第74話 帰宅と儀式

 遠い星空に届きそうな程の、眩しい光耀を放つ黄燐桜に、私達はしばらく見惚れ続けていた。


 ……が、エヴァさんが、ハッと我に返ったかと思ったら、突然大声を上げたので、心臓が跳ね上がってしまった。


「ヤ、ヤバい!そろそろバイトに戻らないと!こっそり抜け出しているから、バレたら減給されちゃうわ!」


 エヴァさんは、慌ただしく、来た道を走りながら、振り返ると、


「それじゃあね!またいつか、会えると良いわね!」


 そう笑顔で手を振ってくれたので、私達も、姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。


「……さて、私達も、そろそろ大社に戻りましょう。きっと今頃、ご両親が心配なさっているはずですよ。」


 美桜ちゃんは、ロキさんの言葉を聞いて、ハッとすると、不安げな表情で俯いてしまった。ノ鳥が、心配そうに飛び回っている。


「……そっか。突然、飛び出して来ちゃったんだもんね。……お父さんとお母さん、怒っているかな?」


「オレが何とか説得してみる。だから、帰ろう。」


「うん……。」

 

 美桜ちゃんは、渋々頷き、燈ノ鳥を手に乗せると、大事そうに包みながら歩き出した。

 


        ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 大社の前まで戻ると、そこには血相を変えた様子で、ウロウロと歩き回る、ご両親がいて、私達に気が付くや否や、美桜ちゃんと蓮桜へと抱きついてきた。


「美桜!蓮桜!……本当に、心配したのよ!」


「黙って出て行って、こんな時間まで何していたんだ!」


 お母さんは、大粒の涙を流しながら、お父さんは涙は流してはいないけど、その双眸は揺れながら、潤んでいた。


 そんな二人の様子を見て、美桜ちゃんは、嗚咽を漏らしながら、涙を流し、何度も謝った。


 蓮桜も、瞳を揺らしながら、両親を見据えると、ゆっくりと口を開く。


「……実は、黄燐桜が、予定より早く咲くって聞いたから、慌てて見に行ったんだ。それで……。」


 すると、まだ言いかけている途中の蓮桜に、お父さんは厳しい視線を送ると、一喝する。


「どんな理由があるにせよ、ちゃんと父さん達に言わないと、駄目じゃないか!」


「ち、違うの!私が────」


「……ああ。本当に、悪かった。」


 泣きながら弁明をしようとする美桜ちゃんに、手で制し、蓮桜は深く頭を下げる。


 お父さんは、しばらく眉間に皺を寄せていたけど、やがて大きく一息を吐くと、静かに口を開く。


「……とりあえず、中に入りなさい。儀式の準備も出来ている。」


「……ああ。儀式は、オレが執り行うよ。父さんたちは、休んでいてくれ。美桜も、疲れているだろうから、一緒に休んだ方が良い。」


「……うん。」


 渋々頷いた美桜ちゃんと、蓮桜とお父さんは、揃って家の中へと入って行った。


 お母さんは、私達に振り返ると、申し訳なさそうな顔で頭を下げる。


「ごめんなさいね。お見苦しい所を見せてしまって……。」


「い、いえいえ!子供が居なくなったら、そりゃあ心配しますよ!」


「……蓮桜は、ああ言っていたけど、本当は美桜が飛び出してしまったんでしょう?美桜は、寂しがり屋だから。」


 ……やっぱり、お母さんって、何でもお見通しなんだ。


「蓮桜も、鈍ちんで絶望的に不器用だから、美桜の気持ちを考えずに、何か言ってしまったんでしょう?大丈夫かしら、あの二人……。ちゃんと、仲直りは出来たのかしら?」


 心配そうにため息を吐くお母さんに、ライラはニッコリと笑いかける。


「きっと、大丈夫だと思いますわ。美桜ちゃんの本音に対して、超絶鈍感の蓮桜は、美桜ちゃんの心に頑張って寄り添い、固い約束をしましたわ!」


 お母さんは、ハッと目を見開くと、再び双眸をうるうると潤ませる。


「……そう。あの、鈍ちんの蓮桜が……。ようやく、少しは成長したのね……!」


 そう言うと、ホッと胸を撫で下ろした。


 ……にしても、お母さんも息子に対して、割と言うのね。



        ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


 

 家に入った後、蓮桜に案内された場所は、3メートル程の、大きな漆喰の扉だった。


「この中で、儀式を執り行う。中は少し暗いから、足元に気を付けろ。」


 蓮桜は、そう言うと、扉を開く。


 中は、道場程の大きさっぽいけど、灯りは、点々と置かれたろうそくのみで、蓮桜の言った通り、暗くてよく見えない。


 ルナが、私のポニーテールの中に隠れると、ぶるぶると震える。


「うう……。怖いのです……。」


「べ、別に、これぐらい、怖くはないわ。」


 アリーシャは、そう言いながら、ロキさんの背中にくっついている。ロキさんは苦笑しながら、アリーシャを気遣い、ゆっくりと歩き始める。


 足を踏み入れると、不思議と、まるで山の中に居るかの様な、清らかな空気を感じ、頭がスッキリする。


 部屋の中心の床には、六角の鏡が置かれている。これが、儀式に必要と言っていた、“魂魄こんぱくの鏡”だろうか。


 その目の前の床は、よく見ると、赤色で、五芒星が描かれており、その頂点に合わせて、長めの蝋燭が置かれている。


 蓮桜は、その五芒星の中心を指差すと、


「ここに、グラン様の欠片を置いてくれ。」


 と、促した。


 私は、頷くと、袋から欠片を全て取り出し、丁寧に置いた。


 蓮桜は、魂魄の鏡の背後に回ると、手刀を口元に当て、目を閉じて集中した。


 すると、蝋燭の炎が一瞬、激しく揺らめいたかと思ったら、鏡から、眩しい光が放たれた。


「っ…………!」


 暗い場所に居たので、突然の強い光に、思わず目を背ける。


 何が起こっているのか、分からないけれど、グラン様の欠片を置いてある場所からは、湧き上がる様な強いマナを感じる。


 しばらくして、光が収まり、私達は、恐る恐る目を開くと、そこには────。


「ムフフ……、う〜ら〜め〜し〜や〜じゃ。」


 仙人の様な真っ白くて、長い髭を生やした、白髪のおじいさんが、アリーシャの目の前で脅かしていた。


「ぎ、ぎゃあああああああっ!!!妖怪オヤジーーーーーー!!!」


 錯乱したアリーシャが、泣きながら雷牙を振り回し始めた。


「お、落ち着いて下さい、アリーシャさん!」


『ムッ……。驚かしすぎてしまったかのう。……おお、こっちのお嬢さんは、ナイスバディじゃのう。』


 お爺さんは、今度はライラの身体をジロジロといやらしい目つきで見つめる。


「い、いやですわ!!ここに変態妖怪オヤジがいますわ!!退治ですわ!!」


 ライラは、蝋燭を手に取ると、ぶん回し始めた。


「お、落ち着け、お嬢!これは恐らく、変態でも妖怪でもない!!」


 アリーシャもライラも、落ち着く様子はなく、現場はカオス状態となっている。


『ムムッ。最近の女子は、活発すぎるのう……。』


 お爺さん───、恐らくグラン様は、長い髭を撫で、妙に落ち着きながら、暴れ回る二人を眺め続けていた。

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