第37話 迫り来る魔の水

「フローレリアに到着です!」


 ペルーラの上から、街を見下ろしてみると、海の様な蒼いガラスの石が敷き詰められた地面の上に、淡く光る花々が、あちらこちらに咲いているのが見えた。


 潮風が吹く度に、光る花弁が宙を舞い、幻想的だ。

 それに、花が街中を甘い香りで包んでいて、何だか良い気分になれる香りだ。


「インヴェラル大陸に向かわれる方は、ペルーラの上でお待ち下さい!」


 案内人のお姉さんが言っている大陸は、エヴァさんが向かおうとしている大陸だ。ちなみに、私たちが、さっきまで居た大陸は、ヨウレイ大陸って呼ばれているらしい。


 大地の精霊、グラン様がいるのは、インヴェラル大陸なので、この街でアクア様を解放した後、私たちも、その大陸に向かうことになる。


 なので、一足先に向こう側に行くエヴァさんとは、ここでお別れになる。エヴァさんは、ハンカチで鼻をかみながら、別れを惜しみ、大泣きしている。


「ううっ……!もっと色んなお話を聞きたかったわ……!」


「私もです。なので、インヴェラル大陸でも、また会えると良いですね!」


「ええ!また会いましょう!」


 私たちは、ペルーラから降りた後、下から手を振って、エヴァさんを笑顔で見送った。また会えると良いなぁ。


「……アリーシャさん、大丈夫ですか?」


 エヴァさんを見送った後、私たちは心配しながら、アリーシャを見下ろす。


 アリーシャは、少し落ち着いてきたみたいで、さっきよりも表情が穏やかになっている。


「……ええ、大丈夫よ。だけど、一つ、思い出したことがあるわ。うっすらだけど。」


「思い出したこと?」


 そういえば、さっき、ペルーラに乗ったのは、初めてじゃないかもしれないって言ってたっけ。


「……私は、うんと小さい頃、母様と一緒に、インヴェラル大陸から、ヨウレイ大陸にのよ。」


「逃げてきた!?何から?」


「分からない。けど、何かから必死に逃げてきたのは、間違いないわ。」


 その話を聞いた私達は、このまま、アリーシャも一緒に、インヴェラル大陸に連れて行っても良いのかと、不安になってきた。


 しかし、アリーシャは強気な眼差しで、腕を組みながら私たちを見上げる。


「でも、グラン様は、インヴェラル大陸にいるんだから、ちゃんとついていくわよ。何があったのか、知るのは少し怖いけど、それでも、モヤモヤしたまま過ごすのは嫌だしね。……さあ!海底洞窟に行く方法を探すわよ!」


 アリーシャは、強気な笑顔で、元気ハツラツにそう言った。


 私はその姿を見て、やっぱり、アリーシャは強い子だなと、改めて思った。私だったら、真実を知るのが怖くて、躊躇っていたと思う。


「……おや?あんた達、今、海底洞窟と言っていたが……。まさか、アクア様に会いにきたのか?」


 その時、私たちの会話が聞こえたのか、通りかかった男性が、そう聞いて来た。


「は、はい!やっぱり、この街から行けるんですか?」


 しかし、男性は、難しげな顔で唸っていた。


「アクア様は、かなりの恥ずかしがり屋さんでね。時々街に姿を現して、上空から暖かな雨を降らせてくれた事があったが、地上には降りてきてくれなかったから、誰もお話ししたことがないんだ。だから、アクア様が心配で海底洞窟に行きたくても、誰もその方法が分からないんだ。」


 アクア様は、極度の人見知りなんだ。精霊様なのに、意外かも。


「……ちなみに、その海底洞窟は、どの辺りにあるのでしょうか?」


「ああ。街のすぐ近くにあるよ。丁度あの辺りで…………。」


 ロキさんが尋ねると、男性は、北西の海を指差したが、その方向を見た途端に、突然驚き、固まってしまった。


 私たちも訝しげに思い、その方向に視線を向けると、海の異変に気付き、ハッとした。


「……何?あの黒いの……。」


 男性が指で指し示した海の一部が、黒く染まっていた。まるで、墨汁を垂らしたかの様に。


「丁度、あの辺りに海底洞窟があるんだが……、おかしいな。さっきまでは、あんなの無かったのに。」


 一体、どういう事なんだろう。


 他の人々も、異変に気付き、次々と黒いシミを指差しながら、ざわつき始める。


 その時だった。


 突然、黒いシミが、ブワッと海全体に広がると、あっという間に暗黒色に染めてしまった。


 そして、街に咲いていた、光り輝く花々も、一気にドス黒く染まり、しおれてしまった。


 街は、一気に大パニックになり、海から離れようと、さっきの男性も含め、逃げ惑う人々で溢れかえってしまった!


「あの黒い海から、嫌なマナを感じるのです!」


 ルナの言う通り、あの海から、具合が悪くなりそうな程の禍々しいマナを感じる。


 このままでは、危険かも!


 私は、そう直感すると、海へと走り出した。


「おい!凛花!」


 ノアの呼び止める声がしたが、私は振り返らずに、そのまま走って行った。


「うっ……!」


 何これ!海へ近づいて行く度に、息が苦しくなる……!


 私は、倒れそうになるのを堪えながら、漆黒の海の目の前で、祈る様に手を握りしめながら、目を閉じた。


 そして、炎の神殿で、巨人の炎を消し去った時の様に、強くマナを集中させる。


「どうか、私に力を……!」


 すると、私の体から、白く光り輝くマナが溢れ出し、漆黒の海を覆い尽くしていく。


 そして、しばらくすると、光は粒子となって、次々と天へと昇り、消え去った。


 それを見届けた後、海面を見下ろすと、海はコバルトブルーに輝いていて、元の姿に戻っていた。


「良かっ…………た……。」


 ホッと安心した途端、力が抜けて、体がグラリと傾いていた。


 そのまま倒れてしまうと思いきや、後ろから誰かに抱き止められた。


「凛花!平気か!?」


 顔だけ振り返ると、ノアの顔がすぐ近くにあった。ノアは、私を支えながら、心配そうに、私の顔をじっと見つめている。


「凛花!」


「大丈夫ですか!?」


 アリーシャとロキさんも、急いで駆けつけてくれた。


 魔力を大量に消費したせいか、身体が重く、今すぐにでも休みたいところだけど……。


「う、うん!大丈夫だよ。ちょっと目眩がしただけ。」


 私は、無理に笑顔を作りながら、そう言うと、パッとノアから離れた。


「……それよりも、急いで海底洞窟に行かないと。また、あの邪悪なマナが、襲いかかってくるかもしれないし。」


 チラッと街の様子を見ると、花は真っ黒にしおれたままで、街の人も皆、いつの間にか建物内に避難していた為、辺りはシンと静まり返っていた。


 早く何とかしてあげないと。次にまた被害が及んでしまったら、何が起こるか分からない。


 でも、どうやって行ったら良いんだろう?潜水艦とか、この世界には無いし……。


 腕を組みながら考えていると、ロキさんが大剣を構えながら、スッと前に出た。


「あれ位の距離なら、何とか道を作れるかもしれません。」


 ロキさんは、そう言うと、海に向かって大剣を振り上げ、大きく息を吸い込んだ。


「フンッ!!!」


 そして、大剣を力強く、海に向かって振り下ろした次の瞬間、私たちは驚きの余り、口をあんぐりと開けていた。


 ザッッッッパアーーーーーーーーーーンッ!!!


 何と、海は轟音と共に、真っ二つに割れてしまったのだ。しかもロキさんの一振りによって!


 そして、海が割れた先には、洞窟らしき穴が見えた。


「フゥ……。何とか道を切り拓けましたね。……さあ、海が元通りになってしまう前に、急ぎましょう!」


 ロキさんは、まるで軽い運動をしたかの様に、爽やかな笑顔でそう言うと、下に飛び降りた。


 ポカンと口を開けていた私達も、ハッと我に返ると、急いでロキさんに続いて降りて行った。


 ザザザザザザザーーーーーーーーッ!!!


 すると、徐々に海が元に戻っていき、私達を飲み込もうとしている。


「は、早く!あの中へ!!」


 私達は、瀑音と激しい水飛沫を背に、全力疾走で海底洞窟を目指した。


 そして、足の裏に海水がつきはじめたところで、間一髪、洞窟に入ることが出来た。


 洞窟の入り口付近は、斜面になっていて、その上までは、海水は入って来なかったので、私達は、そこまで登ると一安心し、ゼエゼエと息を整える。


「な、何とか…………、行けたわね……!」


「は、はい……。正直、賭けの勝負でしたが、成功して良かったです。」


「まあ、楽しかったけどな!」


 いやいやいや!めっちゃ怖かったんですけど!


 ……と、突っ込みたかったけど、疲労のあまり、声が出なかった。さっきよりもクラクラするかも……。


 そんな私に気付いたのか、ノアが心配そうな表情で、私の顔を覗き込む。


「……凛花。やっぱり、無理しているんじゃないのか?」


 私は、ハッとすると、首をブンブンと横に振った。


「平気だよ。それに、もしそうだったとしても、こんなところで引き返せないしね。……それよりも、一刻も早く番人を倒して、アクア様と街を救わないと。」


 と、そう言い、歩き出そうとしたその時だった。


 ブクブクブク…………。


「っ!!!」


 突然、私の視界が黒く歪み、息が出来なくなってしまった!鼻と口からあぶくが溢れてくる。これは、水の中……?


「凛花!!!」


 皆の声が、くぐもって聞こえる。


 どうやら、水の中に閉じ込められたのは、私だけみたいだ。


 何が、どうなって…………いるの……?


「凛花!!」


 ノアの叫び声を最後に、私の視界はブラックアウトした。


 

        ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 私は気が付くと、真っ暗闇の中で立っていた。水の中ではない様で、息も出来る。


「……何が、どうなっているの?」


 周りを見渡しても、一筋の光すら見えない。私は段々と不安が押し寄せ、心細くなり、気が付けば皆の名前を叫んでいた。


「ノア!アリーシャ!ロキさん!ルナ!」


「…………凛花。」


 その時、背後から私を呼ぶ声がしたが、ノア達の声ではないが、聞き覚えのある声だった。


 しばらく聞いていなかった、懐かしい声。しかし、この世界で、会えるはずがない。


「……凛花お姉ちゃん。」


 続けて聞こえてきた、別の声に、私はハッとして振り返った。


「……うそ、でしょ……?」


 そこには、真希とゆうが居た。


 二人は、笑顔で私に手招きすると、振り返って歩き出した。


「ま、待って!!!」


 気が付くと私は、二人の背中を追って、走り出していた。


 



 


 


 


 



 


 




 


 



 




 




 


 






 


 


 


 



 




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