第80話 疼く傷
私達はグラン様と別れ、身支度を済ませた後、魔女の里へと再出発した。
サクラの国を出た頃は、あんなに晴天だった青空も、いつの間にか不気味な暗雲に覆われ、辺りは一気に真っ暗になり、同時に黒い霧が立ち込めた。
「……何だか、気味が悪いね。」
「恐らく、魔女の里から発している、邪気の影響だろう。どんどん強くなっているな。並の人間だと、耐えきれない程だ。」
確かに、蓮桜の言う通り、近づき難くなる程、段々と空気が重苦しくなっていく。具合が悪くなりそうだ。
すると、アリーシャが何かを見つけた様子で、ハッとすると、前方を指差した。
「ねえ、あそこ!誰か倒れているよ!?」
その方向を、目を凝らして見てみると、黒い霧でよく見えないけど、確かに誰かが倒れている!
私達は、急いでその人の元へと駆けつけた。
「大丈夫ですか!?」
「ニャー。」
その人の周りに、赤いリボンを巻きつけた黒猫が一匹、心配そうにウロウロしている。
よく見てみると、倒れている金髪の人と黒猫には、見覚えがあった。
「リアンと、ラビーじゃねーか!」
そう驚くノアに、ロキさんと、ライラと蓮桜が首を傾げる。
「リアン様と、ラビー様?どちら様ですの?」
「以前に、知り合った旅人と、相棒の黒猫なの。」
私が、そう教えると、うつ伏せのリアンさんの体が、私達の声に反応したのか、少しモゾモゾと動いた気がした。
「う………ん……。」
しかし、呻き声を発しただけで、瞼は固く閉ざされたままだった。
「苦しそうなのです……。」
ルナが、しょんぼりと、リアンさんを心配そうに見つめる。
「ニャ……。」
リアンさんの相棒である、黒猫のラビーも、悲しそうに鳴くと、リアンさんの頬を優しく舐めた。
そんなラビーの足元をよく見ると、右の後ろ足に、包帯が巻かれている。どこかで怪我をしてしまったのかな?
蓮桜が、眉間に皺を寄せ、腕を組みながら、リアンさんを見下ろし、「うーむ。」と唸る。
「……しかし、怪我している様には見えない。もしかすると、邪気に当てられて、倒れてしまったのかもしれないな。」
「私の魔法で回復できるか、試してみるよ。」
私は、そう言いながら、しゃがみ込むと、リアンさんの体に両手を向け、目を閉じてマナを集中させた。
すると、リアンさんの全身が、淡いオレンジ色に包まる。
しばらくして光が消えると、リアンさんの瞼がふるふると震え、やがて深い海の様な双眸が開かれる。
「…………う〜ん?ここは……?」
「リアンさん!!」
リアンさんは、うつろな瞳で、私達の顔を順に見ると、ハッとした。
「……あれ、凛花さん?何でここに?」
「ここを歩いている途中で、リアンさんが倒れていたんです。」
「え!?そうだったのか。……そういえば、道に迷っていたら、段々と眩暈がしたんだ。だから、倒れていたのか……。」
リアンさんは、そう納得すると、私に頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとう!凛花さんが見つけてくれなかったら、どうなっていたか分からないよ。」
「いえいえ!無事で良かったです!」
「ニャーー!」
すると、ラビーが、甘えた声で、リアンさんの膝の上に飛び乗った。
「そういえば、ラビーの右足、怪我しちゃったんですか?」
「……ああ。この前、猫同士で喧嘩しちゃったね。」
「……そうだったんですね。」
私は、そう言いながら、ラビーの包帯に手を伸ばす。
リアンさんには、私が魔女だということは伏せているので、気づかれない様に、こっそりと右後ろ足を治そうと試みる。
しかし────。
「きゃっ!?」
傷に触れられたくなかったからか、ラビーが、私の右の手の平に、思いっきり引っ掻いた!
「こら、ラビー!!」
「凛花!!」
ラビーに叱るリアンさんの声と、咄嗟に駆け寄るノアの声が、重なった。
「すまない、凛花さん!ラビーは今、怪我のせいで気が立っていて……。」
「い、いいえ!大丈夫です!私も、いきなり触ろうとして、すみません!」
大丈夫と言ったけど、正直、出血量は大した事ないのに、何故か、かなりズキズキと痛んでいた。
申し訳なさそうに、ラビーの方をチラリと見ると、ラビーは毛を逆立て、唸り声をあげながら、獰猛な目つきで私を睨みつけていた。
まるで積年の恨みをぶつけるかの様な、鋭い眼光に、私は驚くと同時に、ゾッとした。
「ラビー!」
「………………。」
リアンさんが、もう一度叱責すると、ラビーは、唸り声を止め、ツンとそっぽを向いた。
「本当に、すまないね、凛花さん。」
「…………い、いいえ……。」
リアンさんが、再び謝ってきたが、私は、ラビーにあそこまで敵意を向けられたショックで、うまく返事が出来なかった。
すると、ロキさんが、周囲を見渡すと、リアンさんに向き合った。
「……霧が濃くなってきましたね。この霧は、人体に悪い影響を与えるので、リアンさんは、早くサクラの国方面へ移動された方が良いかもしれませんよ。」
「そうなのかい?具合が悪くなったのは、そのせいなのか……。凛花さん達も、一緒に行きますか?」
私は、ハッと我に返ると、首を横に振る。
「いいえ。私達は、この先に、どうしても行かなくてはいけない用があるんです。」
「……そうなのかい?もし、具合が悪くなりそうだったら、無理せずに引き返して下さいね?」
「はい!」
リアンさんは、心配そうに、時折振り返りつつも、肩に乗るラビーと共に、サクラの国方面の道へと歩き去った。
「……リアンさん、平気かしら?」
「凛花さんの魔法で、顔色も良くなりましたし、恐らく心配はないと思います。」
心配そうに、リアンさんが歩いた方向を見つめるアリーシャに、ロキさんが微笑みながら、そう言った。
「……凛花は、手、平気か?」
「う、うん!ちょっと掠っただけ。」
そう言いながら、右の手の平を、ノアに見せびらかす様にして突き出す。
ズキズキと痛むけど、傷の見た目は、本当に掠っただけなので、ノアは、安堵している様子だった。
「なら、良かった。……にしても、オレらも、随分と長く霧の中にいるけど、みんなは体調とか平気なのか?」
確かに、空気は重いなあと感じるけど、今のところ、目眩とか吐き気とかは、全く感じない。
「凛花さんとノアさんは、人間とは異なりますので、大丈夫だと思います。私達の場合は、恐らく、神器の加護のお陰だと思います。
神器には、使い手の身を、有害な気から護る力があると、バーン様から聞いた事があります。」
「じゃあ、長時間、留まっていても平気そうだな!」
「ええ。……さあ、地図だと、魔女の里までは、もう少しのはずです。急ぎましょう。」
私達は、頷くと、再び歩き出す。
その時、引っ掻かれた右手が、黒く光った様な気がした。
だけど、一瞬だったので、私は気のせいかなと思い、そのまま気にせずに、歩みを進めた。
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