繁華街、レグリックにて

第15話 リアンさんとの出会い

 雲一つない晴天の中心に、太陽が昇り始めた頃。


 ほぼ丸一日食事をしていない私とルナは、げんなりとしながら、草原を歩いている。


 私たちの前を歩くノアは、お腹いっぱいに魔物を食べた為、上機嫌に鼻歌を歌っている。


 私は、そんなノアの事を、羨ましい様な、羨ましくない様な、複雑な気持ちで見つめていた。


「……お!見えてきた!」


 そう言いながら、前方を指差したノア。


 その方向に視線を移すと、そこには、外壁に囲まれた街らしき場所が見えた。遠くからでも、大きいのが分かる。


「アレが、この辺りで大きな街、レグリックだ。」


 私とルナは、パァッと顔を輝かせる。


「や、やっとご飯を食べれるですの!」


「そうね!早く行こう!」


 私とルナは、まるで砂漠のオアシスを見つけたかの様な気持ちで、レグリックに向かって走り出した。


 しかし、街に入る直前、私はふと、立ち止まった。


 ……そういえば、白魔のノアがいると、またリリー村の時みたいに、騒ぎにならないのかな。


 そう思い、ちらっと、ノアを見たが、そのノアの姿を見て、私は目を丸くした。


「ノア……なの?」


 隣にいるルナも、ノアの姿に気付き、飛び上がった。


 何故かノアの白髪が、黒髪になっており、深紅の瞳も、真っ黒に染まっている。まるで、普通の人間みたいで、一瞬ノアだって分からなかった。


 しかし、ニッと爽やかに笑う姿は、ノアそのものだった。


「白魔はな、黒髪の人間に化けれるんだ。普通にしていれば、バレる事はない。」


 そんな事も出来るのかと、白魔の力に驚き、感心した。とりあえず、騒がれる心配はなさそう。


 私は、一安心すると、ノアとルナと一緒に、街へと足を踏み入れた。


 街に入ると、大勢の人々が、ガヤガヤと行き交っていて、リリー村とは全然違い、まるで都会の様だ。


 地面は茶色いレンガ造りで、周りを見渡すと、白を基調とした家やらお店が、いくつも並んでおり、屋根の色は赤やら青やらオレンジやらで、色とりどりだ。


 この街を、もっと、ゆっくり散策したいところだけど、まずは、腹ごしらえをしないと。


 私は、一番近くにある、看板の建物に目を見やる。何て書いてあるのか分からないけど、あの建物から香ばしい匂いがする。きっと食べ物屋さんだ。


 そう思い、その建物へと向かおうとした、その時だった。


「うわっ!」


 私は、誰かとぶつかってしまい、お腹が空いて力が入らないせいか、呆気なく地面に倒れ込んでしまった。


「凛花!!」


「凛花さん!?」


 すると、ノアが駆けつけ、私を抱き起こしてくれた。


 それと同時に、誰かが心配そうに私の顔を覗き込んできた。


「す、すまない!大丈夫かい?」


 その人の顔を見て、私は一瞬息をのんだ。


 端正で綺麗な顔立ち。陽の光に当てられた短い髪は、キラキラと金色に輝いており、瞳は海の様に深い青色。まるで、絵本に出てくる、王子様の様だ。


 見惚れていた私が、ハッと我に返り、頷くと、青年はホッと胸を撫で下ろした。


「そうか、良かった。」


 その時、足元から何かの鳴き声が聞こえ、見下ろすと、そこには赤いリボンを首に巻いた黒猫がいて、青年の足に頬を寄せ、スリスリしている。


「ああ。この子は、ボクの猫でね、名前はラビーって言うんだ。ちなみに、ボクの名前は、リアン。」


 リアンさんは、優しい笑顔で自己紹介した。


「わ、私は、凛花と言います!こっちはノアで、この妖精は、ルナです!!」


 緊張しながらも、私も皆の自己紹介をした。ノアは、さわやかに笑いかけ、ルナは、イケメンなリアンさんに照れながらも、笑顔を見せた。


 リアンさんは、ルナを見て驚いた。


「ほお。珍しい妖精族だね。ボクは、色んな所を旅してるけど、君みたいな妖精は、初めて見たよ。……ところで、凛花さん。ぶつかってしまったお詫びに、何かしてあげたいのですが……。」


 私は、慌てて首を横に振った。


「お、お詫びなんて、とんでもないです!私の方こそ、周りを良く見てなかったので!」


 グウ〜〜〜〜ギュルルルル…………。


 そう否定した直後、私のお腹から、とんでもなく大きな音が鳴ってしまい、周りの人が一斉に私の方を見てきた。


 私は恥ずかしくなり、顔を赤くして固まっていると、リアンさんが、クスクスと笑った。


「フフ。それでは、食事を奢りますよ。」


「お!凛花、丁度良かったじゃねえか!」


「…………い、いや、でも……。」


 遠慮しようとする私に、リアンさんは優しく微笑んだ。


「良いのですよ。きっと、これも何かの縁。折角ですから、一緒に食事をしましょう。」


 リアンさんは、そう言うと、ラビーを肩に乗せ、お店へと向かって行ってしまった。


 良いのかなと思いつつも、私はリアンさんの後を追っていった。



 

       ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 テラスの席に座り、しばらくして食事が運ばれてくると、私とルナは、必死にかぶりついた。ノアも、私ほどお腹は空いていないはずだが、すごい食べっぷりだ。


 料理は、サイコロ状にカットされた、柔らかくジュージーなお肉や、ピリッと程よい辛さの白くて柔らかい、パンの様な見た目の物と、苦味がなく、甘いサラダの様な物だった。


「初めて食べる物ばかりだけど、どれも美味しい!」


 思わず、そう言うと、リアンさんが驚いた表情をして、私を見つめてきたので、私はハッとすると、固まってしまった。


 しまった!この世界の人にとっては、不自然な発言をしてしまったかも。


 しかし、リアンさんは、私の服装を見ると、「あ〜。」と、何故か納得した。


「そうか、君は、サクラの民の方か。随分遠い所から来たんだね。向こうでは、食べ物の種類が違うのかい?」


「え、ええ……、まあ。ここには、旅行に来たのですが、私たちには、珍しい物ばかりで。」


 サクラの民の住む場所が、どの辺にあるのか、食べ物の事情も何も知らないが、とりあえず、そうごまかしておいた。


「と、ところで、リアンさんは、どうして旅をしているんですか?」


「ボクはね、色んな所を見て回りたいんだ。相棒と一緒に。」


 リアンさんは、右肩に乗るラビーの顎を、人差し指で撫でながら、そう言った。ラビーは、気持ちよさそうに喉を鳴らしている。


「へえ、良いですね!」


 私たちは、その後、談笑しながら、昼食を平らげた。




       ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 私たちは、お店を出ると、リアンさんに向き合って、お辞儀をした。


「リアンさん、ありがとうございました!」

「ありがとうな!美味かったぜ!」

「感謝なのです!」


 リアンさんは、目を丸くし、驚くと、首を横に振った。


「いやいや、これはボクからのお詫びだから、お礼なんて良いよ。寧ろ、一緒に食事が出来て、楽しかったよ!こちらこそ、ありがとう!」


 リアンさんも、笑顔でお辞儀をしてくれた。見た目通り、何て良い人なんだ。


「それでは、ボクは、これで失礼させてもらうよ。また、何処かで会えると良いね。」


 リアンさんは、優しく微笑み、手を振ると、行ってしまった。


 イケメンで、優しい人だったな。本当に、また会えると良いな。


 私は、そう願うと、辺りの建物を見回しながら、歩き出した。


「……さてと、私たちは、何処かで地図を買って、後は、食材も買わないと。」


 そういえば、リースさんから貰ったお金は、いくらぐらいなんだろう。


 私は、お金が入っている小袋を取り出し、中を確認してみたが、よく分からないので、ノアに聞くことにした。


「ねえ、ノア─────。」


 ドンッ!!


 その時私は、再び誰かとぶつかり、尻餅をついてしまった。


「いたた……。す、すいませ……ん…………?」


 謝ろうと、ぶつかってしまった人の顔を見た途端、私は驚きのあまり、言葉を失ってしまった。


 ゆう…………?


 一瞬、ゆうに似ていたが、よく見ると、その少女は、ゆうより年上で、10歳ぐらいに見える。


 少女は、オレンジ色のおさげのツインテールをしているが、すごくボサボサで、髪も服も全体的に汚れていた。


 しかし、顔は、ゆうと見間違えるぐらい、本当にそっくりだった。


 少女は、呆然としている私に睨みつけてきた。


「ちょっと!ちゃんと前を見て歩きなさいよね!」


 そう怒鳴ると、少女は立ち上がり、走り去ってしまった。


「あ……。」


 我に返った私は、謝ろうとしたが、もう既に少女は人混みにまぎれ、見えなくなってしまった。


「大丈夫か?」


「う、うん……。」


 差し出されたノアの手を握り、立ち上がった後も、私は少女が去って行った方向を、呆然と見つめていた。


 あの子、ゆうに似ていたな……。あれが、他人の空似というやつなのかな。


「ぴぎっ!?凛花さん、お金がないのです!!」


 すると、突然ルナが飛び上がり、私の手を凝視している。


 私もハッとして自身の手の中を確認すると、サーっと顔が青ざめていくのが分かった。


「な、なんで!?」


 さっきまで、ちゃんと持っていたのに!?……まさか、さっきの子……。


「おやまあ。おたくもやられたのかい?あの盗賊の子に。」


 すると、近くにいた男性が、私に声をかけてきた。


「と、盗賊?」


「あの子は、この辺りじゃあ、有名な子でね。警備隊も、手を焼いているんだ。両親も盗賊だったんだけど、何年か前に死んでしまってね。少々憐れな子だがな。」


 それを聞いた私は、あの少女の事が、ますます気になった。


 あの子も、両親を亡くしているんだ。そう思うと、余計にゆうと、重ねてしまった。


 私は、心配になりながら、少女が去って行った方向を見つめていた。

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