第107話 激戦の開幕

 強力な黒いマナを帯びながら、こちらへと歩いてくるラビー。


 私は、今まで以上の悍ましいマナに、身震いしたいのをグッと堪えると、弓矢を構える。


 ラビーは途中で、ふわりと浮かび上がり、空に向かって掌を突き出した。


 すると、ラビーを中心とした青空が、直径5メートル程、黒い雲で覆われ、そこから鋭く尖った岩の雨が降り注いできた!


「ルナ!」

『はいなのです!』


 私は咄嗟に、“水”の矢を、黒い雲よりも天高く打ちつけた。

 ルナのマナと合わさった事で、水の矢は、パアンッと弾ける様に、いくつもの氷柱の雨と化し、岩を打ち砕いた。


 ラビーは、氷柱をヒラリと避けると、再び掌をこちらへと向け、今度は巨大な黒い流砂を発生させ、私達を閉じ込めた。


 細かく鋭い砂粒が、全身に打ち付けられ、豪風も相まって、立っていられるのでやっとだった。


「うっ……!!」


 しかも、目を開けていられない程の砂嵐に、矢で狙いを定めることも出来ず、かと言って、この嵐の中で、うかつに魔法を放つと、二人も巻き込んでしまうかもしれなかった。


 どうするべきかと、考えを張り巡らせていたその時、耳をつんざく轟音を切り裂く様な、力強い歌声が響き渡った。


 次の瞬間、砂粒や風圧が身体に叩きつけられなくなったので、驚いて目を開ける。

 私達の周りは、ライラの歌声で創られた、淡い虹色の光の結界に覆われていて、砂嵐から守ってくれている様だった。

 

 それに気付いた私は、瞬時に弓矢を構え、地面に向かって、“地”の矢を放った。


 すると、ドンッ!──という、大地を突き上げるような音が響くのと同時に、周りの地面から、岩の壁が突き上げられ、流砂を消し去ってくれた。


 それを見届けた後、岩の壁を解除しようとしたが、壁の向こうから、強烈なマナを感じたので、私はハッとすると、その方向へ向けて、“光”の矢を瞬時に放つ。


 矢は、岩の壁を打ち砕き、さらにラビーの方向から迫ってきていた、黒いマナの塊に直撃し、双方とも爆発すると、消え去った。


 ラビーは、それを冷静に見届けると、右手を天高く掲げながら、自身のマナで、巨大な黒い槍を生成し、再び私たちへと投げつけた。


 槍を投げつけられる直前に、ライラが激しく歌い始めていた。

 すると、何故か包丁を持ち、鬼の形相をした花嫁が、ライラの背後で具現化された。

 ……何で怖い顔をしたお嫁さんなのか、何で包丁を持っているのか分からないけれど、今までのライラの歌魔法の中では、一番強いマナを感じる。


 鬼嫁は、双眸を赫く光らせると、槍に向かって一気にジャンプした。


 そして、ライラの怒涛の歌声に合わせ、二振りの研ぎ澄まされた包丁で、暴れ狂った様に槍を切り裂き、木っ端微塵に粉砕してくれた。


 ……正直、予想以上の力っぷりに、圧倒されかけるも、ハッと我に返り、首をブンブンと横に振ると、同じくポカンと圧倒されているアリーシャに叫んだ。


「アリーシャ、飛んで!」


 私が、風のマナをアリーシャの脚に纏わせると、アリーシャは、ハッとして頷き、天高く見据えながら躊躇なく、ラビーへとジャンプする。


 ライラの鬼嫁も、構えながらラビーへと飛んでいくのを確認し、私も弓矢でキリキリと狙いを定める。


「いくよ、ルナ!」

『はいなのです!』


 閃電の刃と、憤怒の刃がラビーへと直撃する瞬間、私も“火”の矢を放った。


 ルナのマナと合わさり、火の不死鳥へと化した矢は、真っ直ぐとラビーへと飛び、そして、大爆発を引き起こした!


 アリーシャは、私の風のマナが、バリアの役目も果たしてくれたので、無傷でフワリと地上へ降り立ち、鬼嫁もライラの背後へと戻っていった。


 ……手応えは、あったはず。


 そう思い、三人で黒煙が晴れるのを、固唾を呑んで見守っていたが……。


「────ッ!!」


 黒煙の隙間から、黒く透き通った球体が現れ、ラビーがその中から、無傷のまま私達を見下ろしていた。


「……結界!?まさか、掠りもしないなんて……!」


 アリーシャは、そう言うと、ギリギリと歯を食い縛りながら、ラビーをキッと睨み上げた。


 三人がかりでも、そう簡単にいかないとは思っていたけれど、まさか、これ程までとは……。


 私も、悔しい思いで、ラビーを見据える。

 ラビーは、結界を解くと、相も変わらぬ無表情で、私達を静観している。


「……何か、あの表情を崩せる様な、弱点はないのかしら────」


 ライラが突然言いかけて、何故か固まったかと思ったら、すぐにハッとし、大きく目を見開くと、ニヤリと笑みを浮かべた。


 その様子を見て、アリーシャがギョッとしながら、ライラに声を掛ける。


「な、何よ?どうしたのよ?」

「…………私、今からビッグステージを開催致しますわ!」

「……は?」

「ですから、あのラビーを号泣させる様な、福音の歌声を奏で続けますわ!皆様、ハンカチは必須ですわ!!」

「意味分かんないわよ!ちゃんと説明しなさい!!」


 アリーシャが、ライラの背中をバシッと叩き、説明を促そうとしたけれど、勿論ラビーが、その時間を与える訳がない。


 強力なマナを感じ、上空を見上げると、ラビーが、こちらへと両手を突き出し、マナを込めている。


「と、とにかく!今は私を信じて、時間を稼いでほしいの!」


 ライラが慌てて、そう言うと、アリーシャは渋々頷き、雷牙を構えた。


「……分かったわよ。その代わり、ヘマはしないでよね!」


「ええ!当然ですわ!」


 私も、弓矢を構えると、


「ライラ、感動のライブ、期待しているよ!」


 と、激励を贈った。


 ライラは、ニッコリと笑い、大きく頷いてくれた。


 そして、目を閉じた後、ゆっくりと口を開くと、まるで陽だまりの下で、木々が芽吹き始める様な、暖かく穏やかな歌声を奏で始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る