第62話 祖父と孫

 次の日の朝、私たちは、儀式の間へと赴き、グラン様の欠片を探していた。


 アリーシャの様子が気になって、時々チラリと見るも、アリーシャは、ロキさんと仲良く喋りながら、楽しそうに欠片を探しているので、私は、その様子を見て、ホッとした。


 それに何だか、以前よりも、二人の距離が近くなっているので、微笑ましく感じた。


「……あの二人、ずっと一緒にいるな。まるで兄妹みたいだぜ。」


 ノアも、ニッと笑いながら、二人の姿を見ている。


 すると、ルナもピョンピョンと飛び跳ねながら、元気よく会話に参加してきた。


「でも、アリーシャさんは、ロキさんの事を、お母さんみたいだって、この前言ってたのです!」


「フフッ。確かに、そうかもね。」


 クスッと笑った後、背後からも、話し声が聞こえてきたので、振り返った。


「お嬢!破片に触ると危険だから、オレに任せてくれ!」


「平気よ。もう、蓮桜ったら、昔みたいな過保護に戻っちゃったのね。もう私は、子供じゃないのよ?」


「しかし……!」


 納得がいかず、心配する蓮桜に、ライラは呆れつつも、どこか嬉しそうに笑っている。


 この二人は、確か、幼馴染なんだっけ。お爺さんが操られていた間は、ギクシャクしていたみたいだったけど、今は、全然そんな風に見えないので、安心した。


 それから、しばらくして、皆で一箇所に集まり、拾った欠片を、ロキさんが作ってくれた、瑠璃色の巾着袋の中に入れた。


 思っていたよりも、かなり集まり、巾着袋の中身は、欠片でぎっしりと詰まっていた。


「これだけあれば、魂魄の鏡で、再生出来るだろう。……にしても、驚いたな。まさか、凛花がサクラの民に縁のある、異世界からやって来たとはな。」


「そうね。しかも、アルマを手に入れる為に、精霊様の封印を解いていただなんて!夢のあるお話ねー!」


 いやいや!夢じゃなくて、全て事実なんですけど!!


 と、心の中でツッコミを入れていると、蓮桜が冷静にフォローしてきた。


「すまん。お嬢は、いつもこんな感じだから、悪く思わないでくれ。……それよりも、欠片を見つけたから、カルド様に報告しに行くぞ。」


 皆で来た道を戻ろうとする中、アリーシャだけその場から動こうとしない事に気が付き、私は、ふと足を止めた。


 アリーシャは、これからお爺さんに会いに行くからなのか、不安そうな表情で、俯いている。


 私が声をかけようとした、その時、ロキさんが、私の横をスッと通り過ぎて、アリーシャの傍へと歩み寄ると、手を差し出した。


「……さあ、アリーシャさん。行きましょうか。」


「……うん。」


 アリーシャは、コクンと頷くと、ロキさんの手を両手でギュッと握り、一緒に歩き出した。


 私が心配そうに見つめていると、いつの間にか隣にいたノアが、フッと笑いながら声をかけてきた。


「アリーシャなら、平気だろ。ロキがついているんだし。」


「まあ、そうだけど……。あんなアリーシャを見るのは、初めてだから。」


「昨日も、ロキと話していたみたいだし、二人のこと、信じてみようぜ。」


 ノアは、そう言って、ニッと歯を見せて笑った。


 不意の笑顔に魅せられて、ちょっとドキッとしつつも、ノアの言う通りかもと思い、すぐに頷いた。


「……そうだね。私たちは、見守るべきなのかもね。」


 私は、そう言うと、祈る様な想いで、アリーシャの背中を見つめた。



        ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 お爺さんの部屋に入ると、お爺さんは、上半身だけを起こしており、窓の外を眺めていた。


 どこか寂しそうに見えたが、私達に気が付くと、ニッコリと微笑んだ。


「欠片は、見つけられたかのう?」


「ええ!お祖父様!バッチリですわ!」


「そうかそうか。それは、何よりじゃ。」


 お爺さんは、その時、アリーシャに視線を向けたが、アリーシャは、気まずそうに視線を泳がせると、ロキさんの背中に隠れてしまった。


 お爺さんは、寂しげに瞳を揺らしたが、一旦瞼を閉ざしてから、真っ直ぐな瞳で、私へと視線を向けた。


「……凛花さんよ。どうか、グランの事を、よろしくお願いします。」


「はい!任せてください!」


 私は、強く頷いた。


「それでは、カルド様。我々はこれで……」

「ちょっ、ちょっと待ったーーーーっ!ですわ!」


 その時、蓮桜の言葉を遮る様に、突然、ライラがビシッと挙手し、大声を張り上げた。


 突然の事に、この場にいる全員が、文字通り目を丸くしながら、ライラを凝視した。


「ど、どうしたのじゃ?ライラックよ。」


 驚くお爺さんに、ライラは、真剣な眼差しで向き合うと、頭を下げた。


「お願いです!お祖父様!私も、蓮桜たちについて行かせて下さい!旅が終わったら、絶対に帰ってきますから!」


 ……………………え!!


「ええええーーーーーー!!!」


 予想外の展開に、私たちは、思わず揃って大声を上げてしまった。


 蓮桜は、ハッと我に返ると、首をブンブンと強く横に振った。


「だ、ダメだお嬢!危険だ!危険すぎる!」


「私だって、神器を持っているのですよ!?きっと、役に立てますわ!それに、折角、蓮桜とまた仲良くなれたのだし、一緒にいたいですし、ロキ様の手料理も食べたいですわ!!」


「だ、だからと言って……。」


 困った蓮桜は、助言を求める様に、お爺さんへと視線を向けるも、お爺さんは、腕を組み、どうしたものかと、唸りながら考えている。


「……ライラックは、こうなってしまっては、頑なに話を聞いてくれないしのう……。」


「……お祖父様。私は、レーベンヴァルト家の後継者として、凛花達に恩返しをしたいと、考えておりますわ。どうか、行かせて下さい!」


 ライラは、真っ直ぐと揺るぎない瞳で、お爺さんを見据えながら、そう強く言った。


 どうやら、本気で言ってるみたいだった。


 お祖父さんは、しばらくライラの瞳を見つめる内に、やがて観念した様に頷いた。


「……分かった。ただし、必ず無事に帰ってくる事じゃ。」


「感謝いたしますわ!お祖父様!やったあーーーー!!」


 ライラは、そうお辞儀をすると、パアッと笑顔を咲かせ、ジャンプしながら大喜びした。


「蓮桜よ。すまぬが、ライラックの事を、護ってやってはくれぬかのう。」


「……ええ、もちろんです。必ずや、お嬢をお守りいたします。」


「皆様も、どうか、よろしくお願いします。」


 頭を下げたお爺さんに対して、私たちは、笑顔で頷く。


「はい!」


「それでは、お祖父様!行って参りますわ!」


「ああ。気をつけるのじゃぞ。」


 ライラは、お爺さんに手を振ると、まるで、ピクニックにでも出かけるかの様に、軽やかにスキップしながら部屋を出て行った。


「おい、お嬢!一人で勝手に行くな!」


 蓮桜も、お爺さんに一礼すると、慌ててライラの後を追いに行った。


「私たちも失礼します!お爺さん、お大事に!」


「ありがとのう。」


 私は、部屋を後にしようと踵を返したが、ロキさんとアリーシャは、何故かその場から動こうとしなかった。


「……アリーシャさん。」


「………………。」


 アリーシャは、ロキさんに何かを促されるも、何も言わずに、背中にしがみついている。


「……アリシアよ。」


 すると、お爺さんが、優しく声をかけてきて、ニッコリと微笑むと、再び口を開いた。


「……いつまでも、元気でいてさえくれれば、儂は、それで良いのじゃ。」


 そう、祖父として、孫の健康の願いを口にした。


 しばらくすると、アリーシャが、そぉーっと、ほんの少しだけだが、ようやく顔を出してくれた。


 しかし、しばらく、お爺さんの顔を、ふてくされた様な表情で、じいーっと見つめると、再び顔を引っ込めてしまった。


 ……やっぱり、このまま何も言わずに、お別れしてしまうのかな。


 と、思ったが、アリーシャは、しばらくロキさんの背中に顔を埋めた後、もごもごと、何かを発し始めた。


「…………また、会いに来るから。そ、その…………。」


 小さな声で、そう言うと、再び顔を出してくれた。


 その顔は、さっきとは違い、泣きそうな、不安そうな、恥ずかしそうな、いろんな感情が入り混じっている様に見えた。


「……お、おじい…………、ちゃん……。」


 そして、大きな愛らしい瞳を揺らしながら、頑張って振り絞る様に、そう呼ぶと、顔を真っ赤にしながら、部屋を勢い良く飛び出した。


 お爺さんは、しばらくポカンと口を開けたまま、扉を見つめていたが、やがて、大粒の涙を流し、自身の腕で、何度も涙を拭った。


「うう…………!アリシア……!」


 ロキさんは、ホッとすると、お爺さんに会釈し、アリーシャの後を追いに、そっと部屋を出ていった。


「……じいさん、良かったじゃねえか。」

「良かったですね!」


 私達がニッコリと笑いながら、そう言うと、お爺さんは、何度も頷いた。


「どうか、アリシアの事も、よろしくお願いします……!」


 そう言い、泣き笑いするお爺さんの横顔に、暖かな朝日が差し込み、まるで祝福するかの様に、いつまでも優しく照らしてくれた。

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