第60話 偽りの10年

 アースベルの闇が消え去り、お爺さんが正気に戻った後、私たちは、ノアを起こしてから、お爺さんの私室で、お話を聞くことにした。


 お爺さんは、さっきの黒いモヤを取り除いた時に、かなり体力を消耗してしまった様で、ベッドの上で横たわっている。


 ちなみに、アリーシャはここには居ない。いきなり別人の様に変わってしまったお爺さんを見て、動揺し、気持ちの整理がつかないみたいで、一人になりたいと、屋上に残っている。


 心配だけど、今は、そっとしておいた方が良いのかもしれない。


「…………今まで、すまなかったのう。」


 お爺さんは、さっきまでの気迫を感じさせないぐらいの、申し訳なさそうな表情をしながら、しわがれた声で、ゆっくりと私達に謝った。


「いやいや。爺さん、操られていたんだろ?だったら、謝る必要はないぜ!」


「そうですわ、お祖父様。……正直、心中では、不満のあまり、ハゲと呼んでいましたが、昨日までのお祖父様は、偽りの姿なんですもの。もう、気にしてなどおりませんわ!」


 ノアに続いて、ニッコリと、そう話すライラに、一瞬ヒヤッとしたけど、お爺さんは、表情を変えることなく、只々頷きながら聞いてくれた。


 そして、少しの間を置くと、再び乾いた唇をゆっくりと動かし始めた。





 10年前に、魔女の里が滅ぼされてから数日後、お爺さんの前に、何と、事件の首謀者である、白魔と黒魔女が現れたみたいだ!


 しかし、二人とも、黒いローブを身に纏い、フードも目深にかぶっていた為、顔はよく見えなかったみたい。


 そして、白魔に、闇の精霊を解放しろと告げられたので、お爺さんが断固に拒否した途端に、黒魔女の魔法によって、心を操られてしまった。


 それから、記憶が曖昧だけど、娘や孫や、使用人に対して、酷い事をしたという感覚は、強く残っているみたい。




 お爺さんは、そこまで話すと、嗚咽を漏らしながら、悔しそうに涙を流した。


 お爺さんも、この10年間、ひどく苦しんでいたみたい。私も、そんなお爺さんの姿を見て、涙が溢れてしまった。


「……あんなやつらに、操られさえしなければ、リリシアが死ぬ事も、孫にも怖い思いをさせる事も無かった!……もう儂は、ライラックとアリシアの祖父を名乗る資格は無いのじゃ……!」


「お祖父様!そんな事はありませんわ!アリシアだって、今のお話しを聞けば、きっと分かってくれますわ!」


「……儂の気持ちなど、分かってもらえなくて、良いのじゃ。アリシアは、この家に縛られる事はない。今後も、“アリシア”としてではなくて、“アリーシャ”として自由に生きていてほしい。それが、今の儂の望みじゃ。」


「お祖父様……。」


 お爺さんは、真っ直ぐと揺るぎない瞳で、ライラに、そう言うと、今度は蓮桜に視線を向けた。


「……蓮桜よ。お主にも、迷惑を掛けてしまったのう。……すまなかった。」


 蓮桜は、淡々とした表情で、首を横に振った。


「いえ。オレは、お嬢が無事なら、それで良いです。」


「蓮桜……!」


 蓮桜は、ライラがポッと顔を赤らめたのに気が付くと、少し恥ずかしげに咳払いし、再びお爺さんに向けて口を開いた。


「……ところで、カルド様。グラン様の件に関してですが……。」


 ……ん?グラン様?


 キョトンとする私達をよそに、お爺さんは、悩ましげに頭を抱えた。


「やはり、グランの結晶を壊してしまっていたのか……!老人会にも一緒に参加してくれた仲だと言うのに……!ああ、グランよ!儂は、何て事を……!」


 ……え!!最初の話も気になるけど、それよりも……!!


「グ、グラン様を、破壊してしまったんですか!?」


 私が驚愕の声をあげると、ライラが目を伏せた。


「……ええ、そうですわ。それと引き換えに、カロスが目覚めてしまったのですわ。」


「おいおい。それじゃあ、どうするんだよ。そもそも、オレたちは、グラン様に会いにきたんだ。」


 お爺さんは、しばらく唸りながら考え込むと、やがて、口を開いた。


「……“魂魄こんぱくの鏡”じゃ。あれに、グランの結晶の欠片を写せば、あるいは……。」


「魂魄の鏡?」


「ああ、そうじゃ。その鏡は、マナで創られた生命体である、精霊を再生させる程の力があると言われておる。その鏡を使うには、魔女の力が必要とされておる。」


「その鏡は、どこにあるんですか?」


「サクラの国の、“竜堂りんどう大社”にあると言われておる。竜堂大社は、蓮桜の実家じゃ。」


 私達は、驚いて蓮桜へと視線を向けた。


 蓮桜は、しばらく腕を組み、右手で顎を触りながら考えると、やがてハッとした。


「10年間帰っていないから、記憶が少々あやふやだが、そういえば、そんな名前の物があった様な気がする。」


「蓮桜よ。久々の里帰りついでに、凛花さん達に同行してもらえぬだろうか。」


 蓮桜は、何故か、少し迷っていたが、やがて頷いた。


「……分かりました。」


 私は、まさか蓮桜が、旅に同行する事になるとは思わなかったから、目を丸くした。


 すると、ロキさんが、そんな私に微笑み、


「彼なら、もう大丈夫ですよ。それに、腕も確かですしね。」


 と、言ってくれたので、すぐにホッとした。


 蓮桜は、実家の事を思い出しているのか、瞳を揺らしながら、窓の向こう側を見つめている。


 そんな蓮桜の様子を、ライラは、寂しげに見つめた後、何かを考える様に、真剣な表情で俯いた。

 

「……もう真夜中じゃ。グランの欠片を探すには暗すぎるし、今日のところは、お開きにして、明朝グランの欠片を探すとしよう。ライラ、皆さんを、部屋に案内してもらっても良いかのう?」


 ライラは、ハッとし、大袈裟なほどに飛び上がると、慌てて頷いた。


「さ、さあ!私についてきて下さいまし!お祖父様、おやすみなさいませ!」


「ああ、おやすみなさい。」


 ニッコリと微笑むお爺さんに、私達もお辞儀をすると、ライラについていった。


 フワフワで柔らかな、深紅の絨毯が敷かれ、先が見えないぐらいの、長い長い廊下を歩いていく。


 この廊下に、行き止まりなんてあるのかなと、考えていると、不意に、ロキさんが口を開いた。


「ライラさん、皆さんを案内していて下さい。私は、用事を思い出したので、後で向かいます!」


 ロキさんは、そう言うと、近くにあった階段を駆け登り、どこかへと去ってしまった。


 もしかすると、アリーシャの所へ行ったのかもしれない。ロキさんが行ったなら、安心して任せられる。


 ポカンとするライラに、私は


 「大丈夫だよ。」


 と、微笑むと、ライラは、気を取り直して、再び案内し始めた。

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