第85話 愛って色んな種類があるのね。深いですわ! (ライラ視点)

 今、目の前で対峙している、変態のオカマのアレクシアは、逞しい腕を、パンパンに膨れ上がる胸の前で組み、私をじっと見据えている。


 先にそちらから攻撃なさいと、仰っているのかしら?


 ──フン、舐めてもらっては困りますわ!わたくしだって、この前の黒魔女戦で、蓮桜への愛を原動力にして、大活躍しましたわ!今回は一人だけど、きっと一瞬で終わらせてみせますわ!


 私は、強い自信を抱かせると、首元の福音の神器にそっと触れながら、目を閉じて集中した。


 蓮桜の低くも優しい声。蓮桜から仄かに漂う白檀の香り。クールながらも時々見せる、あの優美な微笑み。優しく包み込む様な、あの手の温もり。


 好きな物を食べた時の、微かな笑み!時々チラッと見える鎖骨!お腹の部分にある、小ちゃなホクロ!!


 ────ああ!全てが愛おしいわ!!


 恋心がボルテージに達したその時、神器がピンク色に染まり、喉元に力がみなぎってきた!


 カッと目を見開き、溢れんばかりの歌声に身を任せた。薄暗い洞窟内は、私の甘い甘〜い歌声で満たされていった。


 しばらく歌い続けていると、私の背後に、巨大なピンクの片手銃が現れた。黒魔女戦の時と、同じだわ!


 私は、右手で銃の形をつくると、撃つ動作をした。


「バッキューーーーン!ですわ!!」


 すると、巨大な片手銃から、ピンクの弾丸がアレクシアに向かって、一直線に放たれた。


 ──いける!


 しかし、アレクシアは、迫り来る弾丸に対して、相変わらず腕を組んだまま、微動だにしない。


「……フン!」


 アレクシアは、ニヤリとすると、大きく息を吸い込み、一瞬で肺を膨らませると、


「あの方と二人っきりであ〜んな事、こ〜んな事オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 と、まるで獣の雄叫びの様な、強烈な願望を込めたデスボイスと共に、黒い衝撃波を口から放った。


 黒い衝撃波は、私の愛が込められた弾丸を一瞬にして消し去り、そして私を強く吹き飛ばした。


「きゃああああああッ!!!」


 吹き飛ばされた私は、ゴツゴツとした岩肌に、頭と背中を強く叩きつけられてしまい、激痛でくの字に倒れてしまった。


「ううっ…………!」


 耳もかなり痛いし、視界もグルグルと回っている。さっきより酷いわ。


 アレクシアが、苦しむ私を見下ろし、嘲笑う。


「オホホ!私のデスボイスもね、あの方を想えば想うほど、強くなるのよ。でも、こんなのまだまだ序の口よん!」


 ……これで、まだ序の口!?


 それなのに、私の愛の弾丸を、一瞬で消してしまったというの!?


 私だって、蓮桜のを思い浮かべながら、全力で歌ったというのに!


「……そんな……。」


「ライラ!!」


 絶望を感じていたその時、背後から誰かの声がした。


 ──まさか、蓮桜?このタイミングで、来てしまったというの?


 ドキリとしながら、駆けつけた相手を見上げると、


「大丈夫か!?」


 ──ノアだった。


 でも、蓮桜じゃなくて、良かったわ……。こんな惨めな姿、見せられないもの……。


 そう安堵した瞬間、私の意識は闇の中へと堕ちていった。




        ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 ────ここは、どこなの?



 ────真っ暗ですわ……。


 ────でも、何だか心地良いわ。このまま、ずっとこうして居ても良いかもしれないわ。


 堕ちゆく闇の中に、さらに身を委ねようとしたその時。


『……しっかりなさい!ライラック・フォン・レーベンヴァルト!』


「……え……?」


 ──誰?


 声がした方を見ると、そこには、フリフリで純白のウエンディングドレスを着て、両手で赤い薔薇の花束を持っている────。


「……私……なの?」


 どういうことなのか、目の前にいるのは、私だったわ。


 しかも、ドレス姿の私は、温かなオーラに包まれていて、まるで闇の中を照らしてくれる、希望の光の様だった。


「夢……?にしては、何だかリアルな気がしますわ。一体、どうなっているの?」


『私は、潜在意識のあなたですわ!あなた自身が普段意識していない、人格の一部ですわ!福音の神器が、あなたを助ける為に、精神世界へ誘って下さったのよ!』


「は、はあ……?」


 ──何を仰っているのか、ちんぷんかんぷんですわ。


 でも、目の前にいるのは、紛れもない私。この方は、“心の中の私”ということで良いのかしら?


 そして、福音の神器が、心の中の自分に会わせて下さった様だけど、そんな事も可能なのね。……でも、何でかしら?


「あのう……、それで、心の中の私は、何をしに来たの?」


 私がおずおずと、疑問を口にすると、心の私は、呆れた様に『はあ〜〜〜〜。』と、これまた長いため息を吐いた!


 ────自分なのに!!


『……愛が足りないのよ!!それを叱りにきたのよ!!』


 心の中の私は、ズイッと顔を至近距離まで近づけてきて、烈火の如く叱りつけた!ほ、本当に私なの!?


「あ、愛が足りない……ですって?」


『そうよ!』


「だ、だって、蓮桜の全てを思い浮かべながら、全力で歌いましたわ!匂いや仕草や、その他諸々──。」


 心の中の私は、またもや嘆息し、呆れた表情を浮かべる。


『……あのねえ〜。それじゃあ、まだまだ序の口なのよ。』


「な、何ですって!?」


 驚愕する私に、心の中の私は、両肩をガシッと強く掴むと、真剣な瞳で私を見据える。


『……愛はね、必ずしも良い感情ばかりではないの!不満、嫉妬、欲求────。これらも全て出し切らないと、あの変態オカマには、一生勝てっこないわ!』


「──────ッ!?」


 ……どういう事?好きな部分を思い浮かべるだけでは、ダメなの?


 だって、不満や嫉妬なんて、あまりよろしくない感情じゃない。


 そう頭の中で困惑していると、心の中の私は、首を横に振った。


『あなたは、混乱しているでしょうけれど、愛は必ずしも、良い感情ばかりではないのよ。歪みの感情も、愛しているが故に生じるものなのよ!』


「……愛しているが、故に……。」


『そうよ。それらを全て出し切れば、あなたの力はグンッと強くなるわ!……あなたはずっと、蓮桜のことを愛している分、不満とか嫉妬とか、山ほど溜まってきているはずでしょう?』


 …………確かに、心の中の私の仰る通りですわ。


 ほとんど気付かないフリをしていたけど、本当は蓮桜に対して「好き」以外にも、言いたい事は山ほどありますわ。もうてんこ盛りですわ!


 ────でも。


「……万が一、蓮桜に聞かれてしまったら、嫌われてしまいそうですわ……。」


 一番不安に思っている事を、ポツリと呟き、俯きかけると、心の中の私が、私の両頬を両手でギュッと挟み、無理矢理顔を上げさせた。


『結婚、したいでしょう?それが、あなたの一番の夢なのでしょう?なら、いずれは蓮桜に、私の全てを魅せるつもりでいないといけないわ!


 それに、蓮桜は、不満や欲求を口にしただけでは嫌いにならないと、私は信じているわ!』


「心の中の私……。」


 ……そうだわ。心の中の私の言う通りだわ。蓮桜は、私の事を、命懸けで護ると誓っているわ。


 そんな蓮桜が、私の事を嫌いになるだなんて、天と地がひっくり返るぐらいに、ありえないことなのかもしれないわ。


 ……私の潜在意識は、それを強く信じているのね。何だか、自分のことなのに、偉大な人を目の前にしているみたいで、不思議な気分だわ。


 ────心の力って、未知数なのね。


 もう大丈夫だと悟ったのか、心の中の私は、そっと手を離し、ニコッと微笑むと、まるで蜃気楼の様にゆらゆらと揺らいだ。


『私は、あなたの一人格よ。あなたは決して一人ではないわ。だから、絶対に勝ってみせるわ!』


 心の中の私が、そう決意表明をすると、真っ暗だった世界に、突然眩しい光が包まれ始め、何も見えなくなった。


 


       ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


「────あらあ、ヤダァ!あなたもイケメンじゃな〜い!……で・も!あの方に比べると、まだまだね!」


「な、何なんだ、こいつ!……つーか、そんな格好していて、寒くないのか?」


「あら!アタシの体の心配をしてくれるの〜!?優しいじゃな〜い!!……そうねえ、あなたを抱きしめれば、十分に温まるかもよ〜!」


「──ッ!?す、すげえ悪寒が……。こいつ、色んな意味でヤベエ奴だ!」


「────ハッ!?」


 その時、私は完全に目が覚めて、ガバッと飛び起きた。


 目の前には、アレクシアと対峙する、ノアの後ろ姿があった。


 ノアは、目覚めた私に気がつくと、振り返り、ホッとしていた。


「ライラ、気が付いたか!……ちょっと待ってな。すぐにこいつをぶっ倒して────。」


「いいえ!!」


 私は、ノアの言葉を掻き消す勢いで、大声で否定すると、サッと起き上がり、ノアの前に立った。


「この変態オカマ野郎は、私が倒すのよ!!ノアは邪魔しないで下さるかしら!?」


 ノアは、少しの沈黙の後、


「は、はあッ!?」


 と、予想外だったのか、喫驚の声を上げ、洞窟内に響き渡らせた。

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