第42話 現在の神樹の姿

 次の日の朝、まだ朝靄が立ち込めている頃に、インヴェラル大陸行きのペルーラが、やって来たので、私たちは、それに乗ることにした。


 昨夜のお祭りが、すっごく楽しかったから、本当は旅立つのが名残惜しいけど、少しでも早く、グラン様を助けてあげたい。そして、聖女様の事を、もっと詳しく聞きたい。


 ペルーラの蓮の淵で、海を眺めながら、そう考えていると、不意に、誰かが私の手を握った。


 驚いて顔をあげると、目の前には、涙やら鼻水やらで顔がぐちょぐちょになった、アクア様の顔があったので、さらに驚いてしまった。


『うう……。もう、お別れなのね……。寂しいわ。……どうか、グランのことを、よろしくね。』


「は、はい!か、必ず、助けますので!」


 その時、背後からノアも、やって来て、アクア様にニッと笑った。


「おう!オレ達に任せろ!」


 アクア様は、ノアの笑顔を見て安心したのか、目には未だ涙を浮かべながらも、微笑んでくれた。


『ペルルッルル〜〜!』


 ペルーラは、軽快な鳴き声をあげると、ゆっくりと街から離れだした。


『どうか、気をつけてねーーーー!』


 アクア様は、見えなくなるまで、両手を振り続けてくれた。


 光る花籠の様な街が、どんどんと遠くなっていき、さらに花の香りもしなくなってきたので、寂しくなる。


「……花があちこちで光っていて、綺麗な街だったね。」


「はいですの!それに、ペルーラさんの、ぬいぐるみもゲット出来たのです!」


 ルナが嬉しそうに、ぬいぐるみを抱き抱えながら、そう言った。もはや、どちらが、ぬいぐるみか分からないけど、可愛さが倍増されている。


 その愛らしい姿に、寂しさが和らいでいき、クスッと笑った。


「そういえば、アリーシャも、相当はしゃいでいたな。まだ疲れて眠っちまっている程だしな。」


 ノアの言葉を聞いた私は、ロキさんの膝の上で、ぐーすか眠るアリーシャを見下ろした。


 確かに、街で一番はしゃいでいたと思う。ついさっき、倒れる様にして突然電池切れしたのだ。


 珍しいなーーと最初は思ったけど、何となく、理由が分かる気がした。


 ロキさんも、私と同じ考えを抱いているらしく、少し心配そうに、アリーシャの頬を優しく撫でた。


「……これから、ご自身の辛い過去と向き合う事になるので、今の内に、思い切り楽しみたかったのかもしれませんね。」


 アリーシャは、強がってはいたけど、やっぱり本当は、無理していたんだ。


 何かから逃げて来たって、言っていたから、それが思い出せない分、余計に怖いはず。


 ……もし、インヴェラル大陸で、アリーシャの身に何かあったら……。


 そんなことを考えていると、ノアがポンと肩に手を置いた。


「アリーシャは、強い子だ。きっと、平気さ。それに、オレ達がついているんだ。」


 ノアが、ニッと爽やかな笑顔で、そう言ってくれた。


「……はい。私も、必ずアリーシャさんをお護り致します。」


 ロキさんも、強い眼差しで、そう言った。


「…………そうだよね。何かあっても、私たちが支えてあげないとだよね!」


 私は、自分の両頬を、パチンッと叩き、不安な気持ちを弾き返すと、強い決意をしながら2人に頷くと、真っ直ぐと前方を見据えた。


 そこには、まだ遠いけど、大陸らしきシルエットが見えてきた。


「あれが、インヴェラル大陸ね。」


 その時、ルナが大陸の方を指差した。


「あの、大きな木は、何なのです?」


 目を凝らして、よく見てみると、大陸の奥の方に、一際目立つ、大きな木が見えた。


 けれども、その木は、すっかり枯れ果ててしまっている。


「……あれは、かつて、オリジン様が宿っていたと言われている、神樹です。」


「あれが!?」


 私達は、驚いて、神樹を凝視した。


 あの木からは、何の力も感じ取れない。本当に、ただの枯れ果てた大木にしか見えない。


 あの木に宿っていたはずの、オリジン様は、本当に、黒幕に殺されてしまったのだろうか。


 そう考えていると、ふと、蓮の淵で、ボーッと神樹を見つめている、ルナに気がついた。


「ルナ?どうしたの?」


 声を掛けたのに、ルナは、何の反応もせず、ただボーッと神樹を眺め続けている。どうしちゃったのかな。


「……ルナ?」


「ぴぎっ!!?」


 訝しげに思いながらも、もう一度声を掛けてみたら、今度は飛び上がってしまった。


 危うく蓮から落っこちそうになったので、私は慌てて抱き上げた。


「だ、大丈夫!?」


「な、何とか、大丈夫なのです〜。」


「本当に?ボーッとしていたけど、どうかしたの?」


 ルナは、ふるふると首を横に振り、困った顔をしていた。


「……分からないのです。何となく、あの木を、見たことがある様な気がしたのです。」


 私たちは、ハッとして、顔を見合わせる。


「……ってことは、あの大陸に、ルナの故郷もあるのか?」


「そうかもしれない。」


「グラン様のいらっしゃる地へ向かうには、妖精族が住む、スノーフィリルという場所を通過するのですが、もしかすると、そこの可能性がありますね。」


 ロキさんが、地図上で指し示した場所は、ペルーラ乗り場から、そう遠くなさそうな位置にあった。


「ただ、私はインヴェラル大陸について、あまり詳しくありませんので、どんな妖精族がいらっしゃるのかは、分かりません。」


「…………確か、そこには、雪の妖精族がいたわね。ルナみたいな見た目じゃなかったわ。」


 その時、ロキさんの膝の上で眠っていたはずのアリーシャが、いつの間にか目を覚まして、そう告げた。


「ア、アリーシャさん!もしや、思い出されたのですか?」


「……ええ。少しだけどね。にしても、よく寝たわ。」


 アリーシャは、すっくと立ち上がると、欠伸をしながら、伸びをした。


「……私とは、違う妖精さんなのです?」


「ええ。けど、同じ大陸の妖精なんだから、何か知っているかもしれないわ。」


 恐る恐る尋ねたルナに、アリーシャが、そう笑顔で答えると、ルナの表情に、再び笑顔が戻ってきた。


 それを見て、ホッとすると、再び大陸に視線を向けた。


 さっきまで小さく見えていた大陸は、もう既に目と鼻の先にあった。


 期待と不安が複雑に入り混じり、自然とゴクリと唾を飲み込む。


 そして、高鳴る胸を押さえながら、真っ直ぐと大陸を見据えた。


 


 




 






 

 



 


 

 


 


 






 

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