深呼吸をすると、意を決して、口を開いた。


「……ロキ、好き……。」


「……え?」


「す、好きって言ったのよ!異性として!結婚前提で!!」


 恥ずかしすぎて、思わず怒鳴り口調で、一気にぶちまけてしまい、余計に顔が赤くなっていくのが、自分でも分かってしまった。


 けど、さすがのロキでも、これだけ言ってしまえば、言葉の意味を理解した様で、顔を赤くすると、珍しく慌てまくった。


「え!ええッ!?…………と、年上の私よりも、もっと年の近い男性との方が良いのではないのですか!?」


「わ、私は!旅をしていた時から、ロキの事が好きだったのよ!ロキ以外の男なんて、考えられないわよ!」


「……そんなに前から、私の事を、そんな風に想ってくれていたんですね。

 …………実を言いますと、旅をしていた頃は、アリーシャさんの事を、孤児院の子供達と同等に見ていました。アリーシャさんの、親代わりになれればと、そう想って接していました。」


 ……やっぱり、ロキは私の事を、子供の様に見ていたのね。


「……ですが、今回の戦いを経て、想いの変化に気が付きました。私は、アリーシャさんの事を、一番失いたくない、この世で一番護るべき存在なのだと、強く実感しました。

 それは、親としてではなく……。」


 落胆しかけていた私は、ハッとして身を乗り出す。


「そ、それって、つまり……!?」


「はい。……私も、アリーシャさんと同じ想いです。結婚前提で、お付き合い願えますか?」


 ……まさか、ロキの口から、そんな言葉が出てくるとは、夢にも思わなかった。


 だから、思わず、ほっぺを強くつねってみたけれど、当然痛い。


 …………夢じゃ、ない!!!


 ようやく実感すると、涙が一気に溢れ、泣いているのか笑っているのか、自分でも良く分からない顔をしながら、ロキに抱きついた。


「……ええ!喜んで!……ありがとう、ロキ。」


 そう言うと、ロキは、ギュッと、優しく抱きしめてくれた。


「……こちらこそ、好きで居てくれて、ありがとうございます、アリーシャさん。」


 昔は、ロキが屈まないと、抱き付けなかったけど、今は、こうして、自分から抱きつく事が出来るようになった。


 年齢の差が埋まる事は、決して無いけど、身長の差が埋まってくる内に、こうして少しずつ、対等な関係も築けていけるのだと、私は、この日、実感して、希望が持てた。


「……あと、敬語は使わないで。名前も呼び捨てで呼んでほしい。」


「え!で、ですが……。」


 その時、私がムッとした表情で、軽く睨み上げると、ロキは渋々頷き、


「……ど、努力……する。……アリーシャ。」


 と、少し恥ずかしそうに微笑み、そう呼んでくれたロキに対して、何だか新鮮な気持ちになると同時に、愛おしい感情で、胸がいっぱいになり、私は笑った。


 すると、その時。


 私とロキの周りに、お星様の様な金色の光の粒子が、あちこちに漂い始めた。


「……これは、マナ?」


 マナの出所を、目で辿っていくと……、さっきまで私達がいた、アルが眠っている森からだわ。


 けど、それに気が付いた途端、マナの粒子は消え、再び、月と星明かりだけの夜へと戻った。


「……きっと、アルが、今あるだけのマナを使って、祝福してくれたのかもしれませんね。」


「フフッ、そうかもね。……って、敬語になってるわよ。」


「さ、さすがに、まだ癖が抜けない……んだ。」


 慣れないタメ口に、戸惑っているロキを見て、また笑ってしまった。


 そして、もう一度、森の入り口へと目を向けると、


 ──アル、ありがとうね。


 と、心の中で、お礼を言い、微笑みを向けた。


 その時、森の入り口で、アルが立っていて、無邪気な笑みを返してくれた様な気がした。

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