第3話 囚われの身
「────いッ!」
暗闇に沈んでいた私の意識は、お腹の強い痛みによって、一気に現実へと引き戻された。
しばらく体を丸め、痛みに耐えている内に、少しだけ痛みが和らいできたので、何とか顔だけを動かし、周囲を見回してみた。
……ここは、木造建ての小さな部屋の様だった。木で簡素に造られた、小さな机と、丸太の椅子。そして、私が寝かされている、薄くて固い布団があるだけだった。
完全に、見覚えのない場所だった。
「……こ、ここは……?」
一体、誰の家なのか……その答えは、軋む木の扉を開け、入ってきた来訪者を見て、すぐに分かった。
「……ようやく目が覚めたのね。聖女の娘といえど、肉体は私よりも脆い。お陰で待ちくたびれたわ。」
桜色の髪の少女は、私が目覚めたのを確認すると、哀れだと言う様な視線を、私に投げかけた。
温度を感じない様な冷たい視線に、私はビクッと身体を強張らせるも、まだ痛むお腹を押さえながら何とか起き上がり、意を決して少女へと質問をした。
「……ここは何処なの?……ノアは?ノアも近くに居るの?」
「……ノア?あなたと一緒に居た、白魔の事かしら?彼なら居ないわ。彼も白魔だから、この世界に連れて来ても良かったのだけど、あなたを連れて行こうとしたら、殺気立っていて面倒そうだったから、置いてきたわ。」
ノアが近くに居ないと分かり、少し不安になりつつも、今の言葉に引っ掛かりを感じ、首を傾げた。
「この……世界?ここは、エルラージュじゃないの?」
「正確には、エルラージュであって、エルラージュではない……と言った方が良いかしら。……実際に外に出て見た方が良いわね。」
少女は、そう言うと、まだお腹が痛む私の腕を強引に引っ張り、部屋の扉へと手をかけた。
夕焼けの眩しい光で、反射的に目を細めたが、視界が慣れてくる内に、驚く光景が目に入り、私は一気に目を見開いて、さらにお腹の痛みも忘れて、唖然としてしまった。
まず、真っ先に目に飛び込んできた光景は、白銀に、真っ赤な瞳を持つ者達が、周辺の至るところに存在している。……間違いなく、白魔だ。
そして、それ以外の髪と瞳の色の女性も、何人かいるけど……普通の人間ではなく、皆、強いマナを帯びている様な気がする。
……この人達は、まさか……黒魔女!?
しかも、ここにいる皆は、すっかり顔馴染みの様で、種族関係なく、楽しそうに会話したり、草原や木の上で、リラックスして休んだりしている。
木で簡素的に造られた、小さな家も幾つかあり、明らかに、質素だけど、この場で生活している様だった。
でも、今まで色んなところを歩き回ったけど、こんな場所、見たこともないし、噂程度でも聞いたことがなかった。
「ここは……、一体どうなっているの……?」
そう驚き、あんぐりと口を開けた。
少女は、そんな私の顔が面白いのか、少しだけクスリと笑うと、さらに驚く事実を告げた。
「ここは、私のマナによって創られた世界。質素だけど、白魔も黒魔女も、そして私の様な、“狭間の者”でも、安心して暮らせる世界。外の世界からは、この場所は視認できないし、侵入することさえも出来ないわ。」
……そういえば、この前、久しぶりにライラと蓮桜に会ったのだけど、その時に二人が言っていた。
アレクシアが、……愛の修行?とやらで、黒いマナを鍛え上げ、自分だけの世界を創り上げてしまったと。
ライラ達の話を信じていなかった訳ではないけれど、こうして実際に、白魔と黒魔女だけの世界を目の当たりにすると、素直に驚いてしまう。
…………でも、一つだけ、分からない事がある。
私は恐る恐る、少女に尋ねてみた。
「……何で、私を連れて来たの?私は、黒魔女ではない、普通の魔女だよ?」
「意思疎通も出来ない植物に対しても、慈愛に満ち溢れていて、そのうえ、回復魔法の強さも申し分ない。それと、白魔と行動していた事から、あなたは白魔に対して、嫌悪感を抱いていなさそう。
……だから、決めたの。」
少女は、ここまで言えば分かるだろうと言う様に、言葉を途切らせ、私の目を見据えた。
けど当然、私は分からず、首を傾げながら、言葉の続きを促す。
「……何を?」
少女は、他人との会話に慣れていないのか、面倒臭そうに、ため息を吐くと、少しイライラ気味の口調で告げる。
「だから、さっき気絶させる前に言ったでしょう?あなたは、私達の聖女様に相応しいって。」
「……え?私が、あなた達の……聖女様?」
「そう。この世界に、白魔と黒魔女が増えてきて、一つの国として成り立とうとしている。そして皆、この世界を創った私の事を、聖女様として、崇めようとしている。
……でも、私は、自分が聖女になるのは、相応しくないと思っている。黒魔女の血が混じっているから、傷ついた民がいても、回復魔法が使えないし、民同士のいざこざがあっても、暴力で無理矢理、止めてしまうし、民から悩みを聞かされても、共感するのが苦手な私には、解決する事が難しい。
……でも、あなたは、トロそうだけど、強い回復魔法を使えるし、優しい心を持っているし、雰囲気からして、皆から好かれそうな気がする。だから、ここに連れて来た。」
少女は、そこまで説明すると、パステルブルーの瞳で、再び私を見据え、私の反応を待った。
……確かに、理由は分かったけど……、いくら何でも強引すぎる。
でも、ここにいる人達の事は、放って置けないし、この世界に閉じこもるのも良くないから、それは何とかしてあげたいとは思う。
私は、そう、しばらく考えた後、妙案を思いつき、ハッと顔をあげた。
「そうだ!今、魔女の里を復興させたいんだけど、そこに移住するのはどうかな?」
「……は?」
「あなたも、この世界を維持させる為に、今もマナを浪費し続けていて、大変なはずでしょう?いつか、限界が来てしまうかもしれないよ。それに、私とノアが、少しずつだけど、白魔達の印象を良くさせる為に、頑張って旅をしているから、いつか、きっと────」
そう話している途中で、突然、少女が私の両腕を、ガシッと掴み、ギリギリと爪を立て始めた。
「ッ────!!!」
痛みと恐怖で、声を出せない私に、少女は白魔の姿に変化し、殺気込もった赫い瞳で、容赦なく睨みつけた。
「…………私たちは、一生、ここで暮らすの。また変な事を口にしたら、八つ裂きにしてやるから。」
少女は、呪いの様な怨嗟の声音で、そう静かに告げた途端、私を壁へと強く叩きつけた。
「かはッ…………!!」
肺の空気が一気に吐き出され、息つく暇もなく、今度は髪を乱暴に掴み上げられ、さっきの布団の上へと、強く投げ飛ばされてしまった。
「うっ……!」
「……しばらく、そこで頭を冷やして。」
少女は、うずくまる私を、冷ややかな目で見下ろすと、扉を強く閉めた。
扉の向こう側では、誰かが駆けつけ、少女と話している声が聞こえた。
「おい、ルカ。何の騒ぎだ?今の女は誰だ?」
「……後で説明する。」
短い会話を交わした後、二つの足音は遠ざかり、やがて辺りは静まり返った。
「……ルカ……、あの子の……名前?……うっ……。」
私は、よろよろと、何とか上半身だけを起こすと、爪をたてられた上腕から、血が流れ落ちている事に気が付いた。
自身を抱きしめる様に、両腕の傷をおさえると、どんどんと不安の波が押し寄せてきて、ノアの顔が思い浮かんだ。
「……私、どうなっちゃうんだろう。……これから、どうすれば良いのかな……。」
ポツリと呟いたその声は、誰に届くわけもなく、私は、一人で声を押し殺して泣いた。
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