第36話 ペルーラでの海の旅

 海の傍に一箇所、大勢の人だかりが出来ている。多分、あそこがペルーラ乗り場だと思う。


「花の都、フローレリアに行きたい方は、フィッチをご購入してから、並んで下さいね!」


 その中から、大きな声で案内するスタッフらしき女性がいた。背中には、笹で編み作られた大きな籠を背負っている。


「フィッチって?」


「ペルーラの餌です。あの案内人の女性が背負っている籠の中に入っています。ちなみに、我々が向かっている海上都市は、フローレリアという名前なので、この乗り場で間違いない様です。」


 この世界には、船がないから、乗船切符の代わりとして、ペルーラに餌を与えることで、海を渡れるみたい。


「フッフッフッ……。今回は特別に、私が全員分の餌を買って進ぜよう!」


 エヴァさんが、自慢げに腕を組み、鼻息を荒く鳴らしながら、そう言ったが、私はさすがに申し訳なく思い、首をブンブンと振った。


「だ、大丈夫です!エヴァさんは、エヴァさんの分だけ買ってください!」


「いいや!途中までだけど、私の一人旅に付き合ってくれるから、そのお礼よ!」


 エヴァさんは、そう言うやいなや、ピューーッと、案内人のお姉さんの元へ走っていき、餌を買いに行ってしまった。


「……良いのかな。」


「……まあ、エヴァが、ああ言ってんだし、良いんじゃねーの?」


「それもそうだね。」と、言いかけたが、返事をする相手がノアだと気が付くと、つい口籠もってしまった。


 別に喧嘩したわけじゃないけど、さっきの一件以来、何だか気まずい。ノアも、心なしか少し不機嫌そうだった。


 ────こんな事、初めてだ。


「お待たせ〜!はい、どうぞ。」


 ハッと我に返り、エヴァさんから受け取った餌を見てみると、見た目は魚の形をした、クッキーみたいな焼き菓子だった。普通に美味しそう。


「お、美味そうだな!」

「ノアは食べちゃダメでしょーが!!」


 一かじりしようとしたノアの背中を、アリーシャがビシッと叩いていた。


 その光景を見て、一瞬笑っちゃいそうになったけど、ノアがチラッと、こっちを見てきたので、顔を背けてしまった。


「さあ、もうすぐ出発ですよ!皆様、並んで下さいね!」


 案内人のお姉さんに促され、私達は並んだけど、ペルーラがいる気配がない。あのお姉さんは、もうすぐ出発だと言ってたけど……。


「ペルーラさんは、何処にいるのです?」


 ルナがキョロキョロと、海面を見渡しながら、そう言った時だった。


 ザッパーーーーーーーーン!!!


「なっ……!」


 突然、海から、巨大な水飛沫が舞い上がり、目の前が何も見えなくなった。まるで、水のカーテンで覆われたかの様だ。


 すぐに水のカーテンは、雨の様に降り注ぎ、暑さで火照っていた身体を良い感じに冷やしてくれた。そして、ようやく目の前が見える様になったかと思いきや──────。


「わっ!!お、大きい……!」


『ペル〜〜〜〜!!』


 何と、目の前には、ソプラノの可愛らしい声で鳴いている、巨大な碧い鯨の様な生き物がいた。


 おでこには、くるんっと大きくカールした黄色い毛がついていて、背中には、巨大なはすの葉の様な物を乗せている。そして、真珠の様なつぶらな瞳で、私たちを見下ろしている。


「これが、ペルーラね!噂通り、可愛いじゃない!!」


 アリーシャが、手を合わせて大喜びしている。


 確かに、すっごく可愛い!こんな可愛い生き物に乗れるの?私達!


 アリーシャと二人で、興奮しながら目を輝かせていると、ロキさんがクスッと笑いながら見ていた。


「確かに、可愛いですね。ペルーラの人形があったら、孤児院の子供達のお土産にしたいぐらいです。」


「良いわね!私も欲しいわ!」


「私もお人形さん、欲しいのです!」


 確かに、どこかに売っていたら良いな。真希とゆうも絶対に気に入ると思うし!


 二人のことを考えて、少し寂しい気持ちが押し寄せてきた途端、ノアの視線を感じたので、私はハッとして慌てて目を逸らした。


 ノアって、鋭いな……。危ない危ない。


「ご利用になられるお客様は、ペルーラにフィッチをあげましたら、速やかにお乗り下さい!」


 すると、蓮の葉の上から、蔦の様な物が降りてきて、それがあっという間に階段の様な形になった。まるで、飛行機の階段みたい!


「さあ!私達も、さっさと乗るわよ!」


 エヴァさんは、笑顔でそう言うと、ペルーラに向けて、フィッチを放り投げた。


 すると、ペルーラは、大きく口を広げ、パクッと美味しそうに食べた。


『ペ〜〜〜〜〜〜ル!!』


 そして、幸せそうな表情をしている。か、可愛い……!


 私達も、エヴァさんに続いて、フィッチを口の中に放り投げ、ペルーラの喜ぶ姿を堪能した後、蔦の階段を登って、蓮の葉に乗った。


 蓮の葉は、フカフカしており、凄く良い乗り座り心地だ。その後も、30人程のお客さんが乗ってきたけど、それでも余裕のある広さだった。


「では、行ってらっしゃいませ〜〜!」


 案内人のお姉さんに見送られ、ペルーラは出発した。


 ペルーラは、波を水平に移動してくれているので、船酔いは全く感じず、とても快適だ。


 たまに、ペルーラが機嫌良く『ペルッ、ペル〜〜。』と鳴き声をあげているのが、可愛い!


「ねえねえ、アリーシャ!ペルーラって、可愛いし、乗り心地も抜群で良いね!」


 私は、アリーシャも、はしゃいでいるんだろうなと思い、そう話しかけたが、アリーシャは、どこか悲しげな目で、海を見つめていた。


「……どうしたの?」


「……なんだか、初めて乗った様な気がしないんだよね。」


「おや?そうなのですか?では、何故、そんなに悲しそうなのですか?」


 ロキさんが、そう聞いたけど、アリーシャは、首を横に振った。


「……分からないの。でも、何故か、この景色を見ていると、胸が締め付けられる様に苦しくなるの。」


 アリーシャは、拳で胸を押さえながら、俯いてしまった。


「……中央付近で、休んでいた方が良さそうですね。」


 ロキさんは、アリーシャを連れて、中央へと移動して行った。


「……あのガキンチョ、どうしたの?」


 エヴァさんが、心配そうにアリーシャの背中を見ていた。


「あ、えっと……。ちょっと酔っちゃったみたいです。」


「フーン、ペルーラ酔いをする人なんて、滅多に居ないんだけどね。よっぽと、三半規管が弱いのかしら……。後で、お大事にって、言っておいてね!」


 エヴァさんは、そう言うと、リュックの中から、手帳の様な物と、羽ペンを取り出した。


「あなた達、途中までって事は、フローレリアで降りるんでしょう!?それまでに、これまでの旅のお話、聞かせてもらっても良いかな!?」


 目を輝かせながら、顔を近づかれ、圧倒されながらも、私は何とか頷いた。


「は、はい!もちろんです!」


 私は、ドランヘルツや、星降る森での出来事を、エヴァさんに話した。


 エヴァさんは、大声をあげて驚いたり、突然泣き出したり、笑顔で興奮しながら手帳に書き込んだりと、熱心に聞いてくれた。


 そうこうしている内に、目の前には、海上に浮かぶ、大きな街らしきものが見えてきた。


 街の中には、光り輝く花々が咲いており、太陽に照らされて、より一層輝いて見える。さらに、街の端と端を、木で出来た大きなアーチ状のものが繋がれており、まるで花籠の様な見た目だ。


「あれが、花の都、フローレリア……。」


 花の都と言われているのも、納得する見た目をしている。


 近づいていく度に、フローラルな香りが漂い、段々と穏やかな気持ちになっていき、街に入るのが、益々楽しみになってきた。

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