第106話 正体
「……テメェが、黒幕なんだろ?」
ノアの核心を突いた問いに、リアンさんは、どこか寂しげに、フッと軽く笑みを浮かべた。
「……やはり、悟っていたね。」
リアンさんは、そう言うと、静かに目を閉じた。
すると、リアンさんのショートの金髪が、ノアと同じ純白色へと、急速に変化した。
そして、ゆっくりと開かれた双眸は、ドロドロの血の海の様な、暗赤色へと変化していた。
その姿を見て、そうであって欲しくなかったと、一瞬、血の気が引く様な感覚がした。
「う、嘘…………、なのです。」
私の腕の中で、ルナが体も声も、わなわなと震わせながら、そう小さく呟いた。
私は思わず、ルナをギュッと抱きしめた。
でも、ルナ以外のみんなは、やはり察していた様で驚きもせず、息を呑み、身構えていた。
私は、リアンさんの足元で、毛繕いをするフリをしている、黒猫のラビーに視線を落とす。
「……ラビー、それが、あなたの本名なの?黒魔女。」
ラビーは、私を細い目で、じっと見つめると、
「……そうよ。これは、アンナがくれた、大切な名前。」
と、明らかに猫ではなく、人間の口の動きで、しかも聞き覚えのある声を発すると、その姿を黒い霧で包み込んだ。
その霧は、リアンさんの肩の位置まで広がると、やがて消え去り、代わりに黒魔女の姿が現れた。
……やっぱり、魔法で黒猫に化けていたんだ。
「……初めて会った時から、凛花が鍵を持っているって、気が付いていたのか?」
ノアが低い声で、リアンに、そう尋ねると、彼は首を横に振った。
「……確かにあの時は、風の精霊、エアルが解放された事に気が付いたから、誰の仕業なのか、調査しに赴いていた時だったが、さすがにあの時は、気が付かなかったよ。
確信したのは、ドランヘルツで、ノアが白魔の姿で、人間共と仲良くしていた時だね。あれには正直、驚いたよ。」
確かにあの時、私達はリアンに会っていた。やっぱり、その頃から気が付いていたんだ……。
「聖女の末裔と、白魔。まるで僕たちみたいに、面白い組み合わせだと思ってね。君達の力で、どこまで行けるのか、興味深かったから、敢えて泳がせておいた。
しばらくすると、ラビーが、ノアの中に、深い闇が眠っている事に気が付いてくれたから、仲間として迎え入れたかったのだが……、まさか、自身の闇を打ち払い、おまけに破浄魂に目覚めてしまうとはね、恐れ入ったよ。」
そう、微笑みながら、まるで談笑するかの様に、リアンは楽しげに語っていた。
「……一つ、聞きてえ事がある。」
「何かな?」
「白魔が人間に化ける時は、本来、黒髪に黒瞳のはずだ。だが、てめえは、金髪に碧眼。最初は、黒魔女の魔法で、見た目を変えているのかと思っていたが、どうも違う様だ。……一体、どういう事なんだ。」
そういえば、ノアの人間姿を、初めて見た時に言ってた。
白魔は、黒髪の人間に化けれる──と。
ノアの問いにリアンは、何故か自嘲気味に、顔を歪ませて笑うと、信じられない事を告げた。
「……僕はね、白魔じゃないんだ。白魔と人間の混血種なんだ。」
白魔と人間の…………、ハーフって事!?
驚愕し、固まる私たちを置いて、リアンさんは話を続ける。
「物心ついた頃から、白魔の父は居なかった。人間の母と一緒に、各地を転々として暮らしていたが、混血種の僕は、人間からも、白魔からも、酷い仕打ちを受けていた。
……やがて母も、僕に冷ややかな視線を向ける様になり、僕を置いて、夜明けと共に去った。
僕は、母を、人間を、白魔を、そしてこの世を心底憎んだよ。
僕を傷つけようとする存在は、白魔だろうと人間だろうと、魔女だろうと、みんな殺してきた。
望んで、こんな生を受けたわけではない。だからこそ、この世の全てが憎かった。
もう二度と、僕の様な悲しい怪物が生まれない様に、この世界を壊したかった。」
リアンは、凄惨な過去を打ち明けると、私に向けて、ゆっくりと手を差し出した。
「……凛花さん、僕に鍵を譲ってくれないかい?そうすれば、君達は傷付けないと、約束するよ。」
──そう言った刹那。
瞬く間に、金色の光の帯が、リアンに向かって鋭く伸びていった。
けれど、リアンは微動だにせずに、それを片手で受け止め、その衝撃を空気中に逃した。
「……渡すわけねーだろが。」
光の正体──、金色の破浄魂を纏ったノアは、素手で拳を受け止めたリアンを、深紅の瞳でキッと睨みつけると、より一層低くした声で、そう返した。
リアンは、残念そうな表情で、睫毛を伏せた。
「……そう、残念だ。君達は、殺したくなかったんだけどね……。」
その時、黒魔女──いや、ラビーが、ノアに向かって手を突き出すのが見えた。
「ッ!させない!!」
私は叫ぶと同時に、右手を突き出し、ラビーの足元に地のマナを送り込み、岩で出来た剣山を、鋭く突き上がらせた。
ラビーは、咄嗟に飛び退き、剣山を避けた後、相も変わらず無表情のまま、私へと視線をうつし、じっと見つめている。
狙いを、私へと定めた様だ。
それを見たロキさんが、アリーシャにそっと声をかけた。
「……私と蓮桜とノアさんで、リアンの相手をします。アリーシャさんとライラさんは、凛花さんの援護を。」
「ええ、分かったわ!」
蓮桜も同様に、ライラに声を掛ける。
「ライラック。危険が迫ったら、オレを呼べ。」
「いいえ、ご心配には及ばないわ!どっからでも掛かってこい!ですわ!!」
ライラは、手を大きく叩き、まるでゴールキーパーの様に、両手と両足を大きく広げながら、そう言った。
不敵の笑みを浮かべながら、ラビーを見据えているので、やる気満々みたいだ。
蓮桜は、その姿を見て安心したのか、フッと笑うと、
「では、健闘を祈る。」
そう言い、ロキさんと共に、武器を構えると、リアンに向かって走り出した。
「ルナ!」
「はいなのです!」
私の合図で、ルナは弓矢へと変化し、私の手に握られた。
「私達もいくよ!」
私の声を合図に、私とアリーシャとライラが身構える。
それと同時に、ラビーも、全身に黒いマナを纏わせながら、ゆっくりと歩みを進めた。
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