第67話 闇の中に沈む記憶 (ノア視点)
「──あなたが欲しい。」
黒魔女が、そう言いながら、オレを指差したので、オレは驚いて目を見開く。
……主の命令とか言ってたな。黒幕の白魔が、同族であるオレを引き入れたいということか?
「オレが白魔だからか?」
「そうだけど、違う。あなたは、ただの白魔ではないから。あなたは、無意識に封じている記憶と共に、強い力を秘めている。」
ただの、白魔ではないから?
記憶と力を秘めている?
何だか、よく分かんねーが、答えはハッキリしている。
「……何言ってんだか分かんねーが、お前らの仲間になる気は、さらさらねーよ。」
「なら、この子は死ぬ。」
黒魔女は、返事を聞くや否や、右の掌に、黒いマナを纏わせると、美桜へと向ける。
「美桜!!」
「てめえ!!」
蓮桜が叫ぶのと、オレが瞬時に飛びかかったのが、ほぼ同時だった。
黒魔女の右腕に、手を伸ばしたその時。
「……馬鹿。」
「っ!!」
黒魔女の澄んだ瞳が、オレを捉えると、美桜に向けていた掌を、オレへと向けた。
そして、オレの身体は、黒いモヤに包まれ、同時に頭が割れんばかりの頭痛に襲われた。
「ぐああああああああっ!!!」
「ノア!!」
「く、来るな……!!」
泣きながら駆け寄ろうとしてくれた凛花に、オレは痛みに堪えながらも、何とか手で制する。
「白魔なのに、か弱い人間を助けようとするなんて、あなたは馬鹿。」
「な、んだ……と…………っ!」
言い返そうとしたその時、オレの頭の中には、知らない記憶が流れ込み、それが走馬灯の様に駆け巡った。
誰の、記憶だ……?
いや、この映像は、見たこと、ある……?何でだ?これは、オレ自身の……?
「あなたが欲しいとは言ったけど、主からは、“条件付き”でと言われた。今から試す。」
ドクンッと、鼓動が強く鳴り響いたのを境目に、オレの意識は、底知れない闇の中へと沈んでいった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
沈んでいく闇の中、オレの目の前に突然、小さな人影と、花いっぱいの野原の映像が、蜃気楼の様にボウッと現れた。
「母ちゃん!」
長い白髪の子供は、同じく白髪の女性に思いっきり抱きついた。
……懐かしいな。母ちゃんだ。今でも、抱きついた時の、優しい花の様な匂いを覚えている。
「ノア、いい子ね。」
母ちゃんは、ガキのオレを、微笑みながら優しく撫でてくれた。
すると、蜃気楼の映像が、フッと消え去り、しばらくすると今度は別の方向に、蜃気楼の映像が現れたが、さっきのとは違い、野原が赤い炎に包まれていた。
「………………っ!!」
その中を、母ちゃんがオレを抱き抱えながら、必死に逃げている。
「待て!白魔め!!」
すると、母ちゃんの後ろから、松明を持った大勢の人間達が、恐ろしい形相で追いかけてきた。
「この魔女狩り種族め!!」
「今度はオレ達人間を根絶やしにするんだろう!!」
……そうだ、思い出してきた。
この頃、黒幕の白魔が、魔女の里を滅ぼしたせいで、人間達の白魔に対する偏見が、益々強くなり、周囲に住む白魔を、迫害しようとする動きが、あちこちで広まっていた。
オレたちは、何もしていないのに。
オレたちは、魔女の里を滅ぼした白魔じゃないのに。
どうして、こんな事をするのか……と、この時、怒りと悲しみで、心がいっぱいになったのを、思い出した。
「っ!!」
母ちゃんが、突然驚いて、急ブレーキをかける。
逃げようとした先にも、松明の影がいくつも見えたので、別の方向へと逃げようとしたが、気が付けば、周りは松明に囲まれており、逃げ道がなかった。
「母ちゃん……。」
迫り来る松明と、人影に怯えながら、母ちゃんを見上げる。
母ちゃんは、しばらく何かを考える様に、固く目を閉ざしていたが、やがて瞼を開け、真紅の双眸で、ゆっくりと、オレを捉えると、優しく微笑む。
「……いい?ノア。どんな事があっても、人間を憎んではいけないよ。彼らは、悪くないの。ただね、怯えているだけ。
私たちが人間を好きでい続ければ、きっと彼らも、いつか私達のことを、好きになってくれるわ。私は、そう信じている。」
そして、オレを強く抱きしめる。
この時、オレは何かを悟り、この温もりを、手放したくなかったのを、覚えている。
しかし、母ちゃんは、すぐにオレを離すと、真剣な眼差しで、
「愛しているわ、ノア。」
泣きそうな笑顔で、そう言うと、オレを抱き上げ、思いっきり天高く放り投げた。
「母ちゃーーーーーーーーんっ!!!」
手を伸ばすのにも関わらず、届かないどころか、無慈悲な事に、どんどん遠くへと離れていく。
最後に見えたのは、炎に包まれようとする母ちゃんの、寂しそうに微笑む姿だった。
再び場面が切り替わり、今度は、遠くへと投げ飛ばされたオレが、泣きながら必死に、母ちゃんを探していた。
三日三晩、寝ずに走り続けている内に、焦げ臭い匂いが、段々と近付いてきたのを感じたオレは、体力を振り絞り、全速で駆け抜ける。
「……………………。」
しかし、僅かな望みは、一瞬で崩れ去った。
あんなに、のどかで綺麗だった野原は、真っ黒焦げで、見る影もない。
そして、その中心には──────。
「……母、ちゃ……ん?」
人の形をした、真っ黒焦げの物体が一つ、転がっていた。
見た目では、誰だか分からず、性別も分からないはずだが、間違いなく、これは母ちゃんだと、オレの本能は確信していた。
オレは、絶望に染まった瞳で、母ちゃんをしばらく見下ろすと、やがて崩れ落ちる。
同時に、人間に対する強い憎しみが、とめどなく溢れ出ると、オレの身体は震えていた。
「ニン、……ゲン……!どうして、どうして母ちゃんを……っ!!」
見つけたら、一人残らず殺してやる!地の果てまで追い詰めてやる!
しかし、そう思ったその時、
『人間を憎んではいけないよ。』
という、母ちゃんの言葉を思い出し、オレはハッとする。
母ちゃんは、人間の事が大好きだった。そして、人間に殺されようとしても尚、人間の事を憎もうとはしなかった。
「……母、ちゃん……。」
オレは、炭と化した母ちゃんの身体に、顔を埋め、泣き崩れる。
──人間を、憎まない。人間を、憎まない。人間を、憎まない。
泣きながら、オレは呪文の様に、その言葉を繰り返した。
そうして一晩が経ち、ぼうっとしながら、一人で彷徨っている内に、母ちゃんが人間に殺されたという事実を、忘れていた。
……それなのに、また、思い出しちまった。
オレは、人間を憎んだ事など、一度もないと思い込んで生きてきた。
だけど、本当は。
────誰よりも、人間を憎んでいたんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます