第78話 一人ではない (蓮桜視点)

 ──翌朝。


 オレは、陽が登り始めた頃に、そっと家を出て、一人で歩いていた。


 ……にしても、昨夜の、グラン様の話には、驚かされたな。凛花が聖女様の娘だったとは。


 やけに強いマナと、信念を兼ね備えている女だと思ってはいた。そう考えると、確かに聖女様の娘であることに、納得はするかもな。


 そう考えている内に、目的地である、色とりどりの菊の花畑に到着した。


 ここは、よく美桜と遊びに行った、本当に思い出深い場所だ。


 オレは、感慨深い気持ちになりながら、花畑に座り込む。


 花を撫でる風が優しく、香りもフワリと漂い、心地が良い。


 この匂いを嗅ぐ度に、幼少期に美桜と、父さんと母さんと一緒に花見をしにきた事を思い出す。


 丁度、オレが今座っている辺りに、風呂敷を広げて、母さんが作ってくれた弁当を、皆で笑いながら食べてたな。


 陽射しを受けて、宝石の様に煌めく湖では、美桜と水遊びをして、よく遊んでいたな。二人ともずぶ濡れになって、父さんと母さんが苦笑しながら、柔らかくて良い匂いのするタオルで、優しく体を拭いてくれてたな。


 家族との思い出が、脳内で再生される度に、オレの口元に、自然と笑みが浮かび上がる。


「……懐かしいな……。」


「……ここは、蓮桜にとって、思い入れの強い場所だったのですね。」


 突然、背後から声がしたので、驚いて振り返ると、そこには、いつの間にかロキが居た。


 気が緩んでいたせいもあるが、全く気配を感じなかった。さすがはロキ、と言ったところか。


「……なんだ、ついてきていたのか。」


「ええ。ノアさんの豪快なイビキで、目を覚ましてしまいまして。そうしたら丁度、蓮桜が部屋を去っていきましたので。」


 ロキは、苦笑しながら、そう言った。


 確かに、今日のノアのイビキは、いつもよりデカかったな。昨日は、あまり眠れなかったのだろうか。


 ……そういえば、昨夜のことで、ロキに聞きたい事があったな。


「昨日の夜、お嬢達が風呂に入ってからの記憶が全くないんだが、何故だ?」


「……さあ?……ところで。」


 ロキは突然、花畑を見回し、微笑む。


「昨日は色々あって、花見どころではありませんでしたが、よく見てみると、綺麗な花畑ですね。」


 ……何だか、上手いこと誤魔化された気がするが、……まあ、良いか。


 それに何となく、本能的に思い出してはいけない気がするしな。


 オレは、誤魔化されたフリをする事にして、ロキに頷いた。


「ああ。オレのお気に入りの場所だ。ここは、家族と過ごした、思い出が詰まっている。」


「そうなのですね。……今回は無理でしたが、次に帰ってきた時には、ご家族とまた、訪れる事が出来ると良いですね。」


「そうだな。……美桜に燈ノ鳥を託したし、またすぐに帰ってきてやるか。」


「そうですね。それにしても、蓮桜にしては、よく出来ましたね。」


「何がだ?」


「美桜さんに、きちんと本音を伝えたうえに、約束の証として、燈ノ鳥を託した事です。鈍感な蓮桜にしては、よくやったと思います。」


「……悪かったな、鈍感で。」


「だから、褒めているではありませんか。」


 そう茶化す様に軽く笑うロキに対し、オレは、わざと不服そうに、そっぽを向いた。


 どうも、こいつの事は、好きにはなれないな。


「……まあ、褒めるには、まだ早いですかね。美桜さんとの約束を果たす為にも、必ず、生きて帰らないといけませんしね。」


 次に、真剣な声色で話したロキの言葉で、オレは、美桜の涙を思い出した。


「……当たり前だ。もう二度と、あいつを泣かせたりしない。」


 ──そう。二度と。


 オレは、決意を込めた眼差しで、振り返ると、ロキがすぐに、拳を突き出してきた。


「……一緒に、頑張りましょう。」


 そう、強気な眼差しで、笑いながら、そう言った。


 ……こいつ、普段は冷静で、平和主義なおっとり野郎に見えるが、時々、こういう風に、熱い感情があるんだよな。


 こういうところは、嫌いではない。


 オレは、フッと笑うと、拳を突き出し、ロキの拳にガツンとぶつける。


「……ああ。よろしく。」


 こんな風に、頼もしい仲間が出来るなんて、少し前までは、露程つゆほども思わなかった。


 家族とは離れても、オレは、決して一人ではない。


 そう思えるだけでも、かなり心強いな。




       ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 あの後、ロキと大社へ帰り、皆で母さんが作ってくれた朝食を囲みながら、談笑した。


 美桜も、すっかり元気を取り戻し、燈ノ鳥を撫でながら、嬉しそうにオレと他愛のない会話をしてくれた。


 時々、お嬢の物欲しそうな視線が気になったが、アリーシャが何度か話題を振り、お嬢を引きつけてくれていた。


 ロキは、母さんに、サクラの国独自の料理である、和食の作り方を聞いている。


 その隣では、ルナが、夢中で朝食を食べまくっていた。


 そして、その光景の中でも、一番驚いたのが、凛花とノアだ。


「フフッ。これ美味しいね、ノア。」

「だな。」


 いつもは、それぞれ夢中で料理にがっつく二人だが、今日は、肩を寄り添いながら、仲良く食べている。


 凛花が、時々甘える様に、ノアの肩に頭を寄せている。


 あの光景は、鈍感なオレでも分かる。


 ──デキている、というやつではないか?


 昨夜、何かあったのだろうか。


 聞きたい気持ちはあったが、あまり邪魔をしてはいけない気がする。


 他の皆も、気付いてはいるが、話し掛けないので、オレも、皆に倣って、気にしないフリをした。


 


        ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎




「……お兄ちゃん、気を付けてね。」


 朝食を食べ終えて、しばらく談笑した後に、とうとう別れの時がやってきた。


 オレは、寂しそうに見上げる美桜の頭を、優しく撫でた。


「……ああ。美桜も、風邪とかには気を付けろよ。また、すぐに帰ってくるから。そうしたら、家族で花畑に行こうな。」


「うん!楽しみにしている!……それでね、お兄ちゃん。」


 美桜は、袂をゴソゴソと漁ると、何かを取り出し、オレに差し出した。


「これは……。」


「黄燐桜の花弁で作った、押し花のペンダントだよ!昨日の夜に、急いで作ったから、下手くそかもしれないけど、お守り代わりに、持っていてほしいの!」


 固められた透明な液体は、確かに歪な形をしているが、中に封じ込められている花弁は、形が崩れていないし、綺麗な黄金色の輝きを放っている。


 オレは、ペンダントを受け取ると、美桜に優しく微笑んだ。


「……急いで作ったにしては、上出来じゃないか。一生懸命に作ってくれたんだな。ありがとうな。」


 そう言い、撫でてやると、美桜は「えへへ。」と、安心した様に笑ってくれた。


「……父さんと母さんも、体には気を付けて。」


 美桜の後ろで、泣いている両親に、そう声を掛けると、両親は、オレと美桜に抱きついてきた。


「ううっ……!蓮桜も、元気でいるんだよぉ!」


「ちゃんと帰って来なかったら、父さん、一生許さないからな!!」


 家に帰って来た時よりも、ギュウッと、強く抱きしめてきた。


 ……何だか少しだけ、オレまで泣きそうになってくるな。


 そう思いつつも、泣くのを堪え、両親を優しく抱きしめた。


 短い様で、長かった抱擁から、そっと解放されると、泣き顔の両親と美桜に、笑顔で手を振った。


「じゃあ、行ってくる。」


 そう言うと、美桜が、腕でグイッと涙を拭くと、精一杯の笑顔を努めながら、手を大きく振り返してくれた。


「行ってらっしゃい!」


 オレは、家族が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。


 きっと、また、すぐに会いに行ける。


 オレは、手の中にある、美桜が作ってくれたペンダントを見つめながら、そう思った。


 そして、それをギュッと握り締め、煌々と輝く太陽の光を、真っ直ぐと受け止めながら、歩き続けた。

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