第121話 受け取った願い (凛花・ルナ視点)

【凛花視点】


 ────ラ。


 ……ん……?誰?


「……ヴィオラ。」

「……え……?」


 ぼんやりしていた視界が、段々ハッキリしてくると、目の前には──。


「……え?……うそ……。」


 そこには、もう逢えないと思っていた、


 ──お母様がいた。


 お母様は、呆然とする私に、優しげに微笑むと、両手を、そっと広げた。


「……おいで、ヴィオラ。」


「ッ…………!」


 その笑顔を見て、その仕草を見て、その声を聞いて。

 

 懐かしい記憶が、頭の中を一気に駆け巡り、気が付けば、涙を流しながら、お母様の胸に顔を埋めていた。


 顔を埋めると、いつもお母様から香っていた、お日様の匂いがする。


「ううっ……うっ……、おかあ、さま…………!」


「ヴィオラ!」


 お母様も、私を強く抱きしめると、声と体を震わせて、泣いていた。


 ──間違いない!幻なんかじゃない!

 この人は、私の、お母様だ!


 


       *****



 しばらくして、涙が少し落ち着いてくると、そっと顔を離し、お母様と向き合った。


 その時に、お母様のお気に入りの、すみれ色のポンチョが、私の涙と鼻水で濡れてしまっている事に気が付き、慌てて頭を下げた。


「ご、ごめんなさい!」


「フフッ、良いのよ。あなたのだもの。」


 お母様が、自身の涙を指で拭きながら、そう笑ってくれたので、ホッと安堵した。


「……でも、どうして、お母様に逢えたの?それに、ここは何処なの?」


 周りを見渡すと、どこもかしこも真っ白だ。私の影すらないし、意識を失う前に感じていた、強い息苦しさも無い。


 ……恐ろしい考えが、頭に思い浮かぶ。


「……まさか、私、死んじゃったの……?」


「いいえ、大丈夫よ。あなたは、生きている。ここは、あの世とこの世の狭間の世界。

 アルマの鍵に宿っていた、私のマナが作用して、一時的に、あなたをこの場へ呼び寄せられたの。……でも、もう、時間が無いわ。」


 お母様は真剣な表情で、そう言うと、私の両手を、それぞれの手で握りしめてきた。


「アルマの鍵に残っている私のマナを、全て、ヴィオラの体に流し込むわ。」


 お母様が目を閉じると、お母様の手を伝って、私の体に、温かいマナが流れ込んできた。


 まるで全身が、暖かくて柔らかな、心地の良い羽毛に包まれている様な感覚がした。


「……もう、エルラージュを救えるのは、ヴィオラしか居ないの。……でも、大丈夫。あなたは、私の娘だもの。絶対に大丈夫。」


「お母……様……。」


「……ヴィオラ。もう、こうしてお話が出来るのは、これが最後。だから、大切な話をするわ。

 これからも、長い人生の中で、悩んで立ち止まる事が、沢山あると思う。そんな時は、あなたが一番正しいと思うことを、やり抜いて。一人では難しかったら、仲間に頼っても良いのよ。

 ……もっと、色んなことを教えたいけれど、時間が無いわね。」


 お母様が、マナを流し終わると、段々と姿が薄くなり始めていた。


「お母さんは、いつも、ヴィオラを見守っている。何処の世界で、どんな人生を歩んでも、ヴィオラが幸せなら、お母さんは、それで良いの。」


「……お母様……。」


 永遠の別れを察して、再び涙が溢れてくる。


 お母様は、そんな私の涙を、そっと指で拭い、頬を優しく手の平で包んだ。


「ヴィオラ。」


 寂しそうに笑うお母様の顔が、どんどん見えなくなってきて、


「──幸せに生きてね。」


 最後に、そうニッコリと笑うと、お母様の姿は、完全に見えなくなり、温もりも無くなった。


 名残惜しさを感じる暇もなく、すぐに周りが眩しい光を放ち、私はギュッと目を閉じた。



【ルナ視点】


「……ううっ……!」


 私の、ありったけのマナを使って、神樹を支えているのですが……、こ、これ以上は……、止められないのです……!


『……もう、良いのです。』


「──ッ!オリジン様!?」


 オリジン様の声が、頭の中に聞こえたのです!


『……あなたは、十分、頑張りました。もう、私の事は、良いのです。』


 オリジン様は、とても落ち着いた声で、そう告げたのです!


「……ッ!だ、ダメなのです……!」


『……あなたに、私の残りのマナを授けます。この力を、この世界や、あなたの仲間の為に、費やして下さい。


 ……私の、最後の願いです。』


 オリジン様が、最後のお願いを言った後、神樹から、ピカピカ光る、金色の光の粒がいっぱい出てきて、私の体に入ってきたのです。


 この光の粒は、オリジン様のマナなのです!本当に、オリジン様は──!


「オ、オリジン様!ダメなのです!!」


 と、叫んだ時には、もう、神樹が真っ黒になってしまって、オリジン様の声すらも、聞こえなくなってしまったのです……。


「…………オリジン、様……。」


 ……私の、本当のお母さんも、故郷の神樹も、どっちも、失くなってしまったのです。


 ……でも……。


 私の中に入ってきた、オリジン様のマナや、オリジン様の、この世界と、みんなを救ってほしいと言う強い想いが、悲しませる暇を、与えてくれないのです。


 溢れそうになった涙を拭いて、鼻水も啜って、真っ黒の神樹を見上げて。


「……………………行かなきゃ、なのです。」


 ……私は、そう決心して、振り返って、走り出したのです。


 ──凛花さん達の元へと。


 オリジン様の想いと一緒に。

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