第86話 呪い返しと分裂 (蓮桜・凛花視点)
【蓮桜視点】
カルマは、オレが身構えた瞬間に、ニヤリと笑い、トンッと軽く跳躍した。
すると、一瞬でオレの目の前まで移動し、すかさず鉤爪を振り下ろした。
「はっ!」
オレは、素早く反応し、神器の札で作った手甲剣で受け止めながら、右足の剣でカルマの脇腹を狙う。
しかし、カルマが一瞬で姿を消したので、剣は空振りとなった。
……カルマという男、素早さが特化している様だな。
────だが、オレも速さには自信がある。
背後の殺気を感知したオレは、振り向きざま、首を軽く傾け、鉤爪を避けると、そのまま驚くカルマの鳩尾を、膝で強く蹴り上げた。
「ぐはッ────!!」
カルマは、大量の涎を吐きながら吹っ飛ばされるが、すぐに空中で体勢を整え、着地した。
少し痛そうに、猫背の姿勢になり、苦しそうに息を荒げていたが、すぐに不気味な笑みを浮かべた。
「……面白い。久々に血がたぎってきた。」
カルマは、そう言うと、再び鉤爪の切っ先をオレに向け、跳躍しようとした。
それと同時に、上方から、まるで地を揺るがす様な、重圧感のある低い声が聞こえた。
「……何?今の声……。」
「こ、怖いのです……。」
凛花やルナにも聞こえていた様だ。
だが、今は目の前の敵に集中せねば……。
そう思い、敵の動きに注視する。
だが次の瞬間、聞き覚えのある美しい歌声が、オレの気を逸らしてしまった。
「────お嬢?」
「どこを見ている。」
ハッとし、視線をカルマへと戻したが、一瞬遅かった。既に目と鼻の先には、奴の凶刃の先端があった。
「蓮桜!!」
凛花が叫ぶのと同時に、オレは横に跳躍して避けたが、次に迫っていたもう片方の鉤爪が、オレの右脇腹を少し斬り裂いた。
「────ッ!!」
「フン。さっきの仕返しだ。」
脇腹を押さえ、歯を食い縛るオレに、カルマはニヤリと笑いながら、刃に付着したオレの血を舐めりとった。
……にしても、少し斬られたにも関わらず、出血が酷い。相手は思っていたよりも、刃を相当研ぎ澄ませている様だな。
駆けつけようとする凛花を、オレは手で制すると、生成した一枚の札を、傷口に貼り付け、せめてもの止血をした。
痛みを癒やす効果はない為、痛みは増していく一方だが、相手にそれを悟られまいと、オレは姿勢を正し、真っ直ぐに相手を見据えて構える。
「……強がりなこった。」
「こんな所で、くたばる訳にはいかない。」
余裕な笑みを浮かべるカルマに、オレも負けじと、軽く笑みを浮かべながら、そう言った。
──おそらく、お嬢はこの上にいて、誰かと戦っている。
ノアも居るのかもしれないが、さっさとカルマを倒して、お嬢の元へと向かわねば!
お互いに、ジリジリと睨み合った刹那、同時に跳躍し、刃を振るった。
【凛花視点】
キンッ!キンッ!──と、刃と刃がぶつかり合う中、私とルナは呆然と、その光景を眺める事しか出来なかった。
「す、すごい……。」
「なんにも見えないのです……。」
蓮桜は怪我をしているというのに、スピードを全く緩めることなく、両者共に次元を超える様な速さで戦っている。
刃が交わり合う音と共に、たまに上の方から、地獄の底から湧き出てくる様なデスボイスと、力強くも綺麗な歌声が、微かに聞こえてくる。
もしかしたら、ライラが居るのかもしれない。だからさっき、蓮桜は気が逸れて、怪我をしてしまったのかも。
「……私も戦えれば……。」
そう思い、右の掌の傷を、祈る様な気持ちで見つめるも、傷口は、相変わらず暗い紫色に光っているし、魔力を込めようとすると、ズキッと強く痛んでしまう。
「……呪いって、どうやって解くんだろう?」
……そういえば、こういうのって、神社の息子である、蓮桜が詳しそうな気がする。
「──凛花!!」
そう思っていた矢先、蓮桜が戦いながら、私に叫んできた。
「いいか、凛花。呪いというのは、呪った相手に跳ね返す事が可能だ。それは凛花自身がやらなくてはいけない!」
「どうすれば良いの!?」
「黒魔女よりも、凛花の力が優れている事を示さなければいけない!だが、そもそも魔力は封じられているから、今回は強い意志で跳ね返すしか方法はない!!」
……黒魔女よりも、強い、意志?
“心”で示せって事?
「……フン。黒魔女様の呪いは、そんじょそこらの呪いとは桁違いだ。そう易々と跳ね返せるわけねーだろ!」
カルマが鼻で笑いながら、蓮桜の顔を斬り裂こうと、鉤爪を大きく振り下ろしたが、蓮桜は後方へジャンプし、
「オレは可能だと思うがな!」
そう強く言い切るのと同時に、紫光に輝く3枚の札を、クナイの様に素早く投げつけた。
カルマは、鼻で笑うと、鉤爪で札を真っ二つに切り裂いた。
しかし、その時────。
ドオーーーーーーーーンッ!!
真っ二つに切り裂かれた札が、突然爆発を起こし、カルマは煙に包まれた!
「……凛花は、強い魔力と共に、強い意志を兼ね備えている。先程は、底が見えない井戸に迷わず飛び降り、この前は黒魔女に向かって怒りを露わにしながら矢を放った。
こんなに強い意志を持つ者は、男でもそうそう居ないと思うがな。」
蓮桜は、煙に向かって、フッと笑みを浮かべながら、どこか楽しげにそう言った。
「……蓮桜……。」
蓮桜が、私の事をそんな風に考えてくれていたなんて、思いもしなかったから、ちょっと意外だった。
「凛花は、さっさと────」
蓮桜が、私に何かを言い掛けたその時、カルマが煙を切り裂きながら蓮桜へとジャンプし、その鋭き鉤爪を伸ばしてきた。
蓮桜が、それを受け止める。
……が同時に、私は何故か自身の首元に、ヒヤリとした感触を感じ、恐怖で固まってしまった。
「凛花さん!!」
「────ッ!?」
ルナの叫び声で、蓮桜はカルマを弾き返した後、こちらへと視線を向けると、目を見開いて驚愕した。
「くくく……。」
ニヤリと笑うカルマの姿が、正面と────、私の傍にもあった。
蓮桜と対峙している者も、私の首元に鉤爪を当てているのも、同じ人物だった。
──つまり、カルマが二人いる!
「……ど、どうなっているの?」
すると、もう一人のカルマが、唖然とする私の耳元で「ククク……。」と、凶悪な笑い声をあげた。
「黒魔女様の力を授かったお陰で、身体の分裂が可能になったんだ。」
と、蓮桜と対峙している方のカルマが、ニタリと笑いながら、そう告げた。
分裂って……、つまり微生物みたいに、全く同じ生身の個体を増やせるって事?
蓮桜が、チッと舌打ちをしながら、私を捉えているカルマに向き合うが、
「おっと!それ以上近付くと、この女を切り刻んじまうぞ!」
「────ッ!!」
私の首筋に、さらに強く鉤爪を押し当て、そう脅した。ほんの少し動いただけでも、スッと容易に斬られてしまいそうだった。
蓮桜は、静かに怒りを滲ませ、睨みつけながら、どうすれば良いのか、考えている様子だったが、
「お前の相手はオレだ!」
本体のカルマが、次々と猛攻撃を仕掛けてくるので、蓮桜には息つく暇もなかった。
さらに、さっき脇腹を斬られたからなのか、段々と動きが鈍くなっている気がする。
「──くっ!」
「ククク……!どうした、随分と辛そうだなあ。」
本体のカルマが、愉快げに笑いながら、鉤爪をさらに強く振り回している。
蓮桜は、まだ動きについていける様だけど、このままでは、マズイ!
早く何とかして、呪いを弾き返さないと……!
しかし、焦る一方で、意識を集中させる事が中々難しかった。
「……ノア……!」
祈る様な気持ちで、ノアの名を口にした、その時だった。
ドオーーーーーーーーンッ!!
天井が、突然爆発を起こし、辺りが煙に包まれた。
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