第120話 その頃、世界では……② (アクア様・カルド・美桜視点)

【アクア視点】


 ここは、穏やかな海上に浮かぶ、花の都・フローレリア。


 いつもだったら、色とりどりの花が咲き乱れて、都中には、とても心地の良い香りが漂い、人々も穏やかで気さくな人ばかりの、素敵な都なのだけど……。


「花が、枯れていく……!!」

「空は真っ暗だし、海は大嵐に遭ったみたいに荒れているよ!」

「アクア様、一体、何が起きているんでしょうか!?」


 一瞬で、異様な光景が広がってしまい、人々は不安と困惑に包まれてしまっている……。


 けれど正直、私も混乱してしまっている。


 だって、オリジン様の気配が、一気に弱まったと思ったら、突然、世界中がおかしくなってしまったから。


『……え、えっと……。』


 かと言って、オリジン様の命が危ないと言ってしまうと、かえって人々を不安にさせてしまうし……。

 うう……、どうするのが、一番良いのかしら……。


 私が言葉を詰まらせているのを見て、人々の表情が、ますます暗くなってしまった。


 ……私、精霊なのに、また、この都の人達に、何も出来ないの?また、迷惑をかけてしまうの?


 折角、人見知りを少しずつ克服出来て、成長していると思っていたのに、肝心な時に、精霊らしい事が出来ずに、何も成長出来ていないんだと、痛感してしまい、声が、何も出なくなってしまった。


 ──声が出なくても、自分の気持ちをぶつける方法は、いくらでもあるだろ。


 封印から解放された後、人々を前にして、声が出なくなった私に、ノアが言ってくれた言葉を思い出した。


 ……自分の気持ちを、ぶつける……。


 今の、私の気持ちは────。


「う、海がッ!!!」


 その時、何人かが、まるで幽霊でも見たかの様な顔をし、悲鳴を上げた。


「う、ううう海が、割れていく!!」


 ハッとして、海の方を振り返ると、真っ暗で見えづらいけれど、確かに、地平線から、この都に向かって、海が割れていくのが見えた!


 私は、海上の、割れ目の真上まで飛び上がると、海を操るべく、


 ──今は、都と、人々の為に出来ることを、やっていくしかない!!


 私は、そう決意すると、海上の、割れ目の真上まで一気に飛び上がった。


 そして、海を操るべく、両の掌を海へと向け、マナを込めると、割れ目を閉じる様に、両の掌を思いっきり合わせた。


 すると、ドンッ!──と地響きの様な音を立てて、割れ目が閉じた!


 ──けれど、私の気が抜けば、再び開こうとする。


『……ふんぬううううううッ!!!』


 まるで、掌が強力な磁石になってしまったみたいに、強い力で離れそうになるのを、必死に堪える。


 ……凛花、お願い!オリジン様を助けて!!


 この都と、この都に住む人々は、消えてほしくないの!


 ここは、私が初めて、勇気を出して心を開いた、思い出の場所だから!!


「……アクア様は、まだ、諦めていないんだ……!」


「私達は、助かるかもしれないの……?」


「分からない。けれど、アクア様が、あんなに必死になって、この都を救おうとしてくれているんだ!」


「「「アクア様ーーーーーー!!」」」


 ……みんな、今すぐに逃げ出したいはずなのに、こんな私を信じて、応援してくれている……!


 私も、凛花を信じて、今出来ることを、しっかりと、やり遂げなくては!



【カルド視点】


 アースベルでは、魔物が入り込まない様にと、グランが分厚い石の壁で、街を覆ってくれたお陰で、今のところ、大きな被害はない。


 グランは、そのままサクラの国へと向かって行ったが、この石壁がある限り、この街は、しばらくは大丈夫じゃろう。


 ……じゃが、それでも、不安は募るばかりじゃ。…………ライラックと、アリシアは、無事なのじゃろうか……。


 わしも、今すぐに駆けつけてやりたいのに、まだ、身体が回復しておらず、一人で歩くことすらままならない……!


 ……こんな体でも、せいぜい、出来ることと言えば、愛する孫娘の身を案じ、希望を願う事くらいしか無かった。


 ……また、ライラックの、美しい歌声を聴けるじゃろうか……。


 ……また、アリシアに、おじいちゃんと呼んでもらえるじゃろうか……。


 願わくば、奇跡が起き、この状況が好転したら、孫娘と3人で、外を散歩してみたいのう……。


「……ライラック、アリシア……。どうか、どうか……!無事に、帰ってきます様に。」


 ベッドの上の窓から見える、石壁の向こう側へと、必死に思いを馳せ続けた。



【美桜視点】


「……な、何?何で、こんなことに……。」


 夕飯の買い出しをしに、表参道まで降りてきたら、突然、空がおかしくなり、沢山の魔物が国の中へと襲いかかり、国中は、地獄の賑わいと化してしまっている!


 そして、私の肩の上に止まっているノ鳥が、突然、ポトリと地面に落ちてしまった!


「ど、どうしたの!?」


 私が慌てて、両手で包む様に拾い上げると、燈ノ鳥は、胸を微かに上下に動かし、目も虚だった。


「……お兄ちゃん……?」


 燈ノ鳥は、お兄ちゃんの命、そのものって言っていた。


「……まさか……、お兄ちゃん、死んじゃうの……!?」


 嫌な考えが頭を過ったけれど、どうしたら良いのか、分からない……!


「…………と、とりあえず、お父さんの所へ……!」


 と、大社に戻ろうと、踵を返したその時、


「……ヒッ……!」


 私の真後ろには、私の身長の3倍もある、大きな魔物が立っていた!

 黒い毛並みで、6本の腕には鋭い爪があって、お腹が龍みたいな鱗に覆われている。

 しかも、鋭い目つきで、私の事を見下ろしている!


 こんなにデカいのに、燈ノ鳥に夢中になってて、全然気が付かなかった!


 ──お兄ちゃん!!


 咄嗟に目を瞑り、心の中で、必死に呼びかけたその直後、目の前でドンッ!──と、すごい衝撃音が聞こえた。


『……ふう。何とか、間に合ったようじゃのう。』


「……え……?」


 恐る恐る目を開けると、そこには、地の精霊、グラン様の姿があり、グラン様の向こう側では、さっきの魔物が地に伏していた。


 魔物を中心に、地面が大きく凹んでいて、まるで、その部分だけ、強い重力で押しつぶされていたみたいだ。


「……あ……。」


 一気に気が抜けて、思わずヘナヘナと力無く座り込んでしまった。


『……大丈夫かのう?』


「……あ、……は、はい。」


 何とか頷き、一息つくと、両手で大事に包み込んでいた、燈ノ鳥の事を思い出し、ハッとすると、慌ててグラン様に差し出した。


「グ、グラン様!お兄ちゃんの燈ノ鳥が苦しそうなんです!……どうすれば良いのか、分からなくて……!」


 そう泣きながら、必死に訴えた。

 涙がボロボロ零れ落ちる度に、段々と訳分からなくなってくる。


『……すまぬが、わしには、どうする事も出来ぬのじゃ。』


 ……けれど、残酷な事に、グラン様は目を閉じ、ゆるゆると首を振りながら、そう静かに告げた。


「……そん、な…………。」


 ……精霊様でも、どうにも出来ないなんて……。


 …………このままだと本当に、お兄ちゃんが、死───


『……じゃが、その鳥は、まだ生きようとしておる。』


 口火を切ったグラン様の言葉に、ハッと我に返り、手の平の鳥へと視線を落とす。


 ……燈ノ鳥は、息も絶え絶えになりながらも、小さな羽をバタつかせ、何とか飛ぼうとしている。


 それに、さっきまで虚だった瞳も、まだ死んでおらず、今は真っ直ぐと、遥か天穹を見据えている。


『……まだ、諦めるのは早い。もう暫し、信じてやっても良いかと思うぞ。』


「…………はい。」




 …………私は、バカだ。


 まだ、燈ノ鳥は──お兄ちゃんは、必死に頑張っているのに、勝手に、パニックになって、絶望しかけちゃって。


 ……ごめんね、お兄ちゃん。

 お兄ちゃんは、私に必ず帰ると約束してくれたもんね。


 ──もう、ブレない。最後まで信じるよ。


 私は、必死に足掻き続ける燈ノ鳥に向かって、目を閉じ、そう誓った。

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