第48話 スノーマジックエール

「……はあ。な〜んにも持たずに屋敷を出てしまいましたし、これからどうしましょう。」


 女性は、時折ため息を吐きながら、ずっとブツブツ喋っている。


 家族と喧嘩して、思わず飛び出して来てしまったのだろうか。見た目や喋り方から、どこかのお嬢様な感じがするし、さすがに親御さんも、心配しているんじゃないかな。


 すると、ロキさんが、女性の目線に合わせる様に、スッと膝をついた。


「……ご家族の元へ、お戻りになられないのですか?」


 女性は、ロキさんの柔和な笑みに見惚れた後、ハッと我に返ると、慌てて首を横に振った。


「え、ええ。……そもそも、帰り道が分からないのですわ。屋敷の外に出たものですから。」


「初めて外に!?」


 思わず声に出して、驚いてしまった。箱入り娘ってこと?本当にいるんだ……。


「そうですわ。上手いこと屋敷から出られたのは良いのだけれど、ご飯は出てこないし、寒いし、だ〜れも居ないし、散々な目に遭いましたわ。途中で川に落っこちた時は、凍え死ぬかと思いましたわ。」


 ……よ、よく生きていたな、この人。


「……そ、それは、災難でしたね。ところで、あなた様のお名前は?」


「私は、ライラ────。」


 女性は、言いかけてる途中で、突然ハッとすると、慌てて両手で口を押さえた。


「……ライラ?」


 訝しげに思いながら、そう聞くと、女性は、激しく首を縦に振った。


「ライラ……。そう!ライラと呼んで下さいまし!歳は、16ですわ!」


 何か、名前に続きがありそうだけど、知られたくないみたいだし、これ以上は詮索しない方が良いのかもしれない。


 ……にしても、私よりも一つ年下なんだ!私よりも大人っぽいし、それに胸だって…………、くっ!!私だって、まだ発展途上だもん!これから大きくなるよ!


 悔しげな気持ちが顔に出ていたのか、ライラがキョトンとしながら、私を見つめてきたので、慌てて笑顔を取り繕い、自己紹介をする事にした。


「わ、私は、凛花!」


「オレはノアだ!よろしくな!」


「私はロキと申します。……ちなみに、私はシェフではありませんので。」


「私はルナというのです!妖精なのです!」


 ライラは、ルナの姿を見て、「まあ!」と、声をあげると、わしゃわしゃとルナを撫で上げた。ルナは気持ち良さそうだ。


「フフッ、可愛らしいわね。……ところで、そちらのおチビ様は?」


 おチビ呼ばわりされたアリーシャは、頬を膨らませ、不機嫌そうにしている。


「…………アリーシャ。」


「……アリーシャ?」


 ライラは、アリーシャの名前を復唱すると、何故か驚きながら、アリーシャを凝視した。


「……な、何よ?」


 アリーシャが怪訝そうに尋ねると、ライラはハッとして、「な、何でもないわ。」と、慌てて首を振った。


 アリーシャは、首を傾げながらも、それ以上は追求しなかった。


「……ところで、ライラは、この後どうするんだ?」


 ノアがそう尋ねると、ライラは、不安そうに瞳を揺らした。


「……分かりませんわ。」


「きっと今頃、ご家族が心配しているんじゃない?一度家に帰ったら?」


 そう言ったけど、ライラは、首を横に振る。


「……でも、お祖父様は、私の言う事に、もう耳を傾けてくれませんし……。」


 お祖父さんと暮らしているんだ。よっぽど頑固なのかな。


「ですが、荷物を何も持たずに、外に出るのは無謀な行為ですよ。魔物も出ますからね。お祖父様も、きっと心配しているはずですよ。……ちなみに、家はどちらなのですか?」


 ライラは、しばしの沈黙の後、重い口を開いた。


「…………アースベルですわ。」


「アースベル!!」


 丁度、私達が向かおうとしている霊地だ!


 シュンとしながら俯くライラに、ロキさんが手を差し伸べ、ニッコリと微笑む。


「私達も、そこへ向かう途中なのです。共に参りましょう。」


「でも……。」


「お祖父様との対談に不安を感じるのであれば、私達もお供します。少しでも和解に助太刀出来ればと思っています。」


 ライラは、少し不安が晴れたのか、表情が和らいでいく。


 そして、意を決した様に頷くと、ロキさんの手を取り、一緒に立ち上がった。


 ロキさんは、安心した様に、微笑んだ。


「さあ、そろそろ参りましょうか。雪の妖精族の方々にも、挨拶をしなければ。」


 そういえば、雪の妖精たちが、見せたいものがあるって言っていたっけ。何だろう……?


 そう思いながら、家から出てみると、外はもうすっかり暗くなっていて、満点の星空には、まん丸に近い上弦と下弦の月が、大きく浮かび上がっていた。


『良かったズラ!目が覚めたズラね!』


 地面を見下ろすと、雪の妖精達がいて、皆ホッとしていた。


「ああ。オレたちは、そろそろ出発するよ。色々と教えてくれてありがとな!アイス、美味うまかったぜ!」


『その前に、お見送りの儀式をさせてほしいズラ!』


「お見送りの儀式?さっき言っていた、見せたいものの事かな?」


『そうズラよ!旅人の安全を願う儀式ズラ!オラ達が気に入った人達にしか見せない、超レアな儀式ズラ!』


 雪の妖精達は、そう言うと、村のあちこちに鎮座されている、銀色の結晶に手をかざした。


 結晶は輝き出し、薄暗かった辺りが、昼間の様な明るさに覆われた。それに伴って、雪の妖精達が、ピョンピョコと跳ねる様に舞い始めた。


 すると、そこかしこに雪結晶が浮かび上がり、ピカピカと光り輝いている。手に乗せても、不思議と溶けることなく、その形を保ち続けている。


 そして、雪で出来た銀の花弁が、天高く舞い上がり、星空や月を、銀色へと染め上げた。


 それと同時に、村の中心の地面から、氷のツリーが生えて、一瞬で天を衝く程に巨大化した。


 壮麗な光景に、私達は息を呑んでいた。


「綺麗……。」


『雪結晶は、心が壊れない様にと、花弁は、どこまでも天高く舞い上がれと、氷のツリーは、迷わず真っ直ぐ突き進めという願いを込めているズラよ!』


 雪の妖精が、エッヘンと自慢げに鼻を鳴らしながら、そう言った。


「……素晴らしいですわ……!」


 ライラは、目を輝かせながら、そう感嘆の声をあげると、ゆっくりと目を閉じて、大きく息を吸い込んだ。


 そして、次に彼女から発せられた声によって、辺りは、さらに幻想的な雰囲気に包まれる。


 ライラが、歌い出したのだ。


 しかもその歌声は、まるで氷の様に透き通った美しい声。さっきまでの印象とは、全然違う。


 まるで、氷の精の様。


 荘厳な音色に、目を閉じて、聞き惚れる。雪の妖精達も、うっとりしている。


 ライラは、しばらくして歌い終えると、フーと一息つき、清々しい笑顔で、お辞儀した。


「久々に、思いっきり楽しく歌えましたわ!ご清聴、感謝いたしますわ!」


 私たちは、大きな拍手でライラを称えた。


「ライラ、凄いよ!プロの歌手みたい!」


 さっきの荘厳さは、どこへやら。ライラは、鼻の穴を広げながら、嬉しそうにニヤけた。


「プ、プロだなんて……!そ、そんな、大袈裟ですわ。」


『そんな事ないズラよ!感動したズラ!また、聞かせてほしいズラ!』


「ええ!またいつか、参りますわ!」


「その時は、また家出しちゃダメだからね。」


 アリーシャにそう言われたライラは、口笛を吹きながら、視線を逸らした。……またやる気だな?


「そ、そ〜んな事よりも、早く行きますわよ!」


 ライラは、そう言うと、村の出口へと走り出した。


「あ!一人で先に行くと危ないよ!」


 私たちは、雪の妖精にお辞儀すると、急いでライラの後を追った。


 走りながら後ろを振り返ると、手を振る雪の妖精達と、あの氷のツリーが、私達を見送ってくれた。


 天を衝く程の、力強いその姿を、目に焼き付けて、改めて決意を胸に、スノーフィリルを出発した。




 


 

 


 


 


 

 





 

 




 


 


 

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