第23話 ドランヘルツの孤児院にて

 ロキさんの手作りの焼き菓子は、クッキーの様な見た目で、外はカリッとしていて、中はホロっとしており、丁度良い甘さで、美味しかった。

 

 ノアは、いつもの様に俊敏に菓子を口に運び、もはや何個食べたか分からない。体の小さいルナは、既に腹が膨れており、満足げに仰向けに横たわっている。


 あのアリーシャも、顔を綻ばせながら、お菓子をパクパク食べている。こうして見ると、普通の可愛らしい子供に見える。


 アリーシャは、ロキさんが、嬉しそうに自分を見ている事に気が付くと、ハッとし、咳払いすると、すぐにムスッとした表情に戻ったが、それでも食べ続けている。


 隣に並んで座っている子供たちも、幸せそうに頬張っている。何だか、私の孤児院を思い出す。


 家の中を見渡すと、壁には子供が描いたであろう絵が何枚も飾られており、部屋の隅には、先程まで遊んでたであろう、オモチャが散らかっている。それを見た私は、少し懐かしさと寂しさが入り混じり、複雑な気持ちに襲われた。


 ……皆、元気にしてるかな。真希とゆうにも、早く会いたいな。


 そう思いながら、俯いていたら、そんな私の胸の内に気付いたのか、ノアが心配そうに、私の顔を覗き込んできた。


「……凛花、どうしたんだ?」


 私は、ハッとすると、慌てて笑顔を取り繕う。


「ううん、何でもないよ?」


「……そうか?そんな風には見えないけどな。ほら、オレの残りの分、全部やるからさ、元気出せよ。」


 ノアは、ニッと笑いながら、自分の分を、私の皿の上に乗せてくれた。


「……ありがとう、ノア。」


 お腹が空いていた訳ではなかったが、ノアがこんな風に気を遣ってくれたのが嬉しくて、私はいつの間にか満面の笑みになりながら頬張っていた。


 

        ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 子供たちは、お菓子を食べ終えると、庭へ遊びに行った。窓越しから、楽しそうに駆け回る子ども達が見える。


 ノアが、その光景を眺めながら、「元気だな。」と、笑顔で言った。


「ええ。これからも、すくすくと元気に育ってほしいです。……そして、いつか子供達にも、バーン様の姿を見せたいものです。」


「でも、精霊様は、基本的には人前に姿を見せないんじゃないの?」


 アリーシャがそう聞くと、ロキさんは、「いいえ。」と、首を横に振った。


「他の精霊様は、そうかもしれませんが、バーン様は違います。」


 そして、懐かしそうに、遠い目で窓越しの空を見上げ、再び話し始めた。空は、すっかり燃える様な茜色に染まっていた。


 ロキさんが幼い頃は、バーン様はまだ眠っておらず、時折、街の様子を見にきてくれたそう。


 バーン様は、すごく熱い性格で、困っている人がいれば、ちょっとした事でも、手を差し伸べてくれたみたい。まるでさっきのロキさんの様だ。


 ロキさんも、街に入り込んできた魔物に襲われそうになった時に、助けてもらった事があった。


 それがきっかけで、バーンの様な男になりたいと強く願い、さらにバーンに恩返しがしたいと、神殿を護る騎士になる事を志す様になった。


 しかし、10年程前、バーン様は、突然姿を見せなくなってしまった。


 そのせいか、騎士たちの士気も弱まり、さっきアリーシャと喧嘩していた時の様に、苛立ちを隠しきれない騎士が段々と増えつつある。


 ロキさんは、そこまで説明すると、表情が暗くなり、フーと、深いため息を吐いた。


「……今ではもはや、バーン様が目覚めるのを信じているのは、私と騎士団長のグレル様だけです。だから、一刻も早く、バーン様を目覚めさせたいのです。」


 そして、真っ直ぐと、私たちを強く見据えると、両手に拳をつくり、机をバンッと強く叩き、そのまま土下座をする様に、頭を下げ、額を机につけた。


「本当にあなた方が、バーン様を救う方法を知っているのなら、教えて頂きたいのです!どうか、お願いします!」


 私とノアとルナは、顔を見合わせ、頷いた。ロキさんは、本気でバーン様を救いたいんだ。


 アリーシャを見ると、流石に疑う余地が無くなったのか、渋々頷いた。


「……あの、どうか、顔を上げてください。もちろん私たちは、旅の目的の為に、バーン様を目覚めさせるつもりです。」


「……旅の目的、ですか?」


 私は、ロキさんに、これまでの事を全て打ち明け、鍵も見せた。


 ロキさんは、三日月の様な細い目を、満月の様にまん丸にしながら聞いていた。


「……な、何とも壮大なお話ですが、その鍵からは、バーン様に似たオーラを感じます。本当なのですね。それに、魔女の力を持っているのなら、精霊様を目覚めさせる事は確かに可能でしょう。」


 ロキさんは、驚きつつも、信じてくれた。私はホッとし、ロキさんは元の細い目に戻ると、微笑を浮かべた。


「もしかしたら、グレル団長にも、事情を説明すれば、神殿内に入れてもらえるかもしれません。あの方も、バーン様の覚醒を心待ちにしておられますから。」


「ん?呼んだか、ロキ。」


 その時、部屋の入り口から声がしたので、視線を向けると、そこには、黒い短髪に、ロキさんと色違いの、青いサーコートを身に纏っている、騎士らしき男性が立っていた。


「グレル団長!良いところに!」


 あの人が、グレル団長さんらしい。ロキさんがグットタイミングだとでも言いたそうに、顔をパアッと輝かせている。


「ん?休憩がてら、お前の手作り菓子を食べに来たんだが、どうかしたのか?……それに、その者達は?」


「グレル団長!もしかすると、バーン様を目覚めさせる事が出来るかもしれません!」


「……ん?どういうことだ?」


 訝しげに眉を寄せるグレル団長に、ロキさんは、私たちの事を、早口で夢中に説明した。バーン様を救えるかもしれないから、興奮しているのかもしれない。


 まん丸と化した目を、キラキラと輝かせながら話すその姿は、まるで趣味について熱く語っているかの様。よっぽど、バーン様の事が大好きなんだなと、私は思わずクスッと笑った。


 グレル団長も、ロキさんの勢いに圧倒されつつも、何度か頷きながら話を聞いていた。


「……な、なるほど……。その鍵は、本当に持っているのか?」


「は、はい。これです!」


 私が鍵を見せると、グレル団長さんは、食い入る様に間近で見つめている。な、何か、緊張する……。


「ほ、ほう……。これが、鍵なのか……。」


 そう呟いた後も、ずっと鍵を見つめ続けている。そのまま鍵に吸い込まれてしまいそう。


 私が引っ込めようか迷っていると、横にいたアリーシャが、両手を腰に当て、グレル団長さんを睨みつけた。


「……ちょっと、いつまで見てるのよ?鍵が本物なのか、疑ってるの?」


 グレル団長さんは、ハッとすると、私から離れ、慌てて笑顔を取り繕った。


「し、失礼。あまりにも綺麗だったもので。ですが、確かに、鍵からは特別な雰囲気を感じます。本物なのでしょう。」


 とりあえず、団長さんにも信じてもらえたみたいで、私はホッと胸を撫で下ろす。


「今すぐ神殿内に入れさせたいのですが、私の同行がないと、無理なのです。私は、仕事が残っておりますので、夜中になってしまうのですが、それでもよろしいでしょうか?」


「はい!大丈夫です!ありがとうございます。」


「それじゃあ、菓子は頂いておくよ。また後でな、ロキ。」


 グレル団長は、机の上に残っていた焼き菓子を、何枚か持って、孤児院を去って行った。


「団長さんも、良い人そうで、良かったですの!」


「だな。今夜中に入れそうだしな。」


「それなら、夜中まで、ここでゆっくり休んで下さい。」


 ロキの提案に、アリーシャが苦虫を噛み潰したかの様な表情になる。


「え……。子供があんなに居るのに、ゆっくり休めないわよ。」


「お前も子供だろうが。」


「何ですって!!」


 ニヤニヤしながら、そう言ったノアに、アリーシャが飛び掛かろうとしたので、私は、まあまあと優しく咎める。


「良いじゃない、アリーシャ。私も、もう少しここに居たいし。」


 私が孤児院育ちである事を思い出したアリーシャは、ハッとすると、少しばつが悪そうに視線を逸らした。


「……まあ、凛花が、そう言うなら、良いけど。」


 私は、アリーシャに微笑むと、外で遊ぶ子供達を、懐かしい気持ちに浸りながら、いつまでも遠い目で見守っていた。


 


 


 


 

 

 




 


 


 

 




 

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