第73話 永遠の燈

 人混みの中を掻き分けて、ようやく辿り着いた先は、大きな一本の樹だった。


「わあ……!」


 四方八方に大きく伸びる枝木には、たくさんの蕾がついていて、淡い黄金色に点滅している。


 それは夕日に照らされ、茜色の様にも見える。まるで、水平線に沈みゆく、太陽の様だった。


「きっと、これが、黄燐桜ですね。」


 そう言ったロキさんは、微笑みながら見上げ、子供の様に抱き抱えられているアリーシャや、隣に立つライラも、珍しく目を輝かせながら見上げている。


「おい、凛花。」


 その時、ノアが私の肩を叩き、少し離れた所を指差すと、そこには蓮桜と美桜ちゃん、エヴァさんが居た。


 ……あ。黄燐桜に見惚れちゃって、エヴァさんを追いかけに来たことを忘れてた。


 私は、慌ててエヴァさん達の元へと向かったが、何やら様子がおかしい。


「おい。オレ達は、これから一緒に黄燐桜を観るんだ。邪魔するな。」


「妹ちゃんと、ちょっとお話をしたいの!桜が咲く頃には、ちゃんと妹ちゃんを返すから!」


「なら、ここで話せば良いだろう。」


「ダ〜メ!女の子同士の秘密のお話なんだから!」


 蓮桜とエヴァさんが、バチバチと睨み合っている!


 さっき、美桜ちゃんが危険な目に遭った後だから、蓮桜もいつも以上にピリピリしているみたい。


「ちょっ……!ストーーーーップ!!ですわ!」


 私が声を掛けるよりも先に、ライラが二人の間に割って入り、言い合いを止めてくれた。


「……お嬢?」


「蓮桜。ちょっとだけ、お話をさせてもらえないかしら?きっと、美桜ちゃんにとっても、悪くない話だと思うわ。」


「だが……。」


「心配なら、私達女性陣も、一緒に話を聞いておくから、大丈夫よ!」


 蓮桜は、最初は戸惑っていたけど、ライラの真剣な目つきで訴える姿を見て、しばらく考え込むと、やがて頷いた。


「…………分かった。その代わり、万が一、何かあったら、すぐに呼んでくれ。」


「ええ!任せて!」


 ライラは、笑顔で大きく頷くと、エヴァさんと美桜ちゃんの手を引っ張り、少し離れた位置に移動する。私と(ルナは頭の上にいる)アリーシャも、その後をついていく。


「ありがとうね!えっと……。」


わたくしは、ライラと申します!礼には及びませんわ!」


「ライラちゃんね!あのお兄さん────蓮桜さんって言うんだっけ?妹ちゃん想いなのね。連れ出すのに、苦労したわ。」


 美桜ちゃんが、首を傾げながら、エヴァさんを見上げると、恐る恐る口を開いた。


「……あの。私に、何か御用ですか?」


「そうなの!突然ごめんなさいね、初対面なのに。実はね、さっき凛花ちゃん達から、あなたとお兄さんの事を聞いたの。私にもね、美桜ちゃんと同じで、滅多に会えない兄がいるの。」


「そう……なんですか?」


「ええ。……ったく、男の子って、こうもジッとして居られない生き物だから、困っちゃうわよね。」


 美桜ちゃんは、少し寂しげに苦笑すると、少し離れた場所に立つ蓮桜を、チラッと見た。


「……兄がまた旅立つと聞いて、さっきは外に飛び出して、迷惑を掛けちゃったから、我慢しないとって思っていたんですけど……。」


 そこまで言いかけると、美桜ちゃんの双眸から、段々と涙が溢れ出してきた。


「……やっぱり、一緒に居たいです。もしも帰って来なかったらって思うと、すごく不安なんです……。」


 とうとう、涙がボロボロと溢れ落ち、泣き出してしまった。


 エヴァさんも、悲しそうな表情で、美桜ちゃんの頭を優しく撫で、何かを言い掛けようとしたが……。


「美桜!どうしたんだ!」


 その時、美桜ちゃんの涙を見て、居ても立っても居られなくなった蓮桜が、駆けつけてきた。


「お兄ちゃん……!」


 美桜ちゃんは、蓮桜に抱きつくと、涙で濡れた顔を上げ、


「私も、一緒について行っちゃ、駄目なの!?私、すごく不安なの……!」


 と、嗚咽を漏らしながら、必死に訴えた。


「美桜……。」


 蓮桜は、悲しげな表情で、美桜ちゃんの顔をじっと見つめると、やがて、そっと口を開いた。


「……旅は危険だ。オレも、美桜の事を護りきれるか、分からない。だから、どうしても連れて行けない。」


 そうきっぱりと告げると、美桜ちゃんは、ゆっくりと瞼を閉じ、悲しげに俯いてしまった。


「……だが、オレは、必ず帰ってくる。オレが約束を破った事は、一度もないだろう?」


「でも……。」


 そう言い淀み、顔を上げる事が出来ない美桜ちゃん。


 蓮桜は、そんな彼女の視界に入る様に、スッと小指をたてる。


「美桜、指切りげんまんしよう。“約束と命の証”を、お前に預ける。」


 すると、私達と同様に、美桜ちゃんも不思議そうに首を傾げる。


「約束と、命の証?」


「……ああ。どんな理由があるにせよ、10年間、放ったらかしにしてしまったのは、事実だからな。口約束だけでは、信用出来ないよな。だから、竜堂家に代々伝わる秘術で、約束を、“証”として具現化する。」


 口約束を、“証”にする?


 美桜ちゃんも、よく分かっていない様で、首を傾げながらも、おずおずと小指をたてる。


 蓮桜は、小指を絡ませると、目を閉じ、ブツブツと呪文の様なものを唱える。


「我、汝にともしびを授ける。燈は我と汝を繋ぎ、我が命尽きぬ限り、燃え続ける事を誓う。」


 すると、蓮桜と美桜ちゃんの小指が、橙色に光り、その光はやがて、意志を持つかの様に、二人の頭上へと舞い上がると、徐々に形を変える。


「ピヨピヨ!」


 すると、光は、橙色に輝く小鳥へと変化し、元気よく、美桜ちゃんの周りを飛び回っている。


「え!?何、この鳥!」


「この鳥は、オレの命の様なものだ。この鳥を美桜に預けるから、オレだと思って、大切に育ててほしい。」


 すると、ライラが、目ん玉を飛び出しそうなぐらい、目を見開かせ、鼻息を荒げながら身を乗り出す。


「れ、れ、れ、蓮桜の命を!育てる!?わ、私も欲しいわ!!」


「ちょっと!今は引っ込んでなさい!!」


 しかし、アリーシャにバシッと叩かれ、シュンとしてしまった。


 蓮桜は、一旦咳払いすると、再び美桜ちゃんへと向き合う。


「この鳥は、ノ鳥と言ってな、オレの命の力で創り出した。オレが死なない限り、消える事はない。だが、定期的に、オレの命の力を与えないと、元気を失くしてしまう。だから、これからも、頻繁に帰ってくる。」


 美桜ちゃんは、肩の上に止まった、燈ノ鳥を優しく撫でると、ようやく微笑んでくれた。


「この子、可愛いね。……絶対に、大切に育てるよ。だから……。」


 そう言い掛けると、真っ直ぐと蓮桜を見上げる。


「お兄ちゃんも、絶対に約束を護ってね。この子が元気を失くしたら、絶交だから!」


 蓮桜は、美桜ちゃんの頭を撫でながら、


「ああ。約束だ。」


 フッと微笑みながら、頷いた。


 その様子を、エヴァさんは泣きながら見つめていた。


「ううっ……、良かったわ。……でも結局、私の出る幕は無かったわけね。」


 すると、ロキさんが、優しげに微笑みながら、首を横に振る。


「……いいえ。エヴァさんが居なかったら、美桜さんは、本音を言えず、我慢し続けたまま、不安の毎日を過ごしていたと思いますよ。」


「ロキさんは、相変わらず優しいわね。ありがとね!」


 エヴァさんは、そうウインクしながら、お礼を言うと、兄妹に視線を戻し、微笑みながら見つめている。


 きっと、自分の兄の事を思い出しているのかもしれない。どこか懐かしそうに、目を細めている。


 ……とにかく、これで一件落着かな。


 そう思い、ホッと胸を撫で下ろした、その時、周りの人々が歓喜の声を上げ始めたので、私たちは、ハッとして、黄燐桜を見上げる。


 すると、黄燐桜が、さっきよりも強い黄金色の輝きを放っていた。


「もうすぐ、咲くのかも!」


 私達は、息を呑んで見守る。


 やがて太陽が完全に、西へと沈むと同時に、波打つ様に、蕾が一斉に輝く花を咲かせ始めた。


 夜風に優しく揺られ、黄金の花弁が舞い散り、私達や周りの人々を、明るく優しく包み込んでいく。


 さらに、花から金色の粒子が舞い上がり、サクラの国全体や、空全体までをも、鮮やかな黄金色へと染め上げていく。


 まるで、この街の燈みたい。


「綺麗……!」


 私達は、この荘厳美麗な黄燐桜を、言葉に言い表わせられない程の、感動に包まれながら、いつまでも見上げ続けていた。

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