第97話 在りし日の想い出
黒魔女の魔法で展開された映像の中には、女の子が一人、草木が生えない荒れ果てた大地にポツンと立ち尽くしていた。
燻んだ紫の長髪、そして藤紫色の瞳には、光が宿っておらず、虚無の空を只々見上げているだけだった。
──この子は、まさか……。
『そう、私よ。……200年前の。』
200年!?……そういえば、生まれつき魔力が強い魔女は、稀だけど寿命が長い人も居るって、お母様が言っていた気がする。
『……気が付けば、私は一人だった。生まれつき強い魔力を、その身に宿していたお陰か、不思議と空腹はなく、健康そのものだった。……しかし、その代償は、とてつもなく大きいものだった。』
すると、映像が切り替わり、今度は緑いっぱいに広がる新緑の大地に、幼い黒魔女が立っているのが見えた。
さっきと違い、晴々とした緑豊かな大地の上に居るというのに、下を向くその表情は、さっきよりも悲しげに見える。
その様子を、疑問に思ったその時。
黒魔女を中心に、少しずつ草原が枯れ果てていき、やがて不毛の大地と化していった。
──どうして!?
『私のマナは、黒魔女の中でも、とてつもなく大きい。当時の私は、その制御が出来ずにいたから、私の周りの動植物は皆、私の意思に関係なく、朽ち果てていった。物心ついた頃から、独りぼっちだったのも、きっと、これが原因。』
──まさか、黒魔女の親も、そのマナによって、死んでしまっていたというの?
『きっと、そうね。』
黒魔女は、淡々と変わりない口調で、そう肯定した。
その事実と、感情が篭らない口調が相まり、一気にゾッと恐ろしくなる。
けれど、映像の中にいる黒魔女は、今にも泣き出しそうになるのを堪えながら、俯いている。
現在の黒魔女とは違って、人間らしさがあった様で、そこは、かなり驚いた。本当に同一人物なのかと目を疑うぐらいに。
『……あの頃は、このまま永遠に一人になってしまうのかと、“悲しい”、“寂しい”という感情で一杯だった気がする。……しかし、年月が経ち、私は自身のマナを抑制する事に成功した。』
次に切り替わった映像では、草木が生い茂る深い森の中、暖かそうな一つの陽だまりに、動物達と仲良く身を寄せ合っている、少し成長した黒魔女の姿があった。
その表情は、リラックスしていて、どこか嬉しそうにも見えた。
しかし、映像の中の黒魔女が、微笑を浮かべながら動物達を撫でていた、その時。
近くで草を踏みしめる音が聞こえ、段々と黒魔女の方へと向かってきていた。
それに気が付いた動物達は、俊敏に木々の中へと身を隠した。
黒魔女もハッとすると、慌てて丈の長い草の中に飛び込み、息を殺して様子を窺った。
やがて陽だまりに晒され、姿を現した足音の正体に、私は驚いた。
──ひどい傷……!
その子は映像の中の黒魔女と、ほぼ同じ背丈の、灰色の長髪の女の子だったが、全身のあちこちに赤紫の痣を負っていて、目を背けたくなる程にボロボロだった。
「……ここまで、くれば…………。」
女の子は、力尽きてしまったのか、弱々しい声でそう呟くと、その場に倒れ込んでしまった。
黒魔女は、ハッとすると、慌てて飛び出し、その子の元へと駆けつけた。
「しっかりして!」
そして、その子の身体に触れた瞬間、何かに気が付いた黒魔女は、ハッとすると、驚いて目を見開きながら、その子の顔を見つめた。
『……この時の私は、驚いたわ。だって、この少女に触れた途端、私と似た様なマナを感じたから。』
──それじゃあ、この子も……。
『……そう。数少ない、黒魔女の血族。そして、私が唯一、心を許せた人だった。……同族だと気付いた私は、必死になって、森中の薬草をかき集めて、あの子の治療をしたわ。』
すると、再び切り替わった映像の中には、今度は黒魔女と、すっかり痣が消えてなくなった少女が、並んで座り、笑い合っていた。
『あの子の名前は、アンナ。人間の村で迫害されて、森まで逃げてきた。私達は、すぐに仲良くなった。……こんなに“幸福”の感情に満たされたのは、生まれて初めてだった。』
映像の中の黒魔女とアンナちゃんは、一緒に森中を駆け回ったり、動物の世話をしたり、キャッキャっと笑い合ったりと、充足感に満ち満ちている様に見えた。
──まるで、普通の女の子みたい……。
『そうよ。いくら恐ろしい魔法を持っていたとしても、私達だって普通の女の子よ。……それなのに、人間は、過去の出来事にいつまでも怯え、蔑み、何も悪い事をしていない私達を、意味もなく追い立てる。』
再び切り替わった映像の中を見て、私は思わず悲鳴をあげた。
さっきまで穏やかな陽光に照らされていた森が、赤々とした大きな炎に包まれ、容赦なく森全体を覆っていたからだ!
──何が起こったの!?
『アンナを迫害した人間達が、ここまで辿り着き、火を放った。……優しいアンナは、あいつらを誰一人殺さなかったというのに、あいつらはアンナを執拗に殺そうとしていた。』
幼い黒魔女とアンナちゃんは、燃え盛る炎の中を、身体を炙られながらも、必死になって逃げていた。
「いたぞ!こっちだ!」
「忌々しい黒魔女め!」
「魔女狩りだ!」
命からがらに森を抜けた瞬間、大きなスコップや草かきや、
「早く!こっちへ!」
そう言い、踵を返しながらアンナに手を引っ張られた黒魔女は、何故か微動だにしなかった。
「何してるの!?早く──」
「────せない。」
「……え?」
「許せない!なぜ、あんな奴らに、あんな目で見られなければいけないの!?なぜ、アンナが殺されなければいけないの!?」
そう怒気を放った黒魔女は、眼光をキッと鋭くさせ、歯をギリギリと軋ませ、怒りに満ちた瞳で、村人達を睨みつけていた。
さすがの村人達も、黒魔女の鬼気迫る眼光に驚き、思わず足に急ブレーキをかけていた。
「や、やめなよ!だって、元々は大昔に、私たちの先祖が白魔達と一緒に、人間を滅ぼそうとしたから、今でもみんな怖がっているのよ!人間は悪くないわ!」
「……アンナは優しいから、そんな生温い事を言うのよ。」
黒魔女は、泣きながら訴えるアンナちゃんを、一瞥しながらそう言うと、村人達に向かって、両手を翳した。
「……な、何をしているの!?」
「こいつらを野放しにしたら、また殺しに来るわ。……全員、この場で始末する。」
黒魔女が、声をより一層低くしながら、最後にそう言い放つと、掌からドス黒いマナが溢れ出してきた。
それを見た村人達は、悲鳴をあげ、武器を捨てると、背を向けながら一斉に逃げ出そうとする。
「や、やめて!!」
アンナちゃんが黒魔女の背中にしがみつき、泣き叫んだその時。
「──ううっ!!!」
「きゃあっ!!?」
二人の身体が、突然現れた光の玉に包まれ、目を開けていられなくなるほどの、強い光を放った。
少しして、光が収まると、そこには地に伏せる二人の姿があった。
アンナちゃんは気を失っているが、黒魔女の方は、まだかろうじて意識があり、目を動かして状況を把握しようとしている。
すると、そんな二人の元に、爆炎を背にして近づく人影があった。
その人は、まだ意識がある黒魔女を一瞥すると、少し驚いた様に、目を見開いた。
「……紫髪の方は、まだ意識がある。見かけによらず、強いマナを持っている様だ。」
その人物は、綺麗な顔立ちをし、強い意志を感じさせる瞳を宿す、女性だった。
その身に纏う、若草色の刺繍が施された純白のローブには、何となく見覚えがある気がした。
私は、そのローブを、じーっと見ているうちに、ようやく思い出し、ハッとした。
……確か、お母様が聖女の仕事をする時に、いつもあんな感じのローブを身に纏っていた気がする!
──まさか、あの人は……。
『そう、200年前の聖女。あなたの先祖。……とは言っても直結ではないから、遠縁の先祖ね。今でも忘れられない。』
映像の中の黒魔女は、聖女の姿を視認した途端、とうとう意識を失ってしまい、辺りは真っ暗闇に包まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます