第98話 アーシェの提案

 次の映像の中には、あの猛炎に包まれた森ではなく、どこかの家の中が映し出されていた。

 木造建ての家に、シンプルな白い家具と、観葉植物が置かれていて、落ち着いた感じの部屋だった。


 その中の大きなベッドの上に、黒魔女とアンナちゃんが眠っていて、その傍に、さっきの聖女様が椅子に座り、二人を見守っている。


「……う〜ん……。」


 やがて、黒魔女は目を覚まし、寝ぼけ眼で、ぼんやりと天井を眺めている。


「……気が付きましたね。」


 その声で、一気に眠気が吹っ飛んだ黒魔女は、ハッとすると、慌てて飛び上がると、聖女様を睨みつけた。


「……あなたは誰!?ここは何処!?」


「私は第17代目の聖女、アーシェよ。ここは……、まあ、私の別荘の様な所ね。」


 アーシェ様は、落ち着いた口調で、優しげに微笑みながら自己紹介をしたのだが、黒魔女は一切、警戒心を解かずに、睨みを利かせながら、再び口を開いた。


「……あなたが本当に聖女様なら、私達が何者か分かっているはずよ。何で、私達を助けたの?──いや、もしくは助けたつもりはなくて、私達を何かに利用するつもりなの?」


「答えは前者よ。私は、あなた達の様な、居場所のない黒魔女を救いたいの。」


 スッと迷わず即答したアーシェ様は、哀れみを湛えた瞳で、黒魔女の瞳の奥にある、悲しい心を見透かすかの様に、真っ直ぐと見つめ返していた。

 そんな瞳で見られていたからか、黒魔女は段々と、強張っていた表情が緩んでいき、やがて悲しそうな表情で、俯いた。


「……続きは、お友達が目覚めてからにしましょう。」


 アーシェ様がそう告げると、場面が切り替わり、既に目覚めたアンナちゃんと、黒魔女が、アーシェ様と対面に椅子に座っていた。


 アンナちゃんは緊張しているのか、もじもじしながら、チラチラと聖女様を見ているが、その一方で黒魔女は、ふてぶてしくそっぽを向いている。


 そんな対称的な二人を見て、アーシェ様はクスッと優美な笑みを湛え、口を開いた。


「さて、本題に入るのだけれど……。私は、黒魔女を救いたい。彼女達が、いつか人間と共に暮らせる日が来る事を夢に見て、私は聖女になったのだから。」


 そっぽを向いていた黒魔女は、ギロッとアーシェ様を睨みつけた。


「……で、その具体的な方法は何?人間と暮らせる日なんて、来るわけないじゃない。馬鹿馬鹿しいわ!」


「ちょっ……!落ち着いてよ〜!」


 容赦なく怒鳴り散らす黒魔女を、アンナちゃんがオロオロとしながらも、宥めようと肩を揺さぶった。


 それでも尚、鋭い視線を向けられ続けているアーシェ様は、ニコニコと笑顔を絶やさず、変わらぬ優しい口調で、話を続ける。


「……過去に起きた事を、変える事は出来ないわ。でもね、だからといって、何も悪い事をしていない、あなた達子孫が迫害されるのは、可笑しいと思うの。


 だから、私の聖女の活動としての、一番の目標は、少しでも多くの人間達に、あなた達の良さを分かってもらえる様にする事よ。その為にも、あなた達の力が必要なの。」


 アーシェ様は、真っ直ぐとした瞳で、二人の目を見つめ、凛とした声で決意表明をした。

 その様子からは、二人を騙す為に、嘘を吐いている様には見えなかった。


 黒魔女も、嘘を吐いている様には見えないと感じたみたいだけど、少し戸惑う様に視線を逸らしてしまった。


「……私たちの良さなんて、人間に分かるわけがない。……それに、私の魔法は、今は抑え込んでいるけど、本来なら何もしなくても、周りにいる生命を奪う力なんだから……。」


 視線を逸らしたまま、そう言った黒魔女の瞳は、悲しげに揺らいでいた。


「……そうね。あなたから感じる驚異のマナは、尋常ではないわ。いつか抑えきれなくて、暴走してしまうかもしれない。……隣に座る、あなたのお友達の事も、いつか殺してしまうかもしれないわね……。」


 次の瞬間、黒魔女は両手をテーブルに勢いよく叩きつけながら立ち上がり、前のめりになると、


「──ッ!!どうすれば良いの!?」


 と、助けを求めるかの様な瞳で、アーシェ様を真っ直ぐと見つめ続けた。


「…………心を砕くのよ。」


「……え?」


「マナの暴走は、感情が高ぶると起きやすい現象なの。だから、己の心を砕けば、マナの暴走は永久に生じないわ。それに、心を失っても、死ぬ事はないし、他人とも争う事もない。人間たちに、自分達が危険ではない事も証明できるわ。」


 ──この人、何を言ってるの……?


 私だけでなく、映像の中の黒魔女や、アンナちゃんも、まるで恐ろしい魔物でも見たかの様に目を見開かせると、当然の様に語るアーシェ様を凝視した。


 すると黒魔女は、ハッと我に返ると、ギリギリと歯を食い縛り、


「ふざけないで!!何も感じる事が出来なくなるって、それじゃあ、死んでいるのと同じじゃない!!」


 と一喝し、憎悪に満ちた瞳で、キッと睨みつけた。


 それに対するアーシェ様は、段々と冷ややかな瞳へと変貌していった。

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