最終話 聖女達の夢と覚悟

「…………終わった。」


 ルカは、デャーラルクの魂が吸い込まれていった空を見上げ、フーッと一息吐いた。


「……ルカ、じっとしてて。マオも。」


 私は、二人の元へと駆け寄り、治癒魔法を掛けた。日の光の様な暖かいマナが、ルカとマオの傷に吸い込まれ、癒していく。


 ルカは気持ち良さそうに目を閉じ、マオも穏やかそうな表情だった。


「……治癒魔法って、凛花が初めてだが、こんなに心地良いのは、きっと凛花だけなんだろうな。」


「ええ。私もそう思うわ。」


 ルカは、閉じていた目を開け、私の顔をじっと見た後、ふんわりとした笑みを浮かべ、こう言った。


「……強くて優しい凛花だからこそ、成せる技なんだわ。」


「え?……い、いやいやいや!きっと、どの魔女でも同じだと思うよ!」


 私は寂しがり屋だし、戦闘の場合は、一人だと心細いし、自分では強いだなんて思わないんだけどなあ。


 そう思い、ブンブンと首を横に振るも、ルカの隣にやって来たラビーも、同様の笑みを私に向ける。


「私もルカと同じ意見よ。凛花は、もっと胸を張っても良いのよ。」


「そう。……だって、初めて会った時、私の暴力に屈しないで、説得を諦めようとしなかったし、それに心の中の世界でも、あんなに手と腕が傷ついてボロボロになっても、あなたは決して引こうとしなかった。」


 ルカは、そう言った後、私の手を取り、澄んだ青い瞳で真っ直ぐと見つめ、


「凛花が強くて優しいから、私は救われたのよ。」


 と、真剣な眼差しで、そう言ってくれた。


「……何故、自分の事になると、そんなに謙遜するんだか。」


 次に背後から、金髪に戻ったリアンが、そう声を掛け、少し呆れ気味に目を細めて見つめた。


「リアンさんの言う通りなのです!凛花さんのマナは、いつもあったか〜いなのですから、もっと自信満々になるのですよ!」


 と、足元にいたルナが、ぴょんぴょこ飛び跳ねる。


 そして最後に、ノアが、頭にポンと優しく手を置き、声をかけてきた。


「……みんな、ああ言ってるんだ。……まさか、みんなの事、信用していない……訳ないだろ?」


「それはないよ。」


「だったら、みんながそう言ってくれる、自分を信じろ。」


 そう、ニッと白い歯を見せながら、ノアは笑った。


 みんなの事は、もちろん信用しているけど、その中でも特に、ノアの、この笑顔を、私は一番信じているのかもしれない。


「うん、ありがとう。」


 私は、そう頷き、ようやく笑った。


 そんな私を見て、ルカは、ホッとすると、


「…………やっぱり、あなたしかいない。」


 と言うと、突然、真面目な表情へと変え、私へと向き合うと、再び口を開いた。


「……凛花。私は、外の世界に出なければならない。怖くても、前へ進まなければいけない。それは……腹を括るつもりだけど、凛花に、改めてお願いしたい事がある。」


 一旦そこまで言うと、私に向かって、スッと頭を下げた。


「──私達の、聖女様になって下さい。


  ……今回のことで思ったの。いつまでも閉じこもっていても、何も変わらないって。だから……私も、マオと旅に出ようと思うの。

 自分の目で、外の世界を見て回って、困っている人間がいたら、私の力で助けて、少しずつ、白魔や黒魔女に対する差別が、なくなる様にしたい。

 ……きっと、昔みたいに、私を攻撃してくるかもしれない。昔よりも、心が折れそうになる事も、あるかもしれない。地道で、辛い事だけど、私は、それをやりたい。」


 さっきまで、深く心を閉ざしていたルカが、こんな強い決断をしてくれるとはと、正直、驚いたけど、同時に、嬉しさも込み上げてきて、思わずルカの頭を撫でた。


「……もし辛くなったら、無理しないで、隣にいるマオに、気持ちを吐き出して良いんだよ。」


「……まあ、大方の悩みは、笑えば吹き飛んじまうもんだ。だから気楽に頑張れよ。」


 ノアも、ニッと笑いながら、ルカの頭にポンと手を置いてくれた。


 ……旅をする事は、もちろん、こうして応援するつもりだけど……。


「……でもね、やっぱり私は、ルカが、みんなの聖女様になった方が良いと思うの。だって、この世界の人達は、みんなルカを慕っているし……。」


「凛花なら、すぐに気に入られるはずだよ。それに、凛花が聖女様に相応しいわ。」


「ルカだって、今なら聖女になっても全然良いと思うよ!」


「いいや、私よりも凛花が良いと思う!」


「ルカの方が良い!!」


 睨めっこしている私とルカを、ノアが面倒くさそうに、髪を掻きながら眺め、そしてとんでもない事を言うのだった。


「……ったく、めんどくせーなあ。だったら、二人で聖女になっちゃえば良いんじゃね?」


「「「…………え?」」」


 一同が揃って、ノアを凝視したが、当の本人は、別に普通の事を言ったつもりのようで、キョトンとしている。


「……今まで、長く生きていて、聖女が二人いた時代なんて、一度もなかったけど……、まあ別に、悪い提案ではないと思うし、面白いわ。」

 

 と、しばしの沈黙を破いたのはラビーで、ノアの意見に納得している様子だ。


「……まあ、これから時代は大きく変化していくだろう。その流れに便乗してみて良いんじゃないか?」


 意外にも、リアンも納得している!


「……すごい考えを当たり前の様に思いつくんだな、ノアは。……だが、確かに、一人より二人の方が、より良い世界に導いてくれるかもな。」


 マオも爽やかな笑顔で、大きく首肯いている!!


「んじゃあ、決まりだな!」


「「ええ!!?」」


「私、帰ったらオリジン様に、さっそく言うのです!他の精霊様にも、すぐに言ってくれるはずなのです!」


 驚く私とルカをよそに、勝手に話が決まり、勝手に話が盛り上がってしまっている……。もう撤回は無理かも。


「……はあ〜。……まあ、いっか。」


「……まあ、一応、凛花も聖女になってくれるなら、私もやっても良いかも。」


 そして、私もルカも、最初は驚きはしたものの、ノアの考えに反対する理由は当然なく、寧ろ顔を見合わせて笑いながら、最終的には賛成していた。


「ルカちゃん!」「ルカ!」「ルカ様!」


 するとその時、遠くの方から複数の声が聞こえたので、そちらの方向を見ると、ルカのなかま達が、こちらへと走ってくるのが見えた。


「地震の後、ヤバい気配を感じたんだが、無事なのか!?」


「いつも、ルカちゃんは何かあっても、自分とマオでなんとかするから、村で待機してろって怒鳴るけど、今回ばかりは居ても立っても居られなかったんだ!」


「おい待て!誰かいるぞ!……もしや、アイツらが…………」


 ルカの仲間達は、私達の姿を見るや否や、一斉に殺気を放ち、こちらへと身構えている。


「……え。」


 ……まさか、何か勘違いしているんじゃ……。


「違うわ!!まずは大人しく話を聞け!!」


 その時、ルカが怒りの拳を、みんなの目の前へと叩きつけ、落ち着かせようとしたが、何人かは止まらず、こちらに向かってこようとしてくるのを、ルカが容赦なくねじ伏せている。


「……結局、いつもこうなる。」


 マオは、先が思いやられると言った様子で、やれやれと額に手を当てている。


 ……でも、それだけ、ルカが、みんなから慕われて、愛されているって事だよね。


 私一人だと、いざという時に、この人達を纏めるのは無理だと思う。

 ……やっぱり、ルカと二人で、聖女様になって、改めて良かったかもと、目の前の光景を見て心の底から思った。


「……なあに、そんな顔しなくても平気だろ。」


 私の心中を察した様で、ノアが笑いながら、私の肩にポンと手を置いた。


「そう……かな?」


「いや、だってさ、オレ達とルカの喧嘩も、魔法一発で止めちまったじゃん。」


 ……そういえば、そうだった。


「い、いや、あの時は夢中だったから……。」


「凛花なら、やれるさ。あの時の凛花、鬼の様な顔をして、みんな反抗する気力も失せちまったから、全ッ然、心配ないと思うぜ!」


 ……え?わ、私、そんな顔してたんだ……。


「……それに、これからは、この前みたいに、凛花を一人にさせたりしないから。オレがずっと傍にいるから、心配すんな。」


 ノアにしては珍しく、キリッと真剣な眼差しだ。

 ……この前、私がルカに攫われた時から、ずっと後悔していたのかな。


 ……でも確かに、今回、攫われた時が、今までで一番怖かったかもしれない。狭くて暗い部屋の中で、一人で居るうちに、もう、ノアと会えないかもしれないって思うと、すごく辛かった。


 ──もう、離れたくない。


「──お、おい、凛花?」

 

 そう思ったら、堪えきれずに、ノアの胸に飛び込み、ギュッと抱きしめていた。


「……私も、ノアから離れたりしないから。」


 チラッと顔を上げると、ノアは、優しく微笑み、その後、ニッと笑った。


 私も、ノアの様に、不安を一気に吹き飛ばす、この笑顔を、ずっとしていられる様な、そんな強い聖女になりたい。


 私は、ノアに対する感謝と、未来への決意を込めて、全力で、ニッと歯を見せて、笑い返した。


       *****



 ──あれから数日が経ち、私とノアは、また以前の様に、二人での旅を再開しようとしていた。


 ルカも、心の準備をしてから、マオと旅に出ると言っていたが、さすがに聖女二人が、同時に不在になるのは良くないので、定期的に交代して、旅に出るという事になった。


 この魔女の里も、ルカの仲間達がきてくれたお陰で、たった数日で復興がかなり進み、さらに、彼らは、ルカの友達である私やノアとも、思っていたよりも打ち解けてくれた。


 外の世界に行く時も、ルカと一緒ならと、ついて来てくれた時も思ったけど、やっぱり、ルカは、他人がついていきたいと思える魅力が強い子なんだと、改めて驚かされる。


 そう思いながら、ルカが指示を出している姿を眺めていると、視界の隅で、しばらく里で復興の手伝いをしてくれていたラビーとリアンが、丁度、旅支度を終えたみたいで、こちらへと駆け寄ってきた。


「……それじゃ、私達は行くわ。」


「ついでに、こいつも送っていく。どうせ通り道だし。」


「本当なのです!?ありがとうなのです!ラビーさん、リアンさん!」


 ルナも帰り道が一人でない事が、嬉しいのか、ぴょんぴょんと元気良く飛び跳ね、ラビーの腕の中に収まった。


 ルカも、こちらの様子に気が付くと、すぐに駆け寄り、二人を見上げた。


「あのさ、また、会いに来てくれる?」


「……魔女のここは、僕が長居してはいけない場所だ。」


 リアンが、そう告げると、ルカは、寂しそうな表情になった。


「……そう。……同じハーフって、中々いないでしょ?だから、リアンのこと、お兄ちゃんの様に思い始めていたから、ちょっと寂しいかも。」


 ルカの落ち込む顔を見て、リアンがハッとすると、珍しく、少し焦り気味に考え込み、やがて顔を上げると、口を開いた。


「……ま、まあ、ここじゃなくても、旅をすれば、きっとまた何処かで、会えるだろう。」


 それを聞いたルカは、パァッと顔を輝かせ、嬉しそうに頷いた。


「……フフッ。良かったじゃない、リアンお兄ちゃん。」


「うるさいな。さっさと行くぞ。」


 リアンは、クスッと笑いながら揶揄うラビーの手を引っ張り、スタスタと里の外へと歩いて行ってしまった。


 ラビーとルナは、振り返って手を振り、リアンも、横顔で振り返り、その表情は、少し笑っている様に見えた。


 3人が見えなくなるまで見送った後も、ルカは、里の外に広がる広大な空を、ぼんやりと見つめながら、何かを考えていた。


 そろそろ夕暮れ時なので、さっきまで青空だった空は、橙、桃、紫が混ざり、美しい色へと調和していった。


「……ねえ、凛花。」


 そして、しばらく時間が経った後、突然、ルカが声をかけてきた。


「ん?なに?」


「……人間も、白魔も、黒魔女も、そしてハーフも、みんな、この空みたいに、仲良くしていける日を、いつか本当に作れるかな?」


 私は、少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。


「……すぐには無理だと思う。きっと、何十年……何百年は掛かるかも。でも私たちは、寿命が長いから、もっと長い年月を生きると思う。気が遠くなりそうな時間だけど……それでも、私たちが生きている間に、実現させたい。それに……。」


 話している途中で、隣にいるノアや、遠くで復興の指示を出しているマオや、大勢の白魔や黒魔女達を見回した後、ニッと笑いながら、ルカに話の続きを再開した。


「私達は一人じゃないから。だから、一緒に夢を実現させよう。」


 そう言い、手を差し出した。


 ルカは、驚いた様に目を見開いた後、すぐに微笑み、頷いた。


「……ええ、勿論よ。」


 そして、私の手を、しっかりと握った。


 丁度その時、落ち行く夕陽が、燃える様な強い橙に輝き、その方角から、暖かくも強い風が吹き抜けた。


 その強い光と風を、体全体に感じながら、二人の聖女は、未来に対する夢と決意を、強く願った。

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