花の都・フローレリアとアクア様

第35話 再会と、気付かれたくない想い

 私たちは、星降る森でオールしたので、いつでもハウスで一眠りしてから、ペルーラ乗り場へと向かった。


 しばらく歩いていくと、見渡す限りの大きなコバルトブルーの海が見えてきた。燦々の太陽に照り付けられた海原は、まるで宝石の様にキラキラと輝いていて、眩しいぐらいだ。


「綺麗……。」


 気が付くと、思わず、そう呟いていた。

 私の住んでいた孤児院は、都内だったので、実際に海を見るのは、指で数える程度だった。


 ……そういえば、今年の夏は、真希とゆうと一緒に、海に行こうねって、話していたっけ。


 二人の姿を目に浮かばせながら、海を眺めていると、ノアがキョトンとしながら、視界に入ってきた。


「どうした?凛花。」


 ノアが視界に入ってきたことで、我に返った私は、慌てて首を振りながら、笑顔を取り繕った。


「……何でもないよ!それより、ペルーラ乗り場は、もうすぐなの?」


「はい。海が見えてきたので、もうすぐ到着出来るかと思いますよ。」


「よーーし!もうすぐだって!」


 ごまかす為、わざとテンションを上げてみたが、ノアは、相変わらず真剣な表情で私の事を見つめ続けている。


 ……いつもは、そんな顔しないのに。いつもみたいに、楽しそうに、はしゃいでいてよ。


 そう思いながら困っていると、後ろから足音が聞こえてきた。


「……あら?あなた達は……。」


 さらに、声も掛けられたので、振り返ってみると、そこには見覚えのある女性がいた。


 黒髪のショートボブに、赤いカチューシャ。1回しか会っていないけど、強烈な出来事があったから、すごく覚えている。


「クエスト屋の受付嬢さんですよね?」


 そう尋ねると、受付嬢さんは、嬉しそうに目を輝かせながら、私とノアの手をブンブンと握手した。


「覚えていてくれたのね!光栄だわ!さっきドランヘルツを通った時に、あなた達の活躍っぷりを聞いたわ!さすが伝説の二人ね!しかも、魔女と白魔なんでしょ?道理で強いわけだわ!」


 もう知っているんだ!そういえば、この人、冒険者マニアだったんだっけ。


 すると、受付嬢さんは、私の背後に、じろりと視線をうつす。


「……それと、ドランヘルツで有名だった、盗賊のガキンチョ。」


 ……やっぱり、アリーシャの事はバレていた。


 私の背後に隠れていたアリーシャが、ムスッとした表情で、顔を出した。


「……悪いけど、捕まるつもりはないから。」


 受付嬢さんが何かを言いかけたその時、ロキさんがスッと間に入ってきた。


「どうか、アリーシャさんを責めないで頂けますか?彼女は、早くに母親を亡くしたうえに、盗賊としての生き方しか知らなかったのです。」


「ロキ……。」


 アリーシャが瞳を揺らしながら、ロキさんを見上げると、ロキさんは優しく微笑みを返してくれた。


 受付嬢さんを見ると、ぽーっと顔を火照らせながら、ロキさんを見つめている。


「あ、あら。なかなかの好青年じゃない。……気に入ったわ!サイン頂戴!サイン!」


 受付嬢さんは、背中に背負っている大きなリュックサックの中から、金ピカに輝く色紙と羽ペンを取り出し、ロキさんにズイッと差し出した。ロキさんは驚き、苦笑している。


「で、では、これを書きましたら、アリーシャさんの事を、見逃して頂けないでしょうか?」


「別に、私はガキンチョを捕まえるつもりは、無かったわよ?ドランヘルツでの活躍も聞いたしね。にしても、あの盗賊少女が、街のヒーローになっていたとは、正直驚いたわよ。」


 私はそれを聞いて、ホッとした。アリーシャも安心したのか、私の背後から出てきてくれた。……が、表情はムスッとしたままだ。


「……ヒーローになったつもりはないけどね。それと、ガキンチョはやめて。」


「ガキンチョはガキンチョでしょ?」


 一つわだかまりが解けたと思ったけど、二人は火花が散りそうな程に、バチバチと睨み合っている。


「……アリーシャさんの事を、許して下さり、感謝致します。」


 そんな時、ロキさんがニコニコとしながら、サイン入りの色紙を渡してくれたので、受付嬢さんは、再びパアッと笑顔を輝かせた。


「ありがと!さて、何処に飾ろうかしら?ウフフ……。」


 何やら怪しい笑みを浮かべながら、色紙を眺めている。


「ところで、お姉さんは、こんなところで何してるのです?」


 ルナが受付嬢さんの雰囲気に物怖じせずに、可愛らしい笑顔で、そう尋ねてくれた。


 そういえば、クエスト屋で着ていた制服とは違い、薄いシャツに、足がキュッと引き締められたジーンズの様な物を履いており、ラフな格好みたい。


「エヴァで良いわよ。それが、私の名前。実はね〜、長期休暇をとって、サクラの国に旅行しに行こうかと思ってね!もうすぐ、黄燐桜が咲くみたいなのよ!」


 エヴァさんって言うんだ。何だかカッコいい!それに、これからあのサクラの国に行くんだ。……にしても、黄燐桜?


「……ねえ、黄燐桜って何?」


 エヴァさんに聞こえない様に、こっそりと、アリーシャに耳打ちした。


「黄燐桜っていうのはね、サクラの国にしか咲かない、黄金に輝く花の樹よ。花弁がハートみたいな形をしていてね、可愛いのよ。」


 花弁の形は、私の世界の桜と同じみたい。でも、黄金色に輝くの?何それ、見てみたい!


「そういえば、凛花ちゃんの服って、サクラの国のよね?凛花ちゃん達も行くの?」


 行きたい!……と、言いかけた私に気付いたのか、しっかり者のアリーシャが割って入ってきた。


「でも、サクラの国は、かなり遠いわよ。それに、私達には、やらなきゃいけない事があるじゃない。」


「……そうでした。」


 私は、がっくりと肩を落とした。


「……ということは、エヴァさんも、これからペルーラ乗り場に向かわれるんですか?」


「そうよ。……『も』って事は、ロキ様たちも、ペルーラに乗るの!?一緒に乗りましょうよ!」


 エヴァさんが目を輝かせながら、ロキさんの手を握りしめている。ロキさんは、驚いて細い目を見開かせている。


「え、ええ……。わ、我々は途中までですが……。」


「それでも良いわ!ロキ様の事、色々と聞かせてくださいね!それと、凛花ちゃん達も、これまでの旅のお話も、是非聞かせてね!」


「はい!」


 まさか、こんなところで、エヴァさんと再会するなんて、思いもしなかったし、途中まで一緒に行動するとも思わなかった。


 しかも、エヴァさんの眩しい笑顔と、ハイテンションな姿を見て、さっきまで感じていた寂しさが、吹っ飛んだ気がする。


 それなのに、ノアは、まだ真剣な眼差しで、私を見つめていた。


「……何?ノア。」


「……いや。無理してなければ良いと思ってな。」


「別に、無理なんてしてないよ?」


「……そうか?」


「そうよ。」


 ……そう。別に、無理なんてしていない。例え、無理していたとしても、皆に迷惑かけたくない。


 何となく気まずい雰囲気になり、私は、ノアから少し距離を空けて歩いていた。


 私の雰囲気を察したのか、肩の上に乗っているルナが、心配そうに見つめていたので、私は、「大丈夫だよ。」と、笑顔でルナを撫でまくった。


 そして、エヴァさんが真っ直ぐ海へと走っていくのに気が付き、慌てて追いかけた。

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