第40話 アクア様の登場と、凛花の母親について
洞窟の奥へ進んでいくと、開けた場所に辿り着いたが、その光景は、洞窟の中だとは思えない様な見た目だった。
一面を覆うのは、ゴツゴツした岩肌ではなく、綺麗で平らな、蒼い壁と床だった。しかも、床には、水模様があり、海の様に、ゆらゆらと揺らめいている。まるで、海底にいる様だ。
部屋のあちこちには、虹色の巨大な真珠や、赤、青、ピンクなど、色とりどりの貝殻が置かれている。奥には、巨大な2枚貝があり、その中は敷布団が敷かれている。あれは、ベッドなのかも。
「ここは、アクア様の部屋なのでしょうね。」
「海の中にいるみたいで、素敵ね。あの貝殻も可愛いし、かなりの価値がありそうね。」
ロキさんとアリーシャも、興味津々に、辺りを見回している。
そして、部屋の中央には、蒼炎が灯った灯籠が2つ置かれており、その間には、アクア様が封印されている蒼の結晶があった。
私は、その結晶に触れて、マナを注ぎ込み、封印を解除した。
すると、結晶は、パアッと輝きながら、少しずつ女の人の姿へと変わった。
「え!!」
しかし、その姿を見た途端、驚いてしまった。だって、その女の人は、さっき倒した番人に、そっくりだったからだ。
「凛花、平気よ。さっきの番人は、マナと一緒に、アクア様の心の闇も吸い込んでいたせいで、アクア様に似ちゃったんだって。この人は、本物のアクア様よ。」
「そ、そうなの?」
アリーシャに、そう教えられたので、私はホッと胸を撫で下ろし、改めて視線を、アクア様の姿へと戻した。
体のラインを強調した、コバルトブルーの美しいマーメイドドレス。肩には、織姫の様な透き通った羽衣を羽織っている。艶やかな蒼い髪は、腰まで伸びていて、右目を前髪で隠している。
アクア様は、瞼をゆっくりと開き、ラピスラズリの瞳で、私達を見回す。
私は、その綺麗な出立ちに緊張しながらも、挨拶をした。
「は、初めまして!私達は…………。」
『……ひっ!!!』
言いかけている途中で、アクア様は、突然、怯えた表情になると、大きな貝殻のベッドへとダイブし、殻を閉ざしてしまった。
『ど、どどどどうして、私の部屋に、人がいるの!?は、恥ずかしいよ〜〜!』
私達は、あっけらかんとしながら、すすり泣く貝殻を見つめる。
「……どうやら、アクア様が人見知りというのは、本当の様ですね。」
ロキさんが、困った様子で、頭を抱えている。
私も、どうしたら良いのか分からず、オロオロしていると、ノアがスッと前に出た。
「ったく、めんどくせーな。」
ノアは、頭をかきながら、固く閉ざす貝殻の前に立った。
何をするつもりなのだろう?
「なあ、アクア様。オレ達は、あんたを助けに来たんだ。別に、あんたのことを、とって食おうなんざ、これっぽっちも思ってないさ。」
すると、貝殻が、ほんの少し開き、そこから揺らめく青色の双眼が覗いた。
『……た、助けに……?ほ、本当に?』
「ああ、本当だ。オレ達は、エアル様や、バーン様も解放したんだ。」
『エアルと、バーンを?……ということは、あなた達は、2人が言っていた人たちなの?』
そういえば、バーン様が言ってたっけ。封印されている間も、他の精霊様と会話をしていたって。
「ああ、そうだ。オレは、ノアで、あっちにいるのが、凛花とルナと、アリーシャとロキだ!」
ノアが、ニッと笑いながら、私たちのことを紹介してくれた。
アクア様と目が合った私達は、安心させようと、やんわりとした微笑みを見せた。
アクア様は、しばらくすると、ゆっくりと貝殻の中から姿を現し、もじもじしながらも、私達と向き合ってくれた。
『そ、その……、取り乱しちゃって、ごめんなさい。……私、人と、こんなに近くでお話しするの、初めてだから……。』
アクア様は、緊張のあまり、目をキョロキョロと泳がせながら、小声で、そう言った。
「いえ、気にしないで下さい。」
ロキさんが、ニッコリと微笑むと、アクア様は、ポッと顔を赤らめながら、恥ずかしそうに笑った。
アクア様って、見た目は美しく、尊厳な雰囲気を漂わせる女性だが、こうして話してみると、何だか可愛らしい。
やがて、アクア様は、緊張が和らいだのか、泳がなくなった目で、しっかりと私の姿を捉えながら、口を開いた。
『……あなたが、凛花さんなのよね?エアルとバーンの言う通り、何だか雰囲気が、聖女様に似ているわ。……フフッ、懐かしい。』
聖女様と聞いた時、自然と、さっきの夢に出てきた、あの女の人を思い浮かんだ。
私は、思い切って、浮上した疑問を投げかけてみた。
「アクア様、お聞きしたい事があります。聖女様には、娘はいたのでしょうか?」
『……娘?う〜ん、分からないわ。聖女様は、旅を終えた後は、インヴェラル大陸にあった、魔女の里で過ごしていたから。』
突然の質問に、皆が、不思議そうな顔で、私の事を見ていた。
「どうしたのよ、凛花。」
「……もしかしたら、私は、この世界の人だった様な気がするの。」
皆が一斉に、驚愕の声をあげ、海底の様に静寂だった部屋中に響き渡る。
「はあ!?ど、どういうことだよ!」
「少しだけ、思い出したの。私のお母様のことを。お母様は、偉大な魔女で、いつも魔法で、周りの人を助けていたの。」
「で、でも、凛花は、向こう側の世界から来たんでしょう?トーキョーとかいう名前の。」
「3歳ぐらいに、住んでいた場所が、何者かに襲われたの。その人に殺されそうになった時、お母様が、鍵を託して、私をあっちの世界に逃がしてくれたの。」
そう。さっき、女の人に会った時に、思い出した。
お母様の魔法は、温かくて、優しくて、綺麗だった。お母様自身も、そうだった。よく、優しい笑顔で、撫でてもらっていたっけ。
思い出してくると、涙が溢れてくる。
どうして、こんなこと、忘れてしまっていたんだろう……。
「凛花……。」
その涙を、ノアが優しく拭ってくれた。
アクア様も、悲しそうな表情で、私を見つめている。
『……そうだったの。娘がいたかどうかは、分からないけど、鍵を託したということは、多分、そうだと思う。同じ大陸にいるグランなら、詳しく知っていると思うわ。』
「……そういえば、グラン様が、いらっしゃる場所は、魔女の里から近いと聞いた事があります。」
じゃあ、グラン様に会えば、きっと、この疑問が、確信に変わるかもしれない。
「グラン様に、聞いてみます。ありがとうございます、アクア様。」
涙を拭い、笑顔でお礼を言うと、アクア様は、照れた様に、微笑んでくれた。
『うん。……そういえば、鍵に、マナを注がないといけないのよね?早速……。』
「あ、あの、アクア様!」
その時、ルナが、私の頭に勢いよく飛び乗り、アクア様に声をかけてきた。
アクア様は、パアッと笑顔を輝かせながら、ルナの事を、まじまじと見つめている。
『まあ、可愛らしい妖精さんね!何の妖精さんなのかしら。』
聞く前から、ルナは、がっくりと肩を落とした。
「うう……。アクア様も、私の事を知らないのです……。」
『見た事ないけど、妖精さんにしては、強いマナを秘めているわね。不思議な妖精さんね。』
確かに、星降る森でも、ルナは、不思議な力を発していた。
本当に、何者なのだろう、ルナは。
『……と、そうだったわ。アルマの鍵に、マナを注ぐんだったのよね?』
私は、ハッと我に返ると、鍵を取り出し、アクア様に差し出した。
アクア様が、鍵にマナを注ぎ込むと、4つの宝石の一つが、アクア様の瞳と同じ、ラピスラズリの色に染まった。
『それと、あなたにも、水のマナを注ぐわね。』
そう言うと、私に手をかざし、水のマナを与えて下さった。
その瞬間、身体全体が、暖かい水に包み込まれる様な、不思議な感覚がした。
「……ありがとうございます、アクア様。」
『うん。……ところで、あなた達は、これから、インヴェラル大陸に向かうのよね?』
「はい。」
そう頷くと、アクア様は、俯きながら、ドレスの太腿の辺りを、ギュッと握りしめていた。少し、震えている様な気がする。
「ア、アクア様……?」
恐る恐る声をかけると、アクア様は、何かを決心し、強い眼差しで、顔を上げた。
『あ、あの!旅立つ前に、お願いがあるの。私、街の人と直接、お話ししてみたいの!凛花たちがそばにいてくれたら、勇気が湧いてくると思うわ。だから、一緒についてきてもらえるかしら?』
アクア様は、瞳を海面の様に揺らしながら、真剣な表情で、私達を見つめた。
あの人見知りのアクア様が、私達と会話が出来たことで、他の人とも、話してみたくなったみたいだ。
私達は、もちろん、笑顔で頷いた。
「もちろんですよ!鍵にマナを宿してくれたんですし、私達に出来る事があれば、何でもお手伝いしますよ!」
アクア様は、嬉しそうに微笑んだ。
『あ、ありがとう!ふふ、嬉しいわ。』
私達は、アクア様と一緒に、元来た道を引き返す事にした。
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