第10話 消えゆく心
「……ん……?」
ルカの放った光線に、巻き込まれたのかと思ったけど、痛みどころか衝撃すらも感じない。
恐る恐る、閉じていた瞼を開けると、目の前には、ラビーの後ろ姿があった。
よく見ると、右手を前方へと掲げ、半透明の結界を張っていた。
「……ボサッとしないの。もう、あの子には、言葉は通用しないわ。早く、ルナを使いなさい。」
結界を解き、振り返ったラビーは、そう告げながら、抱いていたルナを私へと託した。
ルナは、突然の攻撃に驚いたのか、目を見開いてカチコチに固まっていたが、すぐにハッと我に返ると、首をブンブンと高速に振り、鼻息を荒げて私を見据えた。
「……り、凛花さん!私の浄化の力なら悪い精霊さんを、やっつけられるかもしれないのです!」
ルナは、そう言うと、久しぶりに弓矢へと
「で、でも!ルカにも当たってしまうかもしれない!」
「そんなことを言ってる場合ではないわ!……なら、私にルナの弓矢を使わせなさい。私も魔女だから、扱えるはず──」
そう言いながら、ルナへと手を伸ばす、ラビー。
「──あら、言い争っている場合?」
その隣に一瞬で、鈴の様な声と共に、黒いルカが現れた!
ルカは、ニタリと笑い、深い闇の様な漆黒の拳を、ラビーへと鋭く突き出した!
「ぐあっ……!!」
「ッ!リアン!!」
その刹那、リアンが二人の間に割り込み、ラビーの代わりに殴り飛ばされてしまった!
「うっ!!」
リアンの元へ駆け寄ろうとしたラビーだが、その時に、ルカの骨の翼が彼女の体を覆い、体のあちこちに突き刺さしていった!
「ううっ……!」
「この翼、ただ飛べるだけじゃないの。あんたのマナを、全て吸い尽くす事だって出来るのよ!」
「てめえ!!」
ノアが飛び出し、拳を突き出すも、ルカは器用に、ラビーを翼で抱えながら、体を捻らせ、まるでクルクルと踊り子の様に舞いながら、素早い回し蹴りを繰り出している。
ラビーに当たってしまう危険性があるので、避ける一方のノアだったが、一瞬、何かに気が付くと、横に飛び退いた。
その直後、ノアの背後から、リアンの足が飛んできて、ルカの骨の翼に直撃し、そのお陰で不意をつかれたルカの足元が、少しだけふらついた。
「はっ!!」
「おらあ!!」
その一瞬の隙を逃さずに、ノアとリアンが、息を合わせて、拳を骨の翼に叩き込み、砕いた!
「くっ……!」
ルカはバランスを崩し、後方へと下がると同時にラビーを手放し、ラビーはその隙に、リアンの元へと駆け寄った。
……が。
「……なんてね。」
ルカは妖しく笑うと、3人に目掛けて両手を突き出し、マナを込めて解き放とうとしている!
「────ッ!」
私は咄嗟に矢を構え、火のマナを急速に込めた。放たれた火の矢は、炎の不死鳥へと姿を変え、ルカの目の前を横切る様にして通り過ぎ、ルカの攻撃を中断させた。
ルカは、チッと舌打ちをし、冷ややかな視線を私へと向ける。
「……また、私の邪魔をするの?」
「だって、こんな事したって何にもならないよ!これ以上、ルカが後悔する前に元に戻ってよ!」
「……私が、後悔する?」
「マオが言っていた。ルカは、根は優しいやつだって。だから、後で絶対に後悔するよ!
それに、このままだと、精霊に体の主導権も盗られてしまうかもしれない。そうしたら、この世界も、ルカの他の仲間まで、自ら傷つけてしまう!そんな事になったら、取り返しのつかない事に──」
言いかけている途中で、ルカの骨の翼が一瞬で再生され、槍先の様に鋭い骨の先端が放物線状に伸びながら、私を貫こうと迫ってきた!
──刺されるッ!
咄嗟に目を瞑った次の瞬間、私の体は誰かの手に突き飛ばされ、そして目の前で、肉が貫かれた様な、嫌な音がした。
『ノ、ノアさん!!!』
ルナの泣き叫ぶ声に、ハッとして目を開けると、そこには、私の代わりに、体のあちこちが骨の翼に刺されてしまった、ノアの後ろ姿があった。
「いや!ノア!!!」
「ぐっ……!」
「あら、うるさい凛花に刺さったと思ったのに。」
「……凛花は、うるさく、なんか……ねえよ!ちっとは耳を傾けやがれ!!」
「アナタも、うるさいわね。アナタの白魔の力も全て吸い尽くしてあげる。」
私は堪らず、ノアの元へ走り寄ろうとしたが、ノアは振り返らないまま、手で制し、再びルカに向かって口を開いた。
「吸えるもんなら吸ってみやがれ。自暴自棄になって、悪い精霊に体を明け渡して暴れてるお前なんかに、負けない。
確かに、お前が外の世界でされてきた仕打ちに関しては、想像できる。……いや、実際は、想像以上の仕打ちをされてきたんだと思う。だけど、その頃と比べて今は、お前に手を差し伸べてくれる人達が居るんだぞ。もっと素直になれよ!助けてくれって!!」
「────ッ!うるさい!!」
その時、ルカは骨の翼でノアを引き寄せ、拳で殴りつけようとするが──
──ガッ!!
ノアも素早く引き寄せられながらも、ルカの拳に、自らの拳をぶつけ、辺りの空気をバチバチと震わせ、強い衝撃波が起こった。
ルカが舌打ちをしながら、もう片方の手で、心臓目掛けて掌底を放つも、それもノアが拳で受け止め、両者は両の掌を塞がれ、互いに睨み合っている。
「お前、本当にこのままで良いのかよ!」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!黙れええええええええええええッ!!!」
逆上し、興奮するルカの額に、ノアが頭突きを食らわせ、ルカをよろけさせた。
その拍子に、ノアを刺していた骨の翼も引っ込んだけど、傷口から血が吹き出してしまった!
「────ッ。」
ノアは膝をつきかけたけど、何とか踏ん張り、大きく息を吐きながら、ルカを真っ直ぐと見据えた。
「……ルカ。」
「────ッ!!」
額から流れ出る血を押さえている右手の隙間から、キッと鋭い目つきで睨まれるも、ノアは怯むことなく、再び口を開く。
「……お前、ここまで頑張ってきたんだろ?ここまで……自分の力だけでなく、マオや、他の仲間達と一緒に、頑張って生きてきたんだろ?思い出だって、沢山築いてきたはずだろ?
それなのに……、全部!テメェの手でぶっ壊すのか!?」
「…………っ。」
ルカは、驚いた様に目を見開き、息を呑んだ後、やがて赫い瞳が、ふるふると震え、初めて泣きそうな表情へと変化させた。
「それ……は……」
ルカが、震える声で言葉を紡ごうとした、その時。
《──ダメよ。心を許しちゃあ。》
「「「──ッ!!?」」」
ルカの口から、明らかに別の女性の声が響き、私達だけでなく、ルカ自身も驚いて、口を押さえた。
「ぐああッ……!?」
しかし、ルカは突然、苦しそうに目を見開き、呻き声をあげながら、口を押さえていた両手を広げ、震え始めた。
……いや、違う!ルカの体のあちこちを覆っている、手の骨の様な装甲が、ミシミシと音を立てながら、ルカの肉に食い込んでいる!
あれが、ルカの体の自由を奪っているんだわ!!
「「ルカ!!」」
私とノアが、ほぼ同時に、ルカへと手を伸ばしながら走り出した。
「…………い……や……!」
ルカは涙を流しながら、見えない力に抵抗し、グググ……と、私達へと精一杯に、震える右手を伸ばし、
──た す け て。
僅かな声だけど、確かに唇は、そう動いていた。
私とノアが、ルカの指先に触れかけた──その直前、ルカの姿が、フッと消えてしまった。
「……え。」
驚いた直後、上空から、甲高い女性の笑い声が響き渡り、ハッとして見上げた。
「──やっぱり、体があるって良いわね。特にこの子の体は思っていた通り、馴染みが早いわ。」
そう嬉々として、自身の体を眺めながら笑う女性の声は、確かに、ルカの口から発していた……けど、ルカではない事も確かだわ!!
「──今すぐ、ルカの体から出て行って!!!」
そう激昂し、叫んだ私に、ルカ──邪悪な精霊は、氷の様な冷たい瞳で見下ろし、鼻で笑った。
「何を言ってるの?この体は、私──デャーラルクの物よ。この体から出ていくのは、あの子の方でしょ?」
デャーラルクは、まるで悪魔の様に、ニタリと笑った。
見た目は、ルカのままだけど、その瞳と表情には、ルカの面影はない様に感じる。
私は、不安に押し潰されそうになりながらも、キッと、デャーラルクを睨みつけた。
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