いつか久遠の天へと還る地・魔女の里編
第79話 これまでも、これからも
実は、サクラの国を出る前に、和菓子を大量に買い込んでしまったのだ。
なので現在、サクラの国を出て、少し歩いたところに、“いつでもハウス”を展開して、冷蔵庫に押し込んでいるところだった。
あんころ餅や、みたらし団子や、わらび餅など、エルラージュでは珍しい物ばかりだったので、ついつい買い過ぎてしまった。
お陰で、手の届く範囲は、パンパンになってしまったので、背伸びをして高い位置に手を伸ばすも────。
「ぐぬぬ……!」
手が届かず、苦戦してしまう。
すると、背後から、スッと誰かの手が伸びてきて、私の手の中にあった団子を、上の段に難なく置いてくれた。
「手伝うよ。」
振り返ると、目と鼻の先に、ノアの顔があったので、思わずドキッとしてしまった。
「あ、ありがとう……。」
何だか、新婚夫婦みたいで、ドキドキしてしまう。
背中にノアの温もりを感じながら、そう思い、顔を綻ばせていると────。
「アツアツね。」
と、声が聞こえ、その方向を見ると、ニヤニヤしているアリーシャを筆頭に、他の皆が、私とノアの事を見つめていた。
「い、いつの間に!?」
恥ずかしさのあまり、思わず飛び上がると、ライラがムスッとした表情で、腕を組んだ。
「恥ずかしがる必要はないわよ?だって、私と蓮桜でさえ、まだそこまで、イチャついていないのだから、もっと誇りに思うべきだわ!羨ましいわ!!」
「……お嬢は、一体何を言っているんだ?」
ロキさんは、ライラと蓮桜の様子を見て、苦笑した後、私とノアに向き合い、にっこりと微笑んだ。
「……まあ、きっかけは分かりませんが、二人がお付き合いを始めたのは、おめでたい事ですね。」
────おめでたい、か。
その言葉に、素直に喜べたら良いのに。
そう出来ない理由は、向こうの世界に、帰るかもしれない可能性があるから。
複雑な心境で、返事に迷っていると、蓮桜が何かを思い出したかの様に、口を開く。
「おめでたいと言えば、アルマの鍵も完成したから、もうすぐ凛花も、育ちの故郷に帰れるな。」
「そうなのです!これでいつでも、行ったり来たり出来るのです!」
ルナが、ピョンピョンと跳ね、モフモフの毛を揺らしながら、そう嬉しそうに言った。
……皆には、まだ本当の事を言っていない。
どう言おうか、迷っていると、ノアがポンと肩に手を置いたので、振り返る。
すると、ノアが決意を固めた様な表情で、私の顔をじっと見つめ、強く頷いた。
…………やっぱり、話しておくべきなのかも。
ノアの顔を見て、私も、そう決意をし、真剣な表情で、皆の顔を見据える。
皆、私とノアの様子を見て、不思議そうな顔をしている。
「……皆に、話しておきたい事があるの。」
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
リビングの、いつも食卓を並べている席で、私は皆に、真実を告げた。
ルナは、うるうると瞳を揺らしながら、耳と尻尾が力なく垂れ下がってしまった。
蓮桜は、驚いた後、顔をしかめ、ライラは、両手で口元を押さえ、隣に座るアリーシャと共に、悲しげに睫毛を伏せた。
アリーシャの泣きそうな表情が、ゆうと重なり、胸が締め付けられそうになる。
ロキさんは、沈痛な面持ちで、私の顔をじっと見つめた後、やがて疑問を口にする。
「……凛花さんは、どうされるのですか?」
私は、首を横に振り、
「まだ、分からない。」
と、俯きがちに言った。
少しの沈黙の後、アリーシャが、私とノアを交互に見て、口火を切った。
「……でも、良いの?凛花は帰るかもしれないのに。付き合ったら、余計に辛くならないの?」
「オレたちは、例えそうなるとしても、最後まで愛し合うって決めたんだ。」
「だから、後悔していないの。寧ろ、お互い気持ちを隠さずに、付き合えて良かったと思っている。」
顔を上げ、ノアに続いて真っ直ぐと、そう言った。
すると、何か言いたげそうにしていた皆の表情が、やがて悟ったかの様な表情へと変わっていった。
────その時だった。
『……フム……、なるほど。ヴィオラ達は、そう決意したのじゃな。』
聞き覚えのある、しわがれた声が辺りに響き渡ったかと思ったら、テーブルの上に、スゥーッと、
『うらめしや〜じゃ!』
「ぎゃああああああっ!!!」
アリーシャが、まるで幽霊でも見たかの様に、号泣しながら飛び上がり、ロキさんにしがみつく。
私も驚きのあまり、心臓が飛び跳ねてしまった。
「い、いつの間に居らしたの?まさか、ずっと、こっそり後をつけていたのかしら!?」
ライラが、自身の腕をさすりながら、グラン様から素早く遠ざかり、冷めた目つきでグラン様を見つめた。
『今来たばかりじゃよ。真剣な話をしておったから、話の腰を折らぬ様に、気配を隠しておったのじゃ。決して、やましい事などしておらぬぞ!本当じゃぞ!!』
……本当かなあ?
全員がそんな思いで、グラン様を訝しげに見つめた後、私はハッと我に返ると、グラン様に尋ねた。
「そ、それよりも、グラン様!何でここに居るんですか!?アースベルに帰ったんじゃないんですか!?」
今朝から、蓮桜の家で気配が無かったから、てっきり、帰ってしまったのかと思った。
『実は、気になる事があってのう。お主達は、これから魔女の里を通るんじゃろう?』
そう。グラン様の言う通りだ。宝珠・アルマが封印されている場所が、魔女の里を超えた先にあるのだ。
『その魔女の里から、恐ろしく強大な邪気を感じたのじゃ。それを、お主達に伝えたくて、ここまで追いかけて来たのじゃ。』
「魔女の里から!?」
『儂は、ずっと封印されておったから、滅ぼされた後のことは、分からない。
じゃが、あの悲惨な状態のまま、ずっと放置されているのならば、邪気が蔓延っていても、おかしくないじゃろう。』
「……そんな……。」
私の記憶に残っている魔女の里は、自然豊かで、綺麗な空気に包まれた、
焼き払われてしまった今では、真っ黒に焼けこげた、ただの更地の状態なのかもしれない。
……いや、想像しているよりも、もっと悍ましい光景が広がっているのかもしれない。
目眩を感じ、ぐらりと体が揺れてしまうと、隣のノアが咄嗟に、支えてくれた。
「……確かに。事件後の魔女の里は、立ち入り禁止区画に指定されてしまいましたからね。
……ですから凛花さん、お辛いと思いますが、覚悟を決めて、向かわれた方が、良いのかもしれません。」
心配そうな表情で、そう言ったロキさんに、私は頭を押さえながらも、「……勿論です。」と、何とか頷いた。
そして、目眩に堪えて、姿勢を正すと、順番に皆の目を、真っ直ぐと見つめた。
「……ここまで来たんだから、どんな悲惨な光景でも、足を踏み入れる。そして、出来る事ならば、その邪気も、どうにかして消し去りたい。」
『…………よく、言ってくれたのう、ヴィオラ。すまぬが、魔女の里を、綺麗にしておくれ。お主になら、きっと出来る。』
グラン様が、瞳を揺らしながら、そう微笑んだ。
「……凛花。私達も、最後まで一緒についていくから。だから、無理しないでね。」
アリーシャも、瞳を潤ませながら、そう声をかけてくれた。
ライラ、ロキさん、蓮桜、ルナも、真っ直ぐと私を見て、頷いてくれた。
その時ノアが、自身の肩に、私の頭を優しく引き寄せ、
「オレも、凛花のことを、そばで護るから。だから、頼ってくれ。」
と、優しく頭を撫でてくれた。
……私は、いきなり飛ばされた異世界で、こんなにも良い仲間達に、出会えるとは思わなかった。
──この人たちで、良かったなぁ。
そう思うと、感極まって涙が止めどなく溢れてきた。
「…………ありがとう。」
私は、鼻水を啜りながら、皆に笑顔でお礼を言いながら、
──私も、そばに居てくれる人たちの為にも、頑張らないと。
と、心の中で、決意をした。
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