第41話 人見知りの精霊・アクア様

『うう……。ずっと眠ってしまっていたうえに、私のマナを吸い取った番人が、迷惑をかけてしまったから、皆、怒っていないかしら……。こんな情けない精霊だって思われたら、どうしましょう。あうう〜〜、お腹が痛くなってきたわ……。』


 アクア様は、キリキリと鳴る腹部を押さえながら、ブツブツと心配事を口にしている。


『で、でも!ちゃんと謝らないといけないし、皆と仲良くなりたいし……。でも、許してくれるかしら。うう……、バーン、エアル、助けて〜〜。』


 段々と足取りが重くなっていく。本当に、大丈夫なのかな。


 すると、ノアがため息を吐き、頭をかきながら、面倒臭そうに口を開いた。


「ったく、そんなゴチャゴチャ考えるのは、やることやってからだろ。今から怖気付いていたら、何も出来なくなっちまうぞ。」


『……そ、そうよね。確かに、ノアの言う通りだわ。私から協力をお願いしておいて、ごめんなさい。』


「ああ。分かればいいさ。……それに、そんな心配することは、ないと思うぞ。街の人達は、アクア様の帰りを待っていたぞ。」


『え、皆が?本当に?』


「ああ、本当だ。だから、きっと平気だ!」


 ノアが、ニッと白い歯を見せて笑うと、アクア様も、少し安心したのか、やっと笑みを浮かべてくれた。


 ノアって、精霊様相手にも、分け隔てなく、ちゃんと注意して励ましてくれる。こういうところは、ノアの良いところかも。


 それに、アクア様も、精霊様なのに、人間みたいな心の弱さや、悩みもあって、意外だなと思った。


 そういえば、バーン様やエアル様も、人間みたいな部分がある。精霊様なのに、皆、何だか、親近感が湧いてくる。


 そう考えながら、洞窟を歩いている内に、入り口まで戻ってきたけど、入り口は、海水で塞がれてしまっている。


「ロキ、もう一度斬れないの?」


 アリーシャが、そう聞くと、ロキさんは困った様に唸った。


「……さすがに、ここで海水を斬ってしまうと、洞窟が崩れてしまうかもしれませんね。」


 どうしたものかと考えていると、アクア様が海水に手を伸ばした。


『大丈夫よ。海は、私のお友達だから。』


 すると、入り口を満たしていた海水が、どんどん引いていった。


 驚いて外を出てみると、海水は、綺麗に真っ二つに分かれていて、それによって現れた道の上には、水で出来た階段があり、街へと続いている。


 アクア様は、一度深呼吸した後、決意の表情で、階段を見上げる。


『さ、さあ!行きましょう!』


 アクア様に続いて、私たちも水の階段を登っていく。水で出来ているというのに、普通の石でできている様に頑丈で、足の裏も濡れない。水の魔法で、こんなことが出来るなんて、やっぱりアクア様は精霊様なんだなと、改めて感じる。


『よし!ついた…………わ……。』


 街に着くと同時に、アクア様は、肩をビクッと揺らしながら、固まってしまった。


 そこには、海の異変に気付いて、様子を見に来ていた街の人々がいたからだ。


 街の人々は、呆然とアクア様を見つめていたけど、その内の何人かが、ハッとした。


「お、おい!あの方は、アクア様じゃないのか!?」


「……本当だ!アクア様だわ!」


「さっきの黒い海といい、一体、どうなってるんだ!?」


 街がざわつき始めてしまった。


『そ、その…………。』


 アクア様は、街の人々のざわつきに気圧されてしまい、上手く言葉が出てこないみたい。


 私が、声をかけようとした、その時、人間姿になったノアが、アクア様のそばに行き、口を開いた。


「どうした?」


『……こ、声が、出ないの……。』


「声が出なくても、自分の気持ちをぶつける方法は、いくらでもあるだろ。」


『……自分の気持ちを、ぶつける……。』


 アクア様は、そう呟き、考えると、やがて意を決した様子で、両手を晴天の空へと掲げた。


 すると、青空が一気に、夕焼け空の様な、橙色へと変化し、やがて光り輝く雨が降り注いできた。


「あったかい……。」


 不思議と、雨雫が当たっても、全然冷たくなくて、どこか心地が良い。まるで、アクア様の温かな心に触れたかの様だ。


 その証拠に、あの枯れ果てていた、光る花々が、みるみる内に元気になり、再び輝きを放ち始めた。


「あ!アクア様の雨だ!」


「懐かしいなー。オレ、この雨、大好きだったんだよ。」


「あったかくて、綺麗ね……!」


 街の人々も、皆、穏やかな表情で、歓喜の声をあげている。


 アクア様は、少し安心したのか、意を決して、口を開き始めた。


『……あ、あの!』


 街の人々の視線が、一斉にアクア様の方へと向けられるが、アクア様は、もう怯むことはなく、話を続ける。


『……長い間、眠ってしまって、ごめんなさい!私、精霊なのに、この街に被害が及んでしまった時も、何も出来なかった……。皆を、不安にさせてしまって、本当に、ごめんなさい!』


 そう言って頭を下げると、辺りはシンと静まり返る。


 けど、それは一瞬だった。


「そ、そんな!アクア様、頭を上げてください!」


「そうですよ!謝るのは、私達の方ですよ!」


『…………え?』


 アクア様は、驚きながら顔を上げる。


「私達だって、アクア様の身に、何かがあったんだと気付いていたのに、何も出来きませんでした!」


「アクア様は、いつも私達の事を見守って下さっていたというのに……!」


『…………皆、許してくれるの?』


「許すも何も、オレたちは、アクア様に怒ってなんかないですよ!」


 アクア様は、涙が一気に溢れ出し、それを何度か拭うと、花の様な笑顔を見せてくれた。


『ありがとう、皆!』



        ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 その日の夜、アクア様が帰ってきてくれたからと、街で急遽、お祭りを開く事になった。


 アクア様も、催し物をやってみたいと、海水を操って、街全体を水のヴェールで覆ったり、水で作った魚を空中で華麗に泳がせたり、カラフルで大きな水の泡を浮かせたりと、街中に歓喜の嵐を巻き起こらせた。


 アクア様は、見たことのない様な、心からの笑顔で、すっかり楽しんでいる。


 人間とこうして共に過ごす事に、ずっと憧れていたのかもしれない。


 アリーシャも、普通の子供の様にはしゃぎながら、出店のお菓子を食べ歩いている。その後ろを、ロキさんが保護者として、ついてまわり、時折アリーシャの口元を拭いてくれている。毎回思うけど、兄妹みたいで、本当に微笑ましいなあ。


 そんな街の様子を、ノアと一緒に眺めていた。


「……これで、アクア様も、もう寂しくないよね。」


「……だな。」


 そういえば、ノアに一つ、注意しなきゃ。


「にしても、ノア。何とか成功したから良かったけど、精霊様相手なんだから、もう少し礼儀正しくしなよ。」


「けどよ、アクア様は、相当臆病なんだからさ、ガツンと言ってやった方が良いと思ったんだ。……折角、人間に慕われているわけだしさ、勿体ないしさ。」


 そう笑いながら話す、ノアの横顔は、少し寂しそうだった。


「……でも、ドランヘルツでは、バーン様を助けた事で受け入れてもらえたんだし、この街でだって……。」


「いや。この街の人には、アクア様に集中してもらいたいんだ。この祭りだって、アクア様の為の祭りなんだから。」


 ノアって、考えていない様に見えて、実は結構色んなことに気を遣ってくれる。


 やっぱり、ノアは、優しいなあ。


「それにさ。」


 ノアは、私の方を見ると、ニッと笑う。


「今は、凛花と一緒にいたいしさ。」


 その笑顔と、その言葉に、不覚にもドキッとしてしまった。


「わ、私も……ノアと……。」


 ドキドキしながら、返事をしようとしたが……。


「あ!凛花さん、ノアさん!こんな所にいたのです!見てください!こーーんなに、おっきなペルーラさんの、ぬいぐるみを見つけてきたのです!」


 その時、ルナが大きなペルーラのぬいぐるみを、頭の上に抱えて、ニコニコしながらやってきた。


「お!良かったじゃねーか、ルナ!」


 ノアとルナは、「イェーイ!」と、ハイタッチをした。


 ルナと、ぬいぐるみが可愛いから許すけど、少ーーしタイミングがアレだったかな〜。


 私は、喜ぶノアとルナの後ろで、少しがっくりと肩を落としていた。


 

 


 

 


 


 


 


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