第65話 女心というものを、いい加減理解したい今日この頃 (蓮桜視点)

 美桜が、玄関の引き戸を勢い良く開けた瞬間、懐かしい我が家の香りが、フワッと漂ってきた。


 どうやら、我が家の香りは、何年経っても落ち着くというのは、本当の様だな。


「ただいま!お父さん、お母さん!」


 美桜が、元気よく挨拶すると、廊下の奥から、昔に比べると、少し老けた両親がやって来て、オレを見るや否や、ハッとして驚いていた。


「……蓮桜なの!?」

「ああ!間違いない!私達の息子だ!」


 次の瞬間、父さんと母さんは、泣きながらオレに抱きついてきた。美桜も、一緒に抱きついてきたので、体がギュウギュウに挟まれて、息が苦しい。


 それに、背後でお嬢たちの強い視線を感じる。……早く脱出せねば!


「お、おい!苦しいぞ!」


「ううっ……!こんなに大きくなって!」

「いつの間に、父さんを追い越したんだ!父さんは嬉しいぞ!」


 しかし、もがいても、中々離れる事が出来ないので、ため息を吐いて観念し、大人しく身を任せる事にした。




        ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎




「いや〜、大変お恥ずかしい所をお見せしてしまって、申し訳ない。私は、蓮桜の父で、竜堂大社の神主を務めております、蓮晴れんせいと申します。」


「私は、妻の桜花おうかと申します。」


 案内させた、オレの部屋で、両親が皆に自己紹介をした。お嬢も挨拶を返したが、和室が珍しいのか、さっきから、キョロキョロと辺りを見回し、落ち着かない様子だ。


 この部屋も10年振りだが、内装はさほど変わっていないな。


 床の間には、模造刀や、龍の掛け軸が。違い棚には、龍の置物や、幼少期に体験コーナーで作った、少し不恰好の焼き壺が飾られている。


 あの書院では、よく美桜と一緒に、読書をしていたっけな。それで、美桜が読書に飽きたら、家の庭で鞠蹴りをして遊んでたな。懐かしいな。


 8畳に敷かれた畳の匂いが、鼻腔をくすぐるたびに、色んな思い出が再生され、しばらく余韻に浸っていると、不意に父さんから声をかけられたので、ハッと我に返った。


「ところで、蓮桜。ここには、何か用事があって、帰ってきたのかい?」


 さすがは父さんだ。察しが良い。


 オレは、そう感心しながら頷くと、グラン様の結晶の事について、説明した。


 すると、両親は驚きつつも、すぐに真剣な表情で頷くと、スッと立ち上がった。


「今すぐに、魂魄の鏡を用いる儀式の準備をしてくる。ただ、少し時間が掛かってしまうから、すまないが、その間は待っていてもらえるか?」


「オレも手伝おうか?」


「いや、母さんと二人で準備するよ。蓮桜は、久々に美桜とお話でもしていなさい。美桜は、ずっとお前の帰りを待っていたのだから。」


 両親は、立ち上がろうとするオレに、手で制し、ニッコリと微笑みながら、そう言うと、部屋を後にした。


「……良かった。無事にグラン様を蘇られそう。」


 凛花は、ホッと胸を撫で下ろし、そう言うと、グラン様の欠片が入っている巾着袋を、安堵の表情で見下ろした。


「だな!これで、上手くいけば、ようやく凛花の母ちゃんの事や、オリジン様の事も分かるな!」


「はいなのです!オリジン様は、きっと生きているのです!」


「まあ、何にせよ、今は待つしかないわね。……てゆーか、ライラ、何してるのよ。」


 お嬢に視線を向けると、お嬢は鼻の穴と、両手を大きく広げながら、スーハーと何度も深呼吸をしている。……一体、何をしているのだろうか。


「ここが、蓮桜のお部屋なのね……!そして、これが、蓮桜の匂いなのね!!まるで、自然の様な香りだわ!」


「それは、畳の匂いでしょ!変態みたいな言い方はやめなさい!」


「へ、変態!?」


 よく分からんが、アリーシャに、そう注意されたお嬢は、顔を真っ赤にしながら、渋々座ると、時折恥ずかしそうに、オレの顔をチラッと見ている。


 その様子を、ロキが「あはは……。」と苦笑し、一旦咳払いすると、オレに真剣な視線を向けながら、話しかけてきた。


「…………ところで、蓮桜。」


「……何だ?」


 と、聞くと、ロキはチラッと、オレの背後に視線を向けた。


 振り返ると、そこでは美桜が、モジモジしながら、オレに何か言いたげな顔をしている。一体、どうしたのだろうか。トイレに行きたいのか?


「……きっと、久しぶりに、二人きりでお話しをしたいのだと思います。折角ですし、あのサクラ餅を食べながら、お話ししてきたらどうですか?」


 オレが首を傾げていると、ロキが、そっと耳打ちしてきた。


 ……なるほど、そういう事か。どうやら、トイレではなかったらしい。


「……分かった。礼を言う。」


 オレは、ロキに礼を言うと、パンパンに膨らんでいる風呂敷を背負い、美桜の手を引く。


「行くぞ、美桜。」


「え!?……う、うん。」


 美桜は、突然の事に、少し戸惑いながらも頷くと、オレと一緒に部屋を出た。


「ちょっ……!?蓮桜!どこへ行くのよ!?」


 部屋を出た瞬間、お嬢がついてこようとしたが、アリーシャが、手を引っ張って上手く引き留めてくれた。


 ……すまないな、お嬢。


 オレは、心の中で、そう謝りながら、敷地内の目的地へと向かった。




       ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



「……ここなら、誰も来ないだろう。」


 向かった先は、枯山水かれさんすいという、大きな和風の庭園だ。


 池がないので、敷き詰められた白い砂で、水の弧を表現したり、大きく様々な形をした石や、木を各所に配置して、自然を楽しめる様な造りをしている。


 ここでなら、美桜も落ち着いて、ゆっくりと話せるだろう。


 オレは、美桜と一緒に、縁側に座ると、サクラ餅を美桜に差し出した。


「……これでも食べながら久しぶりに、ゆっくりと話さないか?」


「え!これ、私の大好きなサクラ餅じゃん!覚えててくれたの!?」


「当たり前だろ。」


 そう言うと、何故か美桜の双眸から、涙がポロポロとこぼれ落ちたので、オレは慌てて立ち上がる。


「ど、どうした!?」


 何か、余計な事でも言ってしまったのだろうか!?この前、アリーシャから、デリカシーがないとか言われたが、オレは、またやらかしてしまったのか!?


「うっ……、ううっ…………!だって、お兄ちゃんが、ちゃんと覚えててくれてたから、嬉しくって……!」


 美桜は、溢れ出る涙を、一生懸命に拭いながら、そう言った。


 ……何だ、嬉し泣きだったのか。


 オレは、ホッとすると、袂からハンカチを取り出し、そっと優しく、美桜の涙を拭った。


「……当たり前だろ、妹なんだから。」


「……うん。」


 美桜は、鼻水をすすりながら頷くと、ニッコリと微笑んだ。


 そして、しゃっくりが収まり、落ち着いてくると、ようやくサクラ餅を一口かじり、美味しそうに顔を綻ばせた。


「ん〜!美味しい!やっぱり、お兄ちゃんのサクラ餅は、天下一品だね!」


「まだ山の様にあるから、好きなだけ食べると良い。」


「うん!」


 それから、サクラ餅を片手に、二人で色んな話をした。


 美桜の友達や、近所のおばさんの話、巫女になる為の修行の事、最近食べた甘味の話など、身振り手振りで、嬉しそうに語ってくれた。


 オレは、いつもの様に、ただ頷いて聞いていたが、内心では、妹が楽しそうで良かったと思い、ホッとしていた。


「でも、良かったよ。お兄ちゃんが帰ってきてくれて。」


「……とは言っても、またすぐに旅立つつもりだ。」


「……え?」


「まあ、今後は、また定期的に帰って来れると思う。」


 美桜を安心させる為に、そう言ったつもりだが、美桜は、暗い顔で俯いてしまった。


「……美桜、どうした?別に、以前の様に長く家を空けるわけでは────。」

「また、置いていくんだ。」


 オレが言いかけている途中で、美桜はそう言うと、勢いよく立ち上がり、そのまま玄関へと走り出してしまった。


「み、美桜!?」


 オレは、驚いて一瞬固まってしまったが、すぐに我に返ると、美桜の後を追いかける為に、外へと飛び出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る