第72話 貴重な時間
先程の戦いで、メチャクチャにされた菊の花畑では、現在、ライラの優しく包み込む様な歌声で響き渡っていた。
美桜ちゃんが目を覚ますのを待っている間に、ライラが福音の神器の力で、この花畑を修復したいと言い、歌ってくれているのだ。
すると、剥き出しにされた地面が、白く輝き、そこから芽が生え、急速に成長し、花を咲かせてみせたり、空っぽだった湖に、透き通った純水が湧き上がったりと、やがて元の美しい光景へと戻っていった。
「すごい……!」
思わず見惚れていると、ライラが得意げに鼻を鳴らし、腰に両手を当てながら、嬉しそうに笑った。
「フフン!当然だわ!蓮桜の為なら、どんな場所だって、直してみせますわ!」
「流石はお嬢だ。感謝する。」
蓮桜は、フッと笑い、ライラにお礼を言うと、懐かしそうに目を細めながら、花畑を見回す。
「……ここは、よく美桜と遊びに来たことがあるんだ。喧嘩した時、美桜はいつも、ここに来て、一人でいじけていたんだ。」
……そっか。ここは、二人にとって、思い出の場所だったんだ。
「…………覚えていてくれたんだ、お兄ちゃん。だから、すぐに来てくれたんだね。」
すると、蓮桜の腕の中から声が聞こえたので、ハッとして見ると、そこには美桜ちゃんがいつの間にか目を覚ましていた。
「美桜!大丈夫か?どこか痛いところはないか?」
「ううん。平気だよ。」
美桜ちゃんは、そう首を振ると、目を伏せ、
「……ごめんなさい。私のせいで、皆さんに迷惑をかけてしまって。」
と、申し訳なさそうな表情で、謝ったので、私達は、慌てて首を横に振る。
「悪いのは、美桜ちゃんを利用しようとした、敵の人だから!だから、美桜ちゃんは、謝らなくて大丈夫だよ!」
「そうだ、美桜。……それに、そうなってしまった原因は、お前の気持ちを分かってあげられなかった、オレの責任でもある。」
「……お兄ちゃん……。」
少しの沈黙の後、ロキさんが、空を見上げると、二人にそっと声を掛ける。
「……そろそろ、陽が暮れそうです。暗くなる前に、大社に戻りましょう。」
ロキさんの言う通り、橙色に燃え上がる太陽は、もうすぐ西の山に隠れようとしている。
私達は、頷くと、ようやく歩き出した。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
サクラの国に戻ってくると、昼間よりも、大勢の人で賑わっていた。
「何よ、この人だかりは!これじゃあ、前が見えないわ!」
背の低いアリーシャが、ピョンピョンと兎の様に飛び跳ねていると、ロキさんがヒョイと抱き抱え、人々を見回した。
「皆さん、この国の中央へ向かわれている様ですが……。」
ロキさんの言う通りだ。それに皆、笑顔で歩いているので、何かから避難しているという訳でもなさそうだった。
「……ん?そこに居るのは、もしかして!」
すると、突然、声が聞こえたかと思ったら、人混みの中から、流れに逆らう様にして誰かが、こちらにやって来るのが見えた。
その姿が誰なのか、分かった途端、私は手を叩いて歓喜の声をあげた。
「エヴァさん!やっぱり来てたんですね!」
黒髪のショートボブに、赤いカチューシャ。そして、赤い着物に、桃色の前掛けを付けていて、袖は
エヴァさんは、恥ずかしそうに、後頭部をかくと、
「実は、路銀が尽きちゃってね。近くの茶屋で住み込みのバイトをしていたの!」
笑いながら、そう話すと、キョトンとしている蓮桜に視線を向けると、パアッと瞳を輝かせた。
「あら!その服装は、この国の方かしら!クールでイケメンね!後でサイン頂戴!!」
矢継ぎ早に話しながら、顔を近づけるエヴァさんに、蓮桜は圧倒されて苦い顔をしている。
すると、ライラが、そんな蓮桜の前に立ちはだかり、頬を膨らませた。
「ちょっと!そこのお方!
「あらあら!可愛い彼女さんが居たのね!スタイルも抜群じゃない!」
眉間にシワを寄せていたライラが、煽てられた瞬間、鼻の穴を広げ、デレデレし始めた。何てチョロい!
「可愛いボディガードさんが居るから、蓮桜くんは諦めるわ……。その代わり、ロキさんに、もう一度サイン頂こうかしら!」
と、輝かしい瞳で、ロキさんを捉えた瞬間、腕の中にいるアリーシャが、激しく吠えたてた。
「ちょっと!一回貰ったんだから、いいでしょ!」
「いいえ!黄燐桜の開花のタイミングで、運命的な再会を果たせたんだから、記念に貰っておかないと!」
苦笑いしながら、睨み合う二人を見つめていたロキさんが、エヴァさんの言葉を聞いて、ハッとした。
「黄燐桜の開花のタイミング……ですか?明日ではないのですか?」
「ええ。その予定だったのだけれど、早まったみたいなのよ。恐らく、日没のタイミングで、咲くのではないかと言われているわ。」
だから、こんなに人だかりが出来ていたんだ。
「……そうか。もう、咲くのか……。」
蓮桜は、そう呟くと、隣に立つ美桜ちゃんをじっと見下ろしながら、しばらく何かを考えていた。
やがて、考えの結論に至ったのか、一人で頷くと、真剣な眼差しで、私達へと視線を向けた。
「……すまない。グラン様を目覚めさせる前に、黄燐桜を観に行っても良いだろうか?……美桜と約束したんだ。」
「お兄ちゃん……。」
美桜ちゃんも、泣きそうな顔で、こちらの返事を伺う。
すると、私達が頷くよりも先に、ノアが、
「もちろんだ。家族と約束したんなら、そっちが優先だ!」
と、ニッと笑ってくれた。
「そうなのです!それに、私の中にある、オリジン様の記憶では、グラン様は優しい方なのです!朧気なのですが、それは確かなのです!だから、ちょっとの間なら、大丈夫なのです!」
ルナも、元気良くピョンピョンと飛び跳ねながら、そう言ってくれた。
「……すまない。感謝する。」
「ありがとうございます!」
蓮桜と美桜ちゃんは、揃って頭を下げると、手を繋いで、人混みの中を掻き分けて進んで行った。
その後ろ姿を見て、エヴァさんは、目を細めながら、「フフッ。」と、微笑んだ。
「……あの二人、兄妹なのね。仲が良いわね。」
それを聞いたライラが、瞳を曇らせる。
「……二人は、10年ぶりに再会したのだけれど、きっと明日には、旅に出ないといけないから、またお別れしないといけませんわ。……美桜ちゃん、少し落ち着いた様だけれど、とてつもなく寂しいはずですわ。」
ライラは、何だかんだ嫉妬心を抱きつつも、美桜ちゃんの事を想い、悲しそうに俯いた。
確かに、10年間帰りを待ち続けた、大好きな兄が、またすぐに旅立ってしまうんだから、寂しいはずだよね。
だからこそ、一緒にいる時間を多くでも作ってあげたいけど、それでも、全然足りないぐらいのはず。
「……そっかあ、疎遠の兄妹なのね。私も、遠く離れた兄がいるから、一緒ね。だから、妹ちゃんの気持ち、よく分かるわ。」
「え!エヴァさんも、お兄さんが居るんですか!?」
エヴァさんは、頷くとすぐに、何かを思いついた様で、ハッとした。
「……あ、そうだわ!桜が咲くまで、まだ少し時間があるし、妹ちゃんを励ましに行ってみるわ!」
エヴァさんは、そう言うや否や、二人の後を追う為に、人混みの中を強引に進み始めた。
「あ!ま、待って下さい!」
エヴァさんの行動力の高さに驚きつつも、その姿を見失わない様にと、私たちも慌てて人混みの中に入って行った。
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