第39話 家族

 真希とゆうを追って辿り着いた場所は、真っ黒で無音の海だった。


 不気味な光景に、思わず立ち止まっていると、2人は、笑顔で手招きしてきた。


「ほら、凛花もおいでよ!折角の海なんだからさ。」


「そうだよ、凛花お姉ちゃん。一緒に遊ぼうよーー。」


 そして、2人は何の躊躇いもなく、暗黒の海へと入って行った。


「ま、待ってよ!」


 私も、慌てて入ろうとしたが、誰かに後ろから強く引っ張られたので、驚いて振り向く。


「あ、あなたは……!」


 そこには、悪夢に出てくる、あの女の人がいたので、さらに驚愕した。


 女の人は、腕を掴んだまま、悲しげな表情で、首を横に振った。


「ついていっては、ダメ!あの二人は幻よ。死の海に入ったら最後、魂が腐り果ててしまう!」


「……え。」


 呆然としながら海を振り返ると、そこには2人の姿はなく、闇の海が広がっているだけだった。


「そ、んな……。」


 ゾッとして、震えが止まらない。それに、2人に折角会えたと思ったのに、幻だったなんて……。


 ……もう、一生会えないのかな。


 段々と不安が押し寄せてきて、俯いてしまった。


 すると、女の人の小麦色の手が、スッと視界に入り、私の両頬に優しく触れてきた。


 驚いて顔を上げると、女の人が真剣な眼差しで、私を見つめていた。


「……真希ちゃんと、ゆうちゃんと、いきなり離れ離れになってしまってから、本当は、ずっと心細かったのよね?……でもね、あなたは、決して一人ではないわ。」


「……え?」


「仲間も“家族”よ。辛い時は、我慢せずに、もっと家族に弱さをさらけ出したって良いのよ。皆、あなたのことを、心の底から心配しているはずよ。」


「仲間も、家族……。」


 その時、ノアの心配そうな表情が、脳裏をよぎる。


 ノアは、私が悩んでいる事に気が付いてくれていたのに、私は、彼を突き放そうとしていた。


 あんなに気にかけてくれていたのに……。


 それにノアは、いつも、私がピンチな時も、体を張って護ってくれた。あんなに血だらけになりながらも、その辛さを感じさせない笑顔を私に向けてくれた。


「ノア…………。」


 あの眩しい笑顔。あの優しい匂い。あの熱苦しい程の気迫。


 ノアの全てが思い浮かび、すごく会いたくなってきた。


 ノアも、私に、会いたがってくれているのだろうか。


 私は、強く決意すると、女の人の目を真っ直ぐと見据える。


「……行かなきゃ……。」


 女の人は、優しく微笑みながら頷くと、私の頭にポンと手を置いて、撫でてくれた。


「私は、ずっと、そばで見守っているわ。……愛しているわ、────。」


 最後、私の名前を言ったはずだが、聞き取れなかった。でも、“凛花”では、なかった気がする。


 やっぱり、この人は……。


「あなたは、私の……。」


 確認しようとしたが、辺りが真っ白に輝き始め、女の人の笑顔も見えなくなっていく。


「おかあ、さま……。」


 女の人の事を、自然と、そう呼んでいた。


 


        ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 ────ここは、水の中?


 全身が濡れている感覚と、浮いている様な感覚がする。


 それと、頬に触れる、大きくて逞しい手の感触。


 ゆっくりと目を開けると、そこには、やはりノアがいた。


 水の中で、ノアの手に、自身の手を重ね合わせて微笑むと、ノアも頷き、ニッと歯を見せて笑ってくれた。


 私は、それを見て安心した後、目を閉じて、全身に魔力を集中させる。


 全身が、燃える様に熱くなり始めると、やがて、炎に包まれる。


 そして、その炎が水中全体に広がると、水を一気に蒸発させ、辺りは真っ白な熱気に包まれる。


『なっ……!』


 煙の奥から、狼狽える女性の声が聞こえる。恐らく、あの人が番人なのだろう。


 それと同時に、水中から解放されたノア達が咳き込む。


 ノアの両足は、あちこちに深い刺し傷があり、さらに血で真っ赤に染まっていて、立つのも辛そう……。


 私は、憤りを感じながら、両の手の平を、番人に向けて、今度は風のマナを放った。


 すると、辺り一面を覆う、熱蒸気が、番人の周りに集まり、蒸気の竜巻をつくり、番人を閉じ込めた。


『あ、熱い!熱い熱い熱い…………!!!』


 番人は、竜巻の中で苦しそうにしながらも、私をキッと睨みつける。


『お、おのれ……!白魔女の分際で……!』


 私も、番人を睨み返しながら、ルナの方に手をかざす。


「ルナ!」


「は、はいなのです!」


 ルナは、プルプルッと、毛を震わせて水分を弾かせた後、すぐに弓矢に変化し、私の手に収まる。


 私は構えながら、矢尻にマナを強く集中させる。


「私のを傷付けた事、許さないんだから!」


 私は、そう叫ぶと、真っ白に光り輝く矢を放った。


 矢は、輝きを増していき、番人の心臓をスッと貫く。


『ぎゃあああああっ!』


 番人は、仰向けに倒れると、苦しそうにのたうち回り、やがて動かなくなった。


 そして、黒いモヤと化し、洞窟の入り口から足早に消え去った。


 私は、それを見届けた後、急いで座り込むノアの両足に回復魔法をかけた。


「……ノア、ごめんね。私のせいで、こんなにもボロボロにさせてしまったね。」


 迷惑をかけないようにと、悩みを言わずにいたのに、結果的には、さらに迷惑をかけてしまった。


 もっと、ノア達のことを信じて、悩みを打ち明けていれば、こんな事にはならなかった。


 すると、ノアが頭に優しくポンと手を置き、心配そうな顔で、じっと私の事を見つめる。


「オレの事は良い。それよりも、凛花の事が心配だ。」


 ブワッと、涙が一気に溢れてきた。そして、反射的に、ノアの胸に顔を埋めた。


「……私ね、本当は、元の世界での家族と離れ離れになって、ずっと心細かったの。今も、すごく会いたい。」


「……そうだったのか。」


「でもね、ノア達も、私にとっては、家族と同じなんだって、気付かされたの。この世界の家族の事も、もっと大切にしたい。だから、これからは、隠さずに、ちゃんと言うよ。」


 顔を上げると、ノアは、安心した様に、ニッと笑った。


「おう!」


 その笑顔を見て、さらに愛おしさが増したけど、背後から視線を感じたので、ハッとしながらノアから離れた。


「……ったく、そういうのは、二人きりの時にしてよね!」


 アリーシャの仰る通りである。は、恥ずかしい……。


「……でも、家族、ですか。何だか良いですね。」


 ロキさんが、嬉しそうに、クスッと笑いながら、そう言ってくれた。


「ママと同じなのです!血は繋がっていなくても、家族なのです!」


「……確かに、悪くないわね。これからは、凛花だけじゃなくて、ノア達も、一人で抱え込むの禁止ね!」


「プライドが高いお前が一番、悩みを言わなそうだがな。」


「い、言うわよ!失礼ね!」


 ノアが笑いながら、そう言うと、アリーシャは不機嫌そうな顔で睨みつけている。


 それを見て、私達は笑った。


「……さあ、番人は倒した事だし、急いでアクア様を解放しに行こう!」


 私達は、頷くと、海底洞窟の奥へと向かい始めた。






 


 


 

 


 



 


 

 



 


 

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