第115話 愛の共同作業
「皆さん、無事ですか!?」
背後から、聞き覚えのある声がして、ハッと振り向くと、そこにはロキさんと、蓮桜の姿があった。
「ロキ!」
「蓮桜!?嬉しいけど、どうしてここに!?」
アリーシャに続いて、ライラがビックリして飛び上がり、そのまま問いかけた。
「ノアさんが、こちらの加勢をしてほしいと、仰ったんです。」
ロキさんの、その言葉を聞いて、ノアが無理しているんじゃないかと、一瞬、不安が過ったけど、さっきのあの笑顔を思い出して、無理なんかじゃないと思い直して、頭を振った。
「この短時間で、リアンと同等の領域に辿り着いたんだ。ノアなら、大丈夫だと信じることにした。」
蓮桜は、そう言うと、怪訝な表情で、目の前を見上げた。
「……にしても、あの巨大なマナの存在は、一体何なんだ。ラビーの姿に似ているが……。」
「アレは、ラビーの中にある、黒いマナが実体化したものよ!
だから、アレを消滅させれば、ラビーは魔法を使えなくなると思うわ!」
それを聞いた蓮桜は、珍しくギョッとした顔で、ライラを見つめる。
「……毎度の事ながら、ライラックは、とんでもない力を発動させるな。」
「戦闘が苦手な私だって、自分なりに全力で役に立ちたいもの!」
まだまだ鎮火せずに燃え上がる、瞳の奥の闘志を見据えて、蓮桜はフッと笑い、身構える。
「……そうか。その調子で、気を抜くな。」
「ええ!当然だわ!」
ライラは、そう頷くと、目を閉じ、歌魔法の準備に入った。
二人の様子を見て、アリーシャも負けじと、刀身に雷を帯び、バチバチと弾けさせる。
「さあ、私達も行くわよ、ロキ!」
「ええ。私も全力で戦い、そして護ります。」
「わ、私だって、ロキの事を護りながら戦うわ!」
「……フフッ。頼りにしてますよ、アリーシャさん。」
何だか、アリーシャもライラも、さっきよりも調子が出てきた気がする。
私も、弓矢姿のルナを、ギュッと握り締め、素早く構えた。
「ルナ!!」
『はいなのです!』
ルナの合図と共に、燃え上がる不死鳥の矢を、巨大なラビーの頭目掛けて放った。
────が。
(うるさい。)
突如、頭に声が響き、それと同時に、不死鳥の矢が、巨大な手で掻き消されてしまった。
「なっ……!」
驚愕した直後、再び頭の中に、声が響いた。
(正義ヅラして、バカじゃないの?あんた達人間は、いつもそう。私達異端者を悪者だと言って脅え、排除しようとする。
私だって、最初から、この世界を滅ぼしたいだなんて、思っていなかったわよ!あんた達人間が、いつまでも過去の脅威に脅えて、私達を迫害しなければ、こんな事しなかった!アンナとだって、ずっと一緒にいられたわよ!
あんた達人間が、私を悪者に変えたのよ!自業自得よ!こんな世界、消えて無くなってしまえば良いのよ!!)
……この声は、ラビーの声?
でも、ライラの創った、虹色の玉の中にいるラビーは、気を失い、横たわっている──が、目元からは、涙が流れている。
「……どうなっているの?」
他のみんなにも聞こえていたらしく、アリーシャが怪訝な表情で、ラビーを見つめている。
ウオオオオオオオオオオオオッ!!!
すると、黒い巨大なラビーから、天地を揺るがす様な雄叫びが聞こえたかと思ったら、辺りの空が黒い雲に覆われ、やがて墨汁の様な真っ黒な雨が降ってきた!
「はあっ!!!」
ロキさんが、すかさず結界を張り、不気味な雨から私たちの身を護ってくれた。
すると、結界の外の草原が、ジュウッと音を立て、次々と枯れ果てていった。
「ひいっ!毒の雨ですわ!!」
ライラが、蓮桜にしがみつき、脅えている。
ロキさんが結界を張っていなかったら、今頃は……。
そう思うと、私もゾッとしてしまった。
(人間なんて、さっさと滅んでしまえ!!)
また声が響き、ハッと我に返ると、頭上から、雨と共に、巨大な黒い拳が結界に振り下ろしてくるのが見えた。
次の瞬間、ズシンッ!!──という重みと衝撃音が、何度も振り下ろされ、泣き叫ぶ様な雄叫びも、ドンドン大きくなっている。
蓮桜が、暴れ狂う巨大なラビーを見据えながら、口を開いた。
「……あの黒いマナの塊も、ラビーの一部だ。言い換えれば、ラビーの人格の一部。おそらく、この声は、長年封印されてきたラビーの心の叫びが、黒いマナの塊を通して、発せられているのだろう。」
それを聞いて、誰も、何も言葉を発する事なく、虹色の玉の中で涙を流しながら眠っている、ラビーを見つめていた。
少しすると、アリーシャが真剣な眼差しで、ライラを見上げた。
「ライラ!鬼嫁で、雲を払えないかしら?鬼嫁なら、この雨の中でも、移動できるんじゃない?」
ライラは、ハッとすると、ブンブンと頷き、軽くメロディーを口ずさんだ。
すると、結界の外に、鬼嫁が具現化され、包丁を両手に握りしめながら、天高く舞い上がり始めた。
アリーシャの予想通り、黒い雨の中でも、何の変化もなく動けている。さらに、蓮桜の姿を見下ろすと、怖い笑みを浮かべながら、投げキッスを落としてきた。
……ちなみに蓮桜は、珍しくブルッと身震いしている。
「────ッ!?な、何なんだ!あの花嫁は!?」
「……あの花嫁は、ライラさんの力で生み出された者でしょうか……?」
鬼嫁を初めて見る蓮桜とロキさんは、唖然と鬼嫁を見上げている。
鬼嫁は、雲の近くまで飛び上がると、二振りの包丁の
すると、雲が一瞬で、あちこちに吹き飛び、黒い雨が止んだ。
頭上の変化に気がついた、黒いラビーが見上げた頃には、もう既に鬼嫁の刃先が、目と鼻の先に迫っていた。
(……何よ、その格好。おめでたい女ね。)
黒いラビーは、鼻で笑うと、両手を交差させて、包丁を受け止めてしまった。
「ぐぬぬぬ……!!」
鬼嫁を操るライラが、苦しそうに歯をくいしばり、踏ん張っている。
(……私も、そんな格好をして、運命の人と結ばれたかった。
……普通に生まれたかったなあ。私を普通に産み落としてくれなかった、この世界が憎いわ。)
ラビーの悲しそうな心の声が聞こえた直後、黒いラビーの力が増し、徐々に鬼嫁が押されていった。
「ふんぬううううううッ!!!…………ま、まだ、諦めるには……、早いですわッ!!!」
「……そうだ。ライラックの言う通りだ。」
負けじと踏ん張る鬼嫁の横から、声がしたと思ったら、黒い影の様な物が現れ、その中から伸びてきた紫光の手甲剣が、黒いラビーの腕を鋭く刺した。
いつの間にか蓮桜が、闇のマナで空間移動をしていた様だ。
「れ、蓮桜!?いつの間に……!」
「ライラック、一気に押すぞ!」
驚いていたライラは、ハッと我に返り、再び鬼嫁に集中を向けた。
「はあっ!!」
「うおりゃああああああああッ!!!」
蓮桜と鬼嫁が、一気に押し返し、地面へと力強く叩きつけた。
「……はっ!初めての!愛の!共同作業!!」
蓮桜は、地面に着地すると、大興奮し、鼻血を吹き出しそうになるライラを見て、目を見開いていた。
「……な、何を興奮──、ぐっ!!?」
何かを言いかけた蓮桜は、背後から鬼嫁の熱い抱擁を喰らい、もがいている。
「……あの二人は、しばらく放置しておくわよ。」
「ですが、蓮桜が苦しそうにしていますが……。」
「鬼嫁に、私達が敵うわけないでしょ!ライラの興奮が冷めるまで、蓮桜には耐えていてもらうしかないわ!……とにかく今は、黒いラビーに集中するわよ!」
私も同感だと思い、蓮桜に心の中で謝りつつ、起きあがろうとする黒いラビーに向かって、弓矢を構えた。
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