第84話 笑顔 (アリーシャ視点)
目の前で対峙する、ルーエンと名乗った太っちょ男は、相変わらずニコニコと穏やかな笑顔を浮かべている。一丁前に余裕をかましているのかしら。
「……アリーシャさん。どうか、油断しない様に。」
私がイライラしている事に気が付いたのか、隣のロキが、真剣な顔つきでそう言った。
「……分かっているわ。」
……とは言いつつも、ルーエンの様に、戦闘の場に居ても、穏やかな雰囲気でいる奴が、正直苦手だわ。
「プププ。焦ってる、焦ってる〜!」
苛立つ私に、ルーエンが口元に手を当て、愉快げに笑う。
……こいつ、柔和な表情をしているけど、中身は絶対黒いわね!
「うっさいわね!!すぐに丸焼きにしてやるわ!!」
バチバチッと、怒りの閃電を浴びる雷牙を、ルーエンへと向けながら、一気に間合いを詰めた。
ルーエンの首元に、雷牙が到達しかけた、その時。
ニコニコと微笑むルーエンから、ゾッとする様な、悍ましい殺気を感じた。
「……お前みたいなチビは、すぐにペシャンコにしてやるからな〜。」
すると、大きい何かが、左右から迫ってくるのを感じた。
「──ッ!アリーシャさん!!」
その時、私の背後から光る剣先が伸びてきて、ルーエンの胸元を貫いた。
……はずだったけど、何故か貫けずに、ルーエンは後方へと吹っ飛ばされ、岩肌に叩きつけられた。
叩きつけられた衝撃で、ルーエンの周辺に土煙が舞い、アイツがどうなったのか確認できなかった。
「アリーシャさん、大丈夫ですか?」
すぐ後ろにロキがいて、心配そうに顔を覗き込んだ。その手には、大剣ではなく、光るロングソードが握られている。
「え、ええ、平気よ。ありがとう。……それより、ルーエンは、私に何をしようとしたの?」
「それが────」
ロキが言い掛けたその時、土煙の中から、カンッ!と、ガラス同士がぶつかり合う様な音が響き渡った。
私とロキは、ハッとすると、瞬時に身構え、土煙の向こう側を睨みつける。
「……プププ。ぜ〜んぜん、痛くないよ〜。」
土煙から現れたのは、だらしない腹のルーエン────ではなく、頭から全身に、黒光りする鉱石を、鎧の様に纏ったルーエンだった。まるで、宝石人間だわ。
両手にも、巨大な鉄球の様な形をした、鉱石を身につけていた。さっき、アレで私を押し潰そうとしていたのかも。
「恐らく、黒魔女のマナの力を借りて、あの姿になっているのでしょう。」
「そうそう、そういうこと〜!……じゃあ、いっくよ〜!」
ルーエンは、楽しげに、そう言うと、私達に向かって、まるで巨大な大岩の様に、勢い良く地面を転がり出した!
あんなのにぶつかったら、ひとたまりも無いわ!
私とロキが、瞬時に左右にジャンプして避けると、通り過ぎたルーエンが、方向転換して、私に向かって転がってきた!
「はあ!!」
すると、ロキが私の前に移動し、一瞬でロングソードを大剣へと変化させると、結界を張り、ルーエンの動きを止めた。
「アリーシャさん!」
「分かっているわ!!」
私は、ロキの横をすり抜けると、ルーエンの胸を、飛電の刃で貫いた。
バチバチバチッと、ルーエンの全身が、
「うわああああああッ!!!」
ニコニコ顔だったルーエンは、今では苦痛と恐怖で顔を歪めている。
「…………な〜んてね。」
と思ったが、次の瞬間、ルーエンは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「……は?」
すると、雷牙の電撃が、一瞬にしてルーエンの全身の宝石に、吸収されてしまった。
「プププ。君の雷、返してあげるよ〜。」
ルーエンの身体の鉱石が、金色に光ると同時に、バチバチバチッと、嫌な音を発した。
「──ッ!アリーシャさん!!」
ロキに手を引っ張られると同時に、地を揺るがすような、強い雷鳴が轟いた。
ハッとして、さっきまで私が居た場所を見ると、隕石が落ちてきたのかと思うぐらいの、大きなクレーターが出来ていて、細くて黒い硝煙が、いくつも立ち昇っていた。
ロキが手を引っ張ってくれなかったらと思うと、ゾッとした。
ルーエンは、私にニコニコと微笑むと、鉄球の様な両手を構え、その身体を、再びバチバチと帯電させる。
「素晴らしい雷をくれて、ありがとうね〜。お礼に、ペシャンコになるか、最高に痺れて丸焦げか、好きな死に方を選ばせてあげるよ〜!」
……雷の吸収、私よりも遥かな巨体に、刃で貫けない鉱石の身体、それに、何考えているのか分からない、怖い微笑み。
どれも、私にとっては、相性の最悪な相手だわ。
そう思ったら、自然と足がすくみ、雷牙を持つ両手が、震えてきた。
……マズイわ。こんな奴相手に、私は怯えているの?
……早いところ、なんとか、しないと……。
────でも、勝てるの?
自信を喪失しかけたその時、ロキが私の目の前に、護るように立ちはだかった。
「……おあいにく様ですが、私達はこんな所で死にません。あなたを倒して、皆でここから脱出します!」
ロキは、こんな状況でも、そう強くハッキリと宣言した。
「ロキ……。」
「……アリーシャさん。どんな不遇な状況でも、必ずチャンスは訪れます。私と共に、切り抜けましょう。」
ロキは、私に振り返ると、そうニッコリと微笑んだ。
「プププ。無駄に気骨のある男だね〜!ボク、お前みたいに諦めが悪い奴、大嫌いなんだよね〜。しかも、女の子に微笑んでさ、なにカッコつけてんの?気持ち悪いわ〜。
そこのおチビと一緒に、すぐにペシャンコにしてやるね〜。」
「……うっさいわね。」
私は、静かに怒気を放ちながら、ロキの隣で構える。
「ロキの笑顔はね、人を安心させて、心を鼓舞させる力があるのよ!あんたの余裕ぶった悪趣味な笑顔の方が、よっぽと不気味で気持ち悪いわ!大っ嫌いよ!!もう絶対に許さないわ!!」
刃を向けながら、そう一喝すると、ルーエンの笑顔は崩せなかったけど、眉毛が一瞬ピクリと動いた。
「……言ったね〜?お前だけは、すぐに殺さずに、生き地獄を味わわせてやるからな〜。」
相変わらず、笑顔なのに、強い殺気を込もらせながら、穏やかな口調で言ってくる。
でも、隣にロキが居てくれるんだから、怖がっている訳にはいかないわ。
私は、震えそうになる両手に、グッと力を込めると、キッと真っ直ぐに、ルーエンを睨みつけた。
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