サクラの国編

第63話 真心を込めたサクラ餅を手土産に

 アースベルを出発した日の夜。


 私達は、いつでもハウスの中で、ロキさんと蓮桜の手料理に、舌鼓を打っていた。


 蓮桜も、昔はライラの料理を作っていた時期があったみたいで、高級な和食を作り、次々と食卓に並べてきた。


 どちらも優劣つけがたいぐらい美味しくて、さっきからお箸が止まらない。


 ライラもほっぺたに手を当てながら、とろけた表情をし、「やっぱり、ロキ様の料理は、超絶美味ですわ!」と、嬉しそうに舌鼓を打つ


「ちなみにお嬢、オレの作ったお嬢の大好物、サクラ餡はどうだ?」


 蓮桜のサクラ餅は、私の世界にあった、桜餅よりも少し甘めで、可愛いらしい桜の花弁の形をしている。


「もちろん、十分すぎるほどに、超絶美味ですわ!フフッ。久しぶりに食べたけど、蓮桜のサクラ餅も良いですわね!」


「それで、どっちのが上手い?」


「う〜ん……、ロキ様ね!」


 蓮桜が顎が外れたのかと思うぐらいに、口を大きく開け、しばらくショックを隠しきれない表情で固まったかと思ってたら、ロキさんにキッと睨みつけた。


「……くっ!まさか、庶民の料理が良いとは……!」


「おや。庶民の料理も悪くないと思いますがね?」


 ロキさんは、ニッコリと微笑みながら、そう言ってたけど、目が笑っていない。こんなロキさん、初めて見るから、一瞬ビビってしまった。


 それに何だか、二人の間で、バチバチと火花が散っている様な気がする……。この二人って、一戦交えたけど、仲直りしたんじゃなかったっけ?


 すると、隣で座るアリーシャが、ため息を吐くと、呆れた表情で、二人の事を見つめていた。


「ったく、仲良いんだか悪いんだか。……ちょっと、ライラ。夢中で爆食してるけど、止めなくて良いの?」


 ライラは、両頬をハムスターの頬袋の様に膨らませ、口の中をもごもごさせながら、アリーシャの事をキョトンと見下ろす。


「ほえ?どうして?二人とも、見つめ合っていて仲良いじゃない。」


「睨み合ってるのよ!とにかく、蓮桜に何か話題を振りなさい!ライラが話しかければ、そっちに気が逸れるわよ!きっと!」


「う〜ん……。あ!そういえば、このお餅って、蓮桜の妹さんも好きなんだよね?妹さんって、どんな人なの?これから会えるのよね?」


 と、振られた話題の内容に、私たちは驚いた。


「え!蓮桜って、妹がいるの!?」


 しかし、蓮桜は、何故か困った様に俯いてしまった。


「……妹さんと、何かあったのですか?」


 元の柔和な表情に戻ったロキさんが、蓮桜にそう尋ねると、蓮桜は、首を横に振った。


「……いや、別に。ただ、この10年間、一度も会っていないからな。操られていたカルド様の命令によって、文通も不可能だったからな。」


 ライラは、蓮桜の話を聞いて、申し訳なさそうに目を伏せた。


「……そうだったの。ごめんね、蓮桜。」


「お嬢は悪くない。勿論、カルド様もだ。……ただ、オレの妹──、美桜みおは、寂しがり屋で、すぐ怒るからな。拗ねていないと良いが……。」


 蓮桜は、そう言うと、窓の向こう側に広がる、星空を見上げた。その横顔は、どこか寂しげに見えた。


「蓮桜……。」


 ライラは、どう声を掛けたら良いか分からない様子で、しょんぼりと俯いたが、その時に、食べかけのサクラ餅が目に入り、ハッとして再び顔をあげた。


「そうだわ!好物のサクラ餅を、たっくさん作って、妹さんに差し上げたらどうかしら?」


「……本当に、それだけで良いものなのか?」


「分からないわ。けど、真心を込めて作って、一緒に食べながらお話をすれば、きっと分かってくれるわ。」


「真心……?お嬢、真心とはなんだ?」


「それは、アリシアが良く分かっているわ。だって、この前ロキ様の料理の事を……。」


「ぎゃあああああああっ!!!今それを言うんじゃないわよおおおおおお!!!」


 ライラが何かを言いかけると、アリーシャが突然大声をあげ、顔を真っ赤にしながら、ライラの背中をポカポカと叩き出した。


 急に、どうしたんだろう?


「おい、アリーシャ。後でゆっくりと教えてくれ。」


「い・や・よ!!そういうのは、自分で考えなさいよ!」


 アリーシャは、「フン!」と鼻を鳴らし、そっぽを向いてしまった。


 その後、ロキさんの顔をチラッと見て、ロキさんと目が合うと、何故か恥ずかしそうに視線を逸らした。


「よく分からんが、とりあえず作ってみる。お嬢、感謝する。」


 蓮桜は、そう言うと、早速サクラ餅を作りに、台所へと去って行った。




       ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 翌朝。


 白目を剥き、幸せそうに涎を垂らしながら眠るライラを、何とか揺り起こし、私たちは、いつでもハウスから出発した。


 ライラは、朝に弱いみたいで、うつらうつらな表情で、何度もあくびをすると、むにゃむにゃとしながら、蓮桜に話しかけた。


「ふわぁ〜〜……。そういえば、蓮桜。サクラ餅は、作れたの?」


 蓮桜は、頷くと、自身の背中を指差した。

そこには、大きな大きな風呂敷を背負っていて、その中に大量のサクラ餅が入っているみたい。


「ああ。父さんと母さんの分も作ったから、皆で食べようと思う。」


 へえ、蓮桜って、ご両親がいるんだ。物心ついた頃から、既に両親が居なかった私にとっては、羨ましいかも。


「……母さん、か。」


 すると、その時、ノアがぽつりと、そう呟いた気がした。


 そういえば、ノアの家族の話って、聞いたことがなかったかも。


 聞いても良いものなのかと、考えながらノアの横顔を見つめていると、ノアがキョトンとしながら、こちらを見つめ返してきた。


「ん?どうした、凛花。」


「あ。えっと……、その。今、母さんって言ってた気がして、ちょっと気になったっていうか……。」


「ああ、聞かれてたのか。って言っても、母さんの事、実はあんまり覚えていないんだけどな。何で死んじまったのかも、覚えていない。」


 やっぱり、聞かない方が良かったのかもと、後悔しかけたが、ノアは、いつもの様な明るい笑顔を向けると、再び口を開いた。


「ただ、母さんは、人間の事を大好きだった。それだけは、憶えている。だからオレも、母さんみたいに、人間を好きでいたいんだ。」


「そうだったの……。」


 だからノアは、白魔でありながらも、人間に優しい感情を抱いているんだ。


 不謹慎かもしれないけど、また、ノアのことをもっと知れて、正直嬉しかったかも。


「……ん。見えてきたぞ。あれが、サクラの国の入り口の鳥居だ。」


 蓮桜が指差した前方に、大きくて立派な、赤い鳥居が立っているのが見えた。


 私は、それを見た瞬間、「懐かしい!」と、思わず手を叩いた。


 まさか、この世界に来て、鳥居を見れるとは思わなかった!


 さらに、その鳥居の向こう側は、まるで城下町の様な街並みが見えた。その一番奥に、お城の様な大きさの、神社らしき建物が見える。


 蓮桜が、その神社を見ながら、懐かしそうに目を細めた。


「ここから見える、あの大社は、オレの実家だ。懐かしいな。」


 あの大きな神社が、蓮桜の家なんだ!私の世界でも、あんなに大きなお社は見たことがない!蓮桜の家も、サクラの国では、かなり有名なのかも。


 そんな事を考えながら、サクラの国を眺めていると、一気に眠気が吹っ飛んだライラが、一直線に走り出した。


「何か珍しい建物がいっぱいあるわ!!面白そう!!」


「あ!お嬢!一人で突っ走るな!」


 蓮桜が慌ててその後を追って行った。


 ライラの後ろ姿を、アリーシャは、ため息を吐きながら、呆れた表情で見つめている。


「ったく、先が思いやられるわね。」


「あはは。でも、私もサクラの国、楽しみかも。何だか私のいた世界に似ているし。」


「そうですね。サクラの民の先祖は、凛花さんの世界から来ましたからね。きっと、街に入れば、凛花さんの世界に縁のあるものが、沢山あると思いますよ。」


 ロキさんの話を聞いて、私も益々楽しみになってきた。


「おお!オレ達も、早く行こうぜ!」


「うん!」


 私は、ノアに頷くと、胸を躍らせながら、鳥居の下をくぐり、サクラの国へと足を踏み入れた。

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