第61話 まるで母さんの様な存在 (アリーシャ視点)
上を見上げれば、満点の星空と、二つのお月様。一つは満月、もう一つは満月に近い丸みを帯びていて、まばゆい黄金の光を放っている。
下を見下ろせば、アースベルの街並みに点在している街灯が、夕焼けの様な橙色の輝きを放っている。
アースベルの街灯は、“黄昏の天恍石”という、この地方特有の、橙色に輝く鉱石で出来ており、いつまでも温かな光を照らし続けると言われているわ。
さっきから、荘厳な月の光と、天恍石の温かな光を眺めているというのに、ちっとも私の気分は晴れない。それどころか、モヤモヤが募っていくばかりだわ。
「はあ……。」
思わず、ため息が出てしまうわ。こんなに憂鬱になったのは、初めてだわ。
……あの人が、操られたせいで、あんな性格になっていたということは、分かっている。
だけど中々、受け入れる事が出来ない。あの人に酷い目に遭わされた記憶が、頭に過ってしまって、どうしても怖い。
何度目か分からないため息を、もう一度吐くと、上半身を後ろへと倒し、大の字になりながら、散りばめられた星々を、ぼんやりと眺める。
そういえば、母さんがよく言ってたっけ。『死んだ人はね、お星様になって、大切な人をいつまでも見守ってくれるんだよ』って。
「……母さん……。」
母さんの事を思い出し、目頭が熱くなってきた。
「……ねえ、母さん。私は、どうしたら良いの?」
涙でぼやける視界の中、一番輝く星に向かって、そう尋ねた。
────そこに、母さんが居ると信じて。
すると、その星に重なる様に、誰かの顔が覗き込んできた。
月の逆光と、涙で視界がぼんやりとしてるから、顔はよく見えないけど、誰だか分かるわ。
「……ロキ。」
力無く、名前を呼ぶと、ロキは、着ていたコートを脱いで、
「……夜は、冷えますよ。」
と、静かに、優しくそう言うと、私の身体に掛けてくれた。
ロキの優しい温もりを、肌と心で感じた途端に、折角拭いた涙が、再び嗚咽とともに止めどなく溢れた。
ロキは、何も言わずに、私の横へ座り込むと、やがて微笑みながら、口を開いた。
「……逆に、アリーシャさんは、どうしたいのですか?」
「……え?」
「さっき、祖父方は、こう仰っておりました。アリーシャさんには、この家に縛られる事なく、自由に生きていてほしいと。」
あの、人が……?そんな事を?でも………。
「……分からない。もちろん、操られていたのだから、許してあげたい気持ちはあるわ。だけど、あの時、思いっきり引っ叩かれたり、殺されかけた事が、心にブレーキをかけてしまっているの。」
「それなら、無理に顔を合わせなくても良いのですよ?」
確かに、それも一つの選択肢。だけど……。
「……やはり、それはそれで、嫌ですか?」
何も言わずに考えていると、ロキがクスッと笑いながら、そう聞いてきたので、私は、鼻水をすすりながら、コクンと頷いた。
「……なら、目を合わせなくても良い。声が小さくても良い。隠れながらでも良いですから、何か一言、挨拶だけでも言ってあげて下さい。」
「それだけで、良いの?」
「ええ、少しずつで良いのです。きっとまた、会える時が来ます。その都度、一言ずつ会話を増やしていけば良いのですから。」
少しずつ、か……。
私は、広大な星空を眺めながら、
「……果てしないわね。」
と、皮肉げに笑いながら、そう呟いた。
「ですが、どんなに果てしない道でも、ゴールが無いわけではありません。お二人なら、きっと、いつか、本物の祖父と孫になれますよ。」
そう、ニッコリと微笑むロキを見て、段々と安心してきた。
いつもロキと話していると、自信が湧いてくるから、ほんと、不思議だわ。まるで、母さんと話してる時みたいだわ。
私は、そう思い、クスッと笑うと、涙をグイッと拭き、ようやく立ち上がった。
そして、ロキにコートを差し出しながら、笑顔を見せた。
「……上手くいくか分からないけど、ちょっと、やってみるわ。ありがとう、ロキ。」
そう言うと、ロキは、安心した様に、フッと笑うと、コートを受け取り、ニッコリと微笑んだ。
「いいえ、お役に立てたのなら、何よりです。」
ロキがそう言い、立ち上がった時、ロキの頭越しから、あの一番輝いていた星が視界に入り、さっきよりも強い光を放っている様に見えた。
ロキは、私の視線の先にある、それを見上げると、クスッと笑った。
「まるで、アリーシャさんを応援しているかの様ですね。」
……まさかね。
と思いつつも、自然と口元に笑みが浮かぶ。
「そうね。」
そして、クスッと笑いながら、そう言うと、晴れやかな気持ちで、ロキと共に、一歩踏み出した。
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