第76話 決断 (ノア視点)

『……儂も、お主達について行きたいのは、山々じゃが、結晶を粉々に砕かれていた影響で、まだ本調子ではないのじゃ。しばらく、地のマナが豊富な、アースベルで休まないといけない。……すまんのう。』


「……結晶が壊されたのは、わたくしの責でもあります。ごめんなさい……。」


 そう睫毛まつげを伏せるライラに、グラン様は、首を横に振り、ニッコリと微笑む。


『あの白魔の仕業じゃ。お主が責任を感じることはない。……さて、今夜は、ここに泊まる事にしようかのう。自由の身になったばかりで、疲れてしまった。』


 すると、グラン様の姿が、突然スーッと消えちまった。


『実体化するのも、今は疲れてしまってのう。儂の事は気にせず、お主達も、部屋でゆっくりと休むが良い。』


 と、声だけは、部屋中に響き渡っている。見えなくなっただけで、一応、この部屋には居るみたいだな。


 すると、アリーシャが、ムッとしながら、さっきまでグラン様がいた場所を、睨みつける。


「……私達、これからお風呂に入るけど、ぜっっっっったいに!覗こうとしないでよね!!」


 凛花とライラと、ルナもハッとすると、アリーシャ同様、グラン様が居た場所を、キッと睨みつける。


「……いくらグラン様といえども、覗いたら承知しませんからね!?」


「そうなのです!いつかオリジン様に言いつけてやるのです!」


「もし覗いたら、縄でギッチギチに縛り上げて、一晩中、わたくしの呪いの歌声を聴かせて差し上げますわよ!?」


 ……うっわ。怖ぇーーな。


 すると、すぐに残念そうなため息が聞こえてきた。


『最近の女子おなごは、容赦ないのう……。』


 アリーシャが、突然オレ達の顔を、キッと睨みつけると、


「ちょっと!男子!脱衣所の前で見張ってなさい!」


 ビシッと指を差し、命令してきた。


 ロキは苦笑し、蓮桜は露骨に面倒くさそうな表情を浮かべた。


 オレも、面倒くせ〜と思いながら、目を逸らしたが、すぐに凛花がムッとしながら、視界に入ってきた。


 オレは、ため息を吐くと、「へいへい。」と、コクコクと頷いた。


 ──まあ、オレも、グラン様に聞きたいことがあったから、丁度良いか。


「じゃあ、オレがこの部屋で見張ってるから、蓮桜とロキは、念の為、風呂場の前で見張っていてくれ。」


 オレが、そう提案すると、ロキが一瞬、怪訝そうな顔をしたが、すぐに、いつもの優しげな笑顔になると、頷いた。


「……分かりました。では、参りましょうか。」


 何か察してくれたのか、そう言うと、皆を連れて、早々に部屋を立ち去ってくれた。


 部屋を出る直前、凛花が不思議そうな表情で、オレを振り返ったが、すぐに扉は閉められた。


 オレは、扉の前にドカッと座り込み、グラン様が部屋から出られない様にすると、グラン様の気配がする方向に向かって、声を掛ける。


「……なあ、グラン様。」


 すると、すぐに、


『……分かっておる。何か、聞きたいことがあるんじゃろ?』


 と、真剣な声色で、返事が返って来た。


 さすがグラン様。ロキもそうだが、察しが良いな。


「……凛花は、あっちの世界に帰りたいんだ。恐らく凛花は、あっちに帰ったとしても、アルマがあれば、自由にこの世界と行き来が出来ると、思っているはずだ。だが……。」


 オレは、そこまで言い掛けて、言い淀んじまう。


 しばらくの沈黙の後、グラン様が、静かに口火を切った。


『……お主の考える通り、行き来は不可能じゃ。』


 周りに置いてある蝋燭の火が、一瞬強く揺らめいた気がした。


「……やっぱり、そうか……。」


 ──そうであって、ほしくなかった。


 そう思い、静かに俯くオレに、グラン様は静かに話を続ける。


『大昔、この世界とあっちの世界は、オリジン様が作った、特別なゲートによって、繋がっておった。その証拠に、このサクラの国は、あっちの世界の住人によって、造られた国じゃ。


 ……じゃが、オリジン様は、そのゲートを閉ざしてしまった。その理由は、マナのバランスが崩れてしまうからじゃ。


 あっちの世界に、存在しない筈のマナが流れ込む事によって、大嵐やら火山の噴火やら、自然に悪影響を及ぼしたのじゃ。


 こっちの世界でも、マナのバランスが悪くなって、同様の現象が起きやすくなった。


 1回、2回程度、行き来するんじゃったら、問題はないが、頻繁に行き来するのは、やめた方が良いのう……。』


 ……凛花が知ったら、どんな顔をするんだろう。


 あっちの世界は、凛花にとっては、大切な故郷だ。それに、家族同然の、大切な友達がいると聞いた事がある。家族なら、今すぐにでも、会いたい筈だ。


 だが、この世界も、凛花にとって、母ちゃんと過ごした思い出の故郷だ。


 仲間達とも、ずいぶん深く馴れ合った。凛花が以前、俺たちの事を、“家族”と呼んでくれた程だ。離れ難い筈だ。


 ──オレだって。


『……お主は、ヴィオラの事が好きなのか?』


「ッ!!?」


 グラン様の、心を読んだかのような質問に、一瞬、驚きすぎて、口から心臓が飛び出るかと思っちまった!


『……その様子じゃと、その様じゃのう。……そして、ヴィオラも、お主に好意を寄せておるな。』


「……そう、だな。」


 オレは、平常心を装ったつもりだが、スッと返事が言えずに、少し照れ気味になっちまった。多分顔も、赤くなっていると思う。


 凛花の、オレに対する想いは、以前から知っていた。それに、さっき、オレの心が闇に堕ちていた時も、「大好き。」と、言われた気がする。


 すると、グラン様の気配が、オレの傍に移動してきた。


『ヴィオラが、どう選択するかは分からぬ。じゃが、かなり悩むであろう。じゃから、お主が最後まで、支えてあげてほしいのじゃ。ヴィオラ自身で、答えを導き出せる様に。


 ……例え、あっちの世界に帰る事になるとしても、じゃ。』


 ……元より、そのつもりだ。


 ────例え、永遠に会えなくなるかもしれないとしても。


 目を閉じながら、そして凛花の事を想いながら、そう決断する。


 目を開き、グラン様の気配に真っ直ぐと見据え、強く頷くと、グラン様も頷いた気がした。


『……ヴィオラの事を、よろしく頼む。』

 

「……ああ。」


 いつもの様に、歯を大きく見せた笑顔で、頷いた。


 その時だった。


「きゃあああああっ!!虫ですわ!虫!!」


「お嬢!?どうした!」


 遠くから、ライラと蓮桜の声が聞こえたかと思ったら、


「「「いやああああああああっ!!!」」」


 すぐに女性陣の、けたたましい叫び声が聞こえ、物を投げたり、お湯を思いっきり掛けているような音が、大嵐の様に響き渡る。


「蓮桜のバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカですわ!!!」


「ほんっと!信じられないわ!!デリカシーなさすぎよ!!」


「乙女の秘密を覗くな!なのです!!」


「私とルナの魔法の餌食になりたいみたいだね!」


 ライラ、アリーシャ、ルナ、凛花の怒声が飛び交う。


「ち、違う!!誤解だ!」


「「「問答無用!!!」」」


 またすぐに、轟音のような激しい音と、蓮桜の断末魔の叫び声が聞こえた。


 オレは、背後の扉を、恐ろしい気持ちになりながら見つめると、隣でもビビっているであろうグラン様に、そっと声をかける。


「……グラン様。覗きに行かなくて正解だったな。」


『そのようじゃのう……。』

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