第75話 ヴィオラとアルマの鍵

 アリーシャとライラは、一頻ひとしきり暴れ回り、やがて落ち着きを取り戻した後、目の前の老人を睨みつけていた。


「……で、本当に、こいつがグラン様なの?」


「精霊様にも、卑しいド変態野郎がいるとは、思いもしませんでしたわ!」


 グラン様は、二人の冷たい視線に臆することなく、仙人の様な長い髭を撫でながら、愉快に笑う。


『卑しいド変態かは、さて置き、いかにも、儂が、地の精霊グランじゃ。』


 ……やっぱり、この人が、グラン様なんだ。会った事はないはずなのに、何故だか、少し懐かしい感じがする。


 グラン様は、雷牙と福音の神器を見つめ、微笑む。


『……お主たちは、カルドの孫じゃな?』


「お、お祖父様をご存知なのですか!?……そういえば、老人会に一緒に参加した仲だとか、言っていた様な……。」


『さよう。カルドは元気かのう?また久々に、飲み明かしたいものじゃ。』


「ええ!毛根は死滅致しましたが、心身は共に元気ですわ!」


 ライラは、そうニッコリと穢れなき笑顔で、真実を告げた。


 片や隣では、アリーシャが、笑いそうになっているのを堪えている。


 10年の月日が流れ、友人の変わり果てた姿を想像してしまったグラン様は、哀れむような表情で、俯いてしまった。


『おお……。そうか、そうか。人というのは、老いるのが早いのう……。何と、哀れな……。』


 そう言うと、何かに向かって、目を閉じながら合掌する。遠くにいる、二人のお祖父さんの頭に向かってかな。


 そして、合掌を終えると、今度はチラッと私の方を見てきた。


 何かセクハラ的な事を言われるのかと、思わず身構えてしまったけど、グラン様は、しばらく私の顔をじっと見つめた後、ニッコリと微笑み、深く一礼をした。


『……お久しゅう御座います。────様。』


 ……ヴィ……オラ……様?


 明らかに、私に向けて言ってたよね?まさか、他にも誰か居るのかと、振り返ってみたけど、勿論そこには、誰も居なかった。


 皆も驚いて、目を見開きながら、私を見ている。


「“ヴィオラ”って……、凛花の事なのか?どういうことだ?」


 ノアが、そう問いかけると、グラン様は顔を上げて、頷いたり


『さよう。……やはり、その様子だと、覚えておらぬ様じゃのう。まあ、無理もないわい。この世界に居たのは、よわい3つまでじゃったからのう。』


 齢3つ──3才ってことだよね。私が孤児院に引き取られた頃だ。


 やっぱり、私は、この世界の住人だったんだ。確かに、“ヴィオラ”という名前も、懐かしい響きがする。 


 それに、さっきグラン様の事を、懐かしいと感じたのも、会ったことがあるからなんだ。


 ──ならばきっと、グラン様は、の事も知っている。


 私は、唾をゴクリと飲み込むと、恐る恐る尋ねる。


「……グラン様は、私のお母様の事も、ご存知なのですか?」


『──聖女・ヴァイオレット様……じゃな。顔立ちも、どことなく似てきたのう。』


 一呼吸置かず、すぐに答えた内容に、私以外の皆は、目を大きく見開き、驚愕した。その中で一番飛び上がったのは、ライラだった。


「せ、せせせせ聖女様!?凛花のお母様は、聖女様ですの!?あの、スーパーカリスマだったという、噂の!?」


『さよう。にしても、懐かしいのう……。凛々しくて聡明な美人さんじゃったから、よくナンパしに行ってたのう。……お茶の誘いすら、受けてくれなかったがのう……。』


 そう落胆するグラン様は、私が冷めた視線で見つめていることに気がつくと、愉快そうに笑う。


『……冗談じゃよ。魔女の里が近いから、よく聖女様の仕事の手伝いをしていたのじゃ。』


 そう言ったけど、目を逸らしている。絶対ナンパもしていたな、この人。


 グラン様は、わざとらしい咳払いをすると、今度は少し悲しそうに瞳を揺らす。


『……じゃが、に限っては、里に出向くのが遅くなってしまった……。もう少し早ければ、聖女様を逃すことが、出来たかもしれぬ。』


 私は、ハッとすると、両手をギュッと握り締め、意を決してグラン様に向き合う。


「……お母様は、やっぱり、黒幕の白魔に、殺された……んですよね?」


 グラン様は、悲しげに目を閉じ、ゆっくりと頷くと、静かに口を開く。



       ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


 グラン様が駆けつけた時には、もう遅かった。


 里は炎に包まれ、敵は去った後で、魔女たちは皆生き絶えていた。


 炎炎と燃え盛る炎の中、お母様のマナを、微量に感じ取り、グラン様は必死に、その場所へ向かった。


 すると、そこには、辛うじて息をしている、血だらけのお母様が倒れていた。


 グラン様に気が付いた、お母様は、息も絶え絶えにしながらも、必死に言葉を紡いでくれた。


 敵は、破浄魂に目覚めた白魔と、強力なマナを秘めた黒魔女。その二人は、アルマの鍵を狙いに来た。


 だから、お母様は、自身の全魔力と引き換えに、幼い私と鍵を、“向こうの世界”へと送った。


 お母様は、


「……もしも、ヴィオラ……が……、この世界に、戻って……きたら……、助け、て、あげて…………。」


 と、最後にそう告げると、静かに息を引き取った。


 グラン様は、ピクリとも動かなくなった母の遺体に、手を合わせ、涙しながら頭を下げた。



        ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



「……お母様……!」


 私は、母の最後の瞬間を知り、両手で顔を覆いながら、嗚咽を漏らし、泣いてしまった。


「凛花……。」


 ノアが、優しく背中をさすってくれている。ノアの温かい温もりに、少しだけ安心する。


『……ヴィオラ、すまなかった。儂が、もっと早く来ていれば……。』


 私は、慌てて腕で涙を拭い、まだ湿り気のある顔を上げると、強く首を振る。


「グラン様が、悪いわけではありません。悪いのは、黒幕の白魔です。」


 瞳は、まだ潤むも、真っ直ぐとグラン様を見据えると、グラン様は、驚きつつも、少し安堵した様な表情になる。


『……その、強い瞳。やはり、聖女様の娘じゃ。』


 そう微笑むと、私の周りにいる皆を、順に見回す。


『……神器を持つ者、オリジン様の使徒、そして、破浄魂に目覚めた白魔、か。ヴィオラよ、良き仲間に出逢えたのう。これも、聖女様が、導いてくれているのやもしれぬのう。


 お主の持つ、アルマの鍵に、微かだが、聖女様のマナを感じる。ずっと傍で、お主の事を、見守ってくれていたはずじゃ。』


 私は、お母様の事を思い出し、アルマの鍵を手にすると、そっと握り締めた。


 すごく温かくて、まるで、ずっと昔に感じていた、お母様の温もりの様。


 しばらく握り締めた後、私はグラン様に、鍵を差し出す。


 グラン様が、そっと鍵に触れると、鍵の宝石の一つが、土色に染まり、輝きを放った。


 無色透明だった、4つの宝石全てに、色がついた。


 ────これで、鍵が完全な物になった。


「……すごい、マナを感じる。」


 鍵から溢れ出す、膨大なマナの力に、私はゴクリと唾を飲み込む。皆も、息を呑み、鍵を見つめていた。


『黒幕も、鍵が完成した事に、勘づいているはずじゃ。どう狙ってくるか、分からぬ。気をつけるのじゃ。』


 私は、我に返ると、強い眼差しで頷いた。 


『無事に、アルマの鍵を手にしたら、まずは、オリジン様を復活させるのじゃ。』


 すると、ルナが頭の上で、身を乗り出した。


「オ、オリジン様は、無事なのです!?」


『さよう。神樹は、オリジン様そのものじゃ。枯れてはいるが、朽ち果ててはいない。弱ってはいるが、アルマの力があれば、復活させられるはずじゃ。』


「……じゃあ、アルマを手に入れたら、まずは、オリジン様を解放しないと。」


「ああ。黒幕に、盗られない様にしないとな!」


 ノアが、手の平に拳を、バシッと強く叩き込みながら、そう言うと、皆も強く頷いた。


 私も、頷くと、鍵を握り締め、祈る様に目を閉じる。


 ──お母様、どうか、私達をお守り下さい。


 

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