第77話 黄燐の花弁が舞い散る夜に、私達は
その日の真夜中。
私は、中々寝付けず、何度も目を覚ましてしまうので、やがて外の空気を吸いに行こうと、起き上がった。
隣では、ライラが相変わらず白目を剥き、ニヤけながら眠っている。……本当に、お嬢様なのかと、疑いたくなる時がある。
小さなフカフカの、クッションの上では、ルナが身体を丸めながら、幸せそうな表情で眠っている。それを見て、愛おしい気持ちになりながら、ルナの頭をそっと撫でた。
そして、布団を蹴っ飛ばし、万歳して眠るアリーシャの身体に、私は布団を掛け直すと、そっと部屋を後にした。
「……にしても、さっきは最悪だったなあ。」
廊下を歩きながら、先程のお風呂の出来事を思い出し、ため息を吐いた。
あの後、物を散々投げつけられた蓮桜は、倒れてしまったので、ロキさんが男子部屋へと回収してくれた。
ちょ〜っと、やり過ぎちゃったかなと反省しつつも、蓮桜が目を覚ましたら、入浴シーンの記憶が飛んでいる事を願っている。
そんな事を考えながら、玄関の戸を静かに開ける。
ヒンヤリとした、清廉な空気に、少し肌寒さを感じながらも、ゆっくりと深呼吸をし、体内の空気を入れ替える。
そして、真夜中の
その時ふと、かなり目立つ髪色をした人物が、街中を歩いている事に気が付き、ハッとした。
「……ノア?」
青白い月明かりによって、白銀色に輝いて見える長髪をたなびかせながら、ノアは黄燐桜の方向へと歩いていた。
私は、慌ててその後を追いに、長い階段を駆け降りる。
そういえば、お風呂から出た後、ノアと遭遇したけど、少し様子がおかしかった気がする。
いつもの様に、明るい笑顔だったけど、その瞳は、どこか悲しげに揺らいでいた様にも見えた。
──やっぱり、何か悩んでいるのかもしれない。
そう思い、息をきらしながら、急いで黄燐桜へと向かった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
真夜中でも、黄金の炎の様に、煌々と輝く黄燐桜。
その傍には、それを見上げるノアの姿があった。
私は、息を整えると、その背中に、そっと声をかける。
「──ノア。」
ノアは、少し間を置いてから、ゆっくりと振り返った。
「──凛花。」
その深紅の瞳は、先程と同様、どこか悲しげに揺らいでいる様に見える。
私は、少し躊躇しつつも、ノアの隣へと、静かに移動し、一緒に桜を見上げる。
「綺麗だね。」
「……だな。」
そう返事したノアの声は、やはり、どこか元気がない様に思える。
ノアは、しばらく黄燐桜を見上げ続けていたが、やがて目を閉じ、何かを考えると、ゆっくりと私を見下ろした。
その深紅の双眸からは、強い決意を感じる。
私は、驚きつつも、桜へと向けていた体を、自然とノアへと向き直すと、固唾を呑む。
「……凛花。」
「は、はい……。」
な、何か、敬語で返事してしまった。
だって、ノアの目つきが、いつになく真剣な目つきだったから。
バクバクとなる心臓の鼓動を聞いている内に、私の心は落ち着かなくなってくる。
ま、まままままさか!!!やっぱり!?
こ、ここここここ告白なの!?ノアが!?何で!?今!?
心の中が、カーニバル状態になり始めたその時、ノアの口が、ゆっくりと開いたので、私は思わず身構える。
「────これ以上、お互いに好きにならない方が良い。」
一瞬、脳みその理解が追いつかず、時間が止まったかの様に感じた。
けれど、突然吹き荒れた一陣の風によって、桜が激しく揺さぶられる音が聞こえたので、私はハッと我に返るも、瞬時に頭の中は疑問で埋め尽くされた。
……どういうこと?告白……の様な、でも、違う…………様な?というか、フラレ……た?
「……その方が、凛花の為だ。」
私の心の内とは裏腹に、淡々と話すノアに、私は信じられない気持ちになりながら、震える唇を開く。
「……ど、どういうこと?」
私が恐る恐る尋ねると、ノアは、真剣な表情のまま、グラン様と話した時の内容を教えた。
私は、愕然としながら、頭の中でその内容を反芻していた。
二つの世界を、行き来する事は、出来ないの?
じゃあ、向こうの世界に帰ったら、ノアとは────。
いつの間にか、膝から崩れ落ち、力無く座り込んでいた。
「凛花!!」
ノアも、しゃがむと、心配そうに私の顔を覗き込む。その瞳は、先程よりも、かなり揺らいでいる。
私は、その瞳を見て、一気に涙が溢れ出してきた。
「……真希と、ゆうと、また会いたい。だけど……、ノアと会えなくなるなんて、嫌だよ……!」
そう言うと、とうとう大声を上げて、泣き出してしまい、思わずノアの胸に、顔を
「……凛花……。」
「好きにならない方が良いなんて、言わないでよ…………!!」
「…………っ!」
ノアは、息を呑み、しばらく黙った後に、再び静かに口を開く。
「……グラン様の話を聞く限りだと、あと一回は、往復しても平気だと思う。だから、決断するとしたら、一旦、向こうの世界に帰ってからでも良い。
だが、もし、向こうの世界で生きる決断をするならば、オレに対する想いを、これ以上大きくしない方が良いと思う。……凛花が、辛くなるだけだ。」
最後は、声を振るわせながら、そう告げた。
ノアも、本当は辛いんだ。これだけ、私の事を想って言ってくれているのは、よく分かる。
────だけど────。
「嫌だ。」
そう言い、精一杯に真っ直ぐと、ノアの瞳を覗き込んだ。
「……私は、ノアの事を好きでい続けたいの。例え、何があっても。だから……。」
そこまで言いかけた途端、さらに涙が溢れ出し、一気に零れ落ちる。
「だから……!好きにならない方が良いなんて、言わないでよ……!」
次の瞬間、全身を、愛しい温もりに包まれる。
ノアが、ギュッと優しく抱きしめてくれた。
「……オレだって、そうだ。」
「ノア……。」
「……凛花が辛くならない様にするには、どうすれば良いかって、ずっと考えていた。これ以上、距離を縮めない方が、お互いの為になるって、そう思ったんだ。だが……。」
ノアは、そう言いかけると、私の頬に、そっと触れ、涙を優しく拭ってくれた。
「逆に、凛花をこんなにも泣かせてしまった。オレは……、やっぱり、凛花を好きになる資格なんて、ない。
だが……、それでもオレも、凛花の事を、好きでい続けたい。本当は、どうしようもなく、好きなんだ。」
「ノア……。」
ノアは、珍しく瞳を揺らしながら、失笑する。
「……これ以上、好きにならないなんて、出来る訳ないよな。……オレたちは、どうすれば良いんだろうな。どうするのが、一番良いんだろうな。」
私は、その問いに、躊躇なく体で答える。
「────ッ!!」
突然、唇を重ねられたノアは、最初は若干、戸惑いつつも、やがて受け入れ、瞼を閉じた。
サーーッと風が優しく吹き、黄燐桜の花弁が、ヒラヒラと舞い散り、私達を包み込む。
黄金の桜が舞う夜、私達は、甘い口付けを交わした。
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