第127話 忘れない

 帰りの電車で、ゆうが、クマのぬいぐるみを、ギュッと抱きしめながら、私に声を掛けてきた。


「……凛花お姉ちゃん!」


「ん?なあに?」


「このクマさん、絶対、失くさない様にする!大人になっても、ゆうの一番の宝物にする!!」


 ゆうの、とびっきりの笑顔を見て、不意に涙が溢れそうになったが、グッと堪え、ニッと笑った。


「…………うん!ず〜っと、大事に持っててね!約束だよ!」


「うん!」


 そして、夕陽に温かく見守られる中、ゆうと固い指切りげんまんをした。


 


       *****



 孤児院の近くにある、よく3人で遊んだ公園で、ゆうと別れる事にした。


「次は、デパートに行ってみたいなー。クレープ食べたり、お洋服買いに行ったり、可愛い小物を買ったりとか!テレビで見た、女子高生みたいな、お買い物をしてみたい!」


 ……ゆうが、女子高生、か……。


「…………凛花お姉ちゃん?どうしたの?」


「……え?……あ!いや、何でもないよ!」


 制服姿の、ゆうの姿を想像している内に、

ボンヤリとしていたみたいだ。


 ゆうが、心配そうに顔を覗き込んできたので、慌てて笑顔を取り繕う。


「……変な凛花お姉ちゃん。」


 思わず、「アハハ……。」と、苦笑いしていると、隣の真希が、クスッと笑った。


「フフッ。凛花が変なのは、いつもの事よ。……と、そんな事より、もうすぐ、ゆうが帰る時間になっちゃうから、今ここで、フルート聴く?凛花が、今日聴きたいって言ってたでしょ?」


「うん!今、ゆうと一緒に聴きたい!」


 私が、そう笑顔で頷くと、真希は、肩に掛けていた、茶色い革のケースを下に降ろし、中から銀製のフルートを取り出した。


「真希お姉ちゃんのフルート、すごい久々に聴くかも!」


「そうだね。最近、バイトとかで忙しかったから、私も久々に吹くかも。……腕、落ちてたらゴメンね?」


「真希のフルートは、いつも聴いていて心地良いもん。大丈夫だよ、もっと自信持ちなよ!」


「そうだよ〜、真希お姉ちゃんの音楽は、世界一だもん!」


「そ、そう?」


 真希は、照れくさそうに、顔を赤らめながら笑うと、フルートに、そっと口をつけ、綺麗な音色を奏で始めた。


 その時、昇り始めた満月を背景に、真希の姿が、ポッと灯り始めた白い街灯に照らされ、公園は、ステージを作り上げた。


 真希のフルートは、繊細で、優しくて、あったかい……。心の芯にまで、じんわりと温かくなる。


 真希の心が、そのまま現れている、綺麗な音色。私は、この音色が一番大好きだった。


 学校で友達と喧嘩した時、この音色を聴くと、モヤモヤが晴れて……、


 部活の大会で負けて落ち込んだ時、この音色を聴くと、段々と落ち着いてきて、また明日から頑張ろうって思えた。


 ……受験が受かった時、


 ……大会で、優勝した時……、


 ………………孤児院で決めた、みんなの誕生日の時……、


「…………ぅっ……!」


 嬉しかった時も、悲しかった時も、辛かった時も、いつも、この音色を聴いていた。


「……凛花お姉ちゃん?」


 声が漏れ掛けた時、涙を必死に堪えようと、宵の空を見上げていたら、ゆうが不思議そうに声を掛けてきた。


 泣くのを堪える為に、しばらく口を開けなかったが、何とか口角をあげると、


「……そろそろ、ゆうも、帰る時間だね。」


 と、口にしたものの、ゆうの顔を、まともに見れなくて、咄嗟に、ゆうの体を、ギュ〜ッと、強く抱きしめた。


「……く、苦しいよ〜、凛花お姉ちゃん。」


「……ゆう、ずっと、元気でいてね。クマのぬいぐるみ、今度こそ、失くしちゃダメだからね?」


「当たり前だよ〜。もう、凛花お姉ちゃんは、心配性だな〜。」


「……アハハ、そうだね。自分でも、そう思うよ。」


 ……ああ。このまま、離したくないなあ。


 そう思う反面、体は、ゆうから離れていく。


 そして、下がりそうな口角を、思いっきり引き上げ、白い歯を見せて、ニッと笑って見せた。


「……じゃあね、ゆう!」


 ゆうは、いつもと違う様子に、少しキョトンとしていたが、やがて手を振った。


「……うん!バイバイ、凛花お姉ちゃん、真希お姉ちゃん!」


 そして、背を向けて、クマのぬいぐるみを、大事そうに抱き抱えながら、走って行った。


 その姿を、脳裏に焼き付けておこうと、見えなくなるまで、ずっと見送った。


 角を曲がる直前、ゆうは、一度振り返って、さっきの私みたいに、ニッと笑って、大きく手を振ってくれた。


 ……ああ。行っちゃったなあ……。


 ゆうが、見えなくなった辺りを、しばらく見つめていると、真希が、そっと声をかけてきた。


「……ねえ、凛花。」


「ん?何?」


「……異世界に、帰るんでしょ?」


 …………やっぱり、真希には、全てお見通しだ。


 私は、フーッと、一度深いため息を吐くと、真剣な眼差しで、真希と向き合う。


「…………うん。」


「……もう、帰っちゃうんでしょ?今日の凛花、そんな雰囲気していたから……。」


「……もう、本当に会えなくなる前に、真希とゆうに、もう一度会いたかった。だから、少しの間だけ、帰って来れる様にしたの。

 こんな、中途半端な考えで、良いのかなって、本当は迷ったけど、……私は、私なりに、後悔したくなかった。


 ……ゴメン……ね、真希。……折角、また、会えた…………のに、もう、二度と……会えなくなる。」


 とうとう、我慢していた涙が、溢れ出し、泣いてしまった。

 真希が、どんな表情をしているのかも、涙で見えなかった。


 ……けれど、ボンヤリとした真希の姿が、目の前まで来て、私を抱きしめた。


「…………凛花が、突然いなくなった時、もう、二度と会えないと思っていたの。けれど、少しの間だけど、こうして、また会えた。

 最後に、会いに来てくれて、嬉しかった。ありがとう、凛花。


 ……離れ離れになったとしても、私達は、ずっと、家族だから。心は、ずっと一緒だから……!」


「…………真希……!!」


 それから二人で、夜の公園で、ずっと、ずっと、わんわんと子供の様に泣き続けた。


 ……私には、エルラージュでも、東京でも、大切な家族がいる。


 例え離れてしまっても、忘れない限り、心は、ずっと一緒。


 ……私は、魔女だから、きっと、この先、何百年と生き続けると思う。


 でもね、この先、何があっても、絶対に忘れない。


 ──真希、ゆう、元気でね。


 ────大好きだよ。

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