第66話 接触 (蓮桜視点)

 急いで大社の外へと出るものの、そこには既に、美桜の姿はなかった。


「蓮桜!」


 キョロキョロと辺りを見回していると、背後から、お嬢達が駆けつけた。


「一体、何があったと言うの!?」


 オレは、先程の出来事を、お嬢達に話した。だが、どうしても、オレには美桜が飛び出してしまった理由が、良く分からない。


 別に、永遠の別れをする訳ではなく、これからは、時々だが、帰って来れるだろうし……。


 と、考えながら腕を組み、首を傾げていると、アリーシャが、呆れ混じりのため息を吐いた。


「……ったく。その様子だと、分かっていない様ね。」


「……ああ。この前、アリーシャに言われた通り、やはり、オレにはデリカシーが無いらしいな。」


 ボソッと、最後に自虐的に笑いながら発した言葉に、アリーシャがギョッとする。


「……意外と、気にしていたのね。」


「まあまあ。蓮桜も蓮桜なりに、懸命に考えていたんだと思いますよ。」


 ロキは、クスッと笑いながら、そう諭すと、今度は真剣な顔つきで、オレに向き合った。


「……蓮桜。まずは、美桜さんを捜しに行きましょう。それから、もう一度キチンとお話しましょう。」


「……何を話せば良いんだ!下手すれば、また飛び出してしまうかもしれない!」


 思わず怒鳴りながら、ロキの襟に掴みかかったが、ロキは物怖じせずに、真剣な表情のまま、再び口を開く。


「お前は、言葉が少なさすぎる。表情も分かりにくい。だから、美桜さんも余計に不安に思ったんだ。もっと、美桜さんに対して、寄り添ってあげなさい。美桜さんが、今一番望んでいるのは、お前の温もりだ。」


「……オレの、温もり?」


「分からないなら、後で考えろ。とにかく今は、一刻も早く、美桜さんを探すことだ。さっさと行くぞ!」


 ……確かに、ここで考えていても、すぐには分からない。なら、ロキの言う通り、美桜が遠くへ行ってしまう前に、探さなくては。


 オレは、そう思うと、コートを翻し、走っていくロキの背中を追いかける。


 背後では、凛花が、驚きのあまり、呆然とロキを見つめていたが、ハッと我に返ると、慌てて追いかけてきた。あの様子を見る限り、ロキが声を荒げるのは、滅多にないのだな。


 少々腑に落ちないが、逆に、鈍感で不器用なオレにとって、こうやって叱ってくれる人がいるのは、有難い事なのかもな。


 そう、ロキに心中で感謝した。


 すると、すぐ近くに、昔馴染みの蕎麦屋のおばさんが居る事に気が付き、大急ぎで駆け寄った。


「おばさん!美桜を見なかったか!?」


「……あら?まあ!じゃな〜い!久しぶりね〜!こんなに大きくなっちゃって!」


 ……アリーシャとお嬢の、笑いを堪えている姿が視界に入ったが、今は恥じている場合ではない!


「お、おばさん!悪いが、挨拶は後だ!美桜を見なかったか!?」


「美桜ちゃん?美桜ちゃんなら、街の入り口の方に走って行ったわよ?」


「おばさん、感謝する!」


 おばさんに頭を下げ、急いで入り口へと向かうが、嫌な予感がしてきた。


「……まさか、一人で街の外へ行ったんじゃ……。」


 凛花が、その予感を口にすると、頭の上のルナが、ぶるっと身震いする。


「お外には、魔物さんがいるかもなのです!」


「蓮桜、急ごうぜ!」


「言われなくても!!」


 ノアに、そう言うと、鳥居の門を潜り、野道を駆け抜けた。


 そう遠くへは行っていないはずだ。


 そう思い、すぐに見つかると思ったが、走った先には、2本の分かれ道があるのが見えた。


「あーー、もう!どっちに行けば良いのよ!」


 そうアリーシャが地団駄を踏んだ。


 ……右は、今朝オレ達が通ってきた道。左は……。


 昔の記憶を辿り、思い出すと、ハッとし、


「こっちだ!」


 と、左へと曲がった。


 きっと、この先のはずだ。確か、この先には────。


「っ!美桜!!」


 道の先には、色とりどりの菊の花畑と、それに囲まれている、大きな湖があり、その手前には、美桜が倒れていた。


 そして、美桜の目の前には─────。


「貴様、誰だ!!」


 そこには、美桜を見下ろす、少女の姿があった。


 漆黒のゴシックなワンピースを身に纏い、紫のふんわりとした長髪には、黒い薔薇がついた、白いレースのカチューシャ、そして首には、赤いリボンを身につけている。


 ただの少女だったら、声を荒げる事はなかった。だが、この女からは、禍々しい気配を感じる。


 この感じは、マナなのか?このマナは、女自身から発しているのか?一体、どういうことだ?


「あ………………。」


 すると、凛花が、まるで恐ろしい者を見たかの様に、震えながら女を凝視していた。


「……この、邪悪なマナの気配……。あ、あなたは、まさか……!」


 次の瞬間、信じられない事を口にした。


「────黒魔女。」


 ……この女が、黒魔女!?見た目からして、凛花と歳が変わらないではないか!


 女は、無表情のまま、藤紫色の瞳を、凛花へと向けると、静かに口を開いた。


「……ご名答。さすが同族。」


 まるで鈴の音の様な、玲瓏たる声を聞いて、オレはハッと我に返り、


「美桜に何をしやがった!!」


 と、自分でも驚くぐらいに、声を荒げたが、女は、相変わらず無表情のまま、美桜を、じっと見下ろした。


「私の魔法で、眠らせただけ。丁度良いから、取引の材料にしようと思った。」


「……取引?」


 オレが、そう聞くと、女は再び、澄んだ藤紫の瞳をこちらへと向けた。


「主の命令よ。」


 そう言うと、たおやかに、白い人差し指を、ゆっくりと上げ、やがてピタリと、真っ直ぐに止めた。


「──あなたが欲しい。」


 指し示した先────、ノアを真っ直ぐと見据えながら、女はそう告げた。

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