第24話 裏切り者
半月と三日月が真上に、ぽっかりと浮かび上がる真夜中に、私たちは、ロキさんと一緒に、グレル団長さんが待つ、バーン様の神殿へと向かった。
最初はどうなることかと思ったけど、ロキさんのおかげで、無事に神殿に入る事が出来そうだ。
「……ところで、凛花さん。」
ホッと一安心していると、隣を歩くロキさんが、私に話しかけてきた。
「あなたも、孤児院でお育ちになられたのですよね?あなたの世界の孤児院は、どんな感じなのですか?」
「ロキさんの孤児院と、ほとんど同じですよ。子供達の笑いが絶えない、優しくてあったかい、自慢のお家です!だから、ロキさんが孤児院の事を、“家”って言ってくれた時、何だか安心しました。」
私が笑いながら、そう言うと、ロキさんもクスッと優しげに微笑んだ。
「自分が生まれ育った、大切な家ですからね。私も、凛花さんが同じ印象を抱いていたので、安心しました。」
まさか、異世界でも、孤児院の話を共有できる人がいるとは思わなかったので、すごく嬉しかった。
ロキさんと話に夢中になっていると、ノアが袖を軽く引っ張った。
「ほら、もうすぐ着くぞ。」
気がつくと、神殿は、もう目と鼻の先だった。
ノアを見上げると、なぜだか、少し不機嫌そうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「…………いや、何でもないよ。」
と、言いながらも、少し視線を逸らすノア。
そんな私たちの様子を、アリーシャがニヤニヤしながら見上げている。
「ノア、ヤキモチ妬いてんの?」
「やきもち?何だ、そりゃ。」
ヤキモチの意味を分かっていないみたい。……でも、ノアがヤキモチを妬いたの?いやいや、それはないと思うけど……。
と、思いつつ、内心、少し期待しながら、ノアを見つめていたら、もう既にロキさんが神殿の前で待っている事に気が付き、私たちは慌てて走り出した。
しかし、神殿の前には、グレル団長どころか、見張りの兵士も居なかった。ロキさんが首を傾げながら、周りを見渡している。
「……おかしいですね。見張りが一人もいないなんて。」
「確かに。いくら真夜中でも、ありえないわ。」
「私、何だか寒気がしてきたのです。」
ルナが全身の毛を、身震いしながら逆立たせた。私も心なしか、少し寒くなってきた気がする。
すると、近くで足音がしたので、私たちは一斉に、その方向へと視線を向けた。
そこには、グレル団長さんが立っていた。だけど、どこか様子がおかしい。
夕方に見せていた、あの優しげな面影は、少しの欠片もなく、冷徹な瞳で、私達を睨みつけている。月に照らされている為か、顔面が不気味なほどに白く見える。
「グレル、団長……?」
さすがにロキさんも、違和感を感じ、恐る恐る団長さんに声をかけると、団長さんは、フッと不気味な笑みを浮かべた。
「……やはり、あの方のおっしゃる通り、エアルを解放した次は、バーンの元へとやって来たな。しかも、そこのバカなお人好しのお陰で、すぐにお前らだって分かったから、僥倖であったな。」
団長さんは、顔を醜く歪ませ、不気味な笑い声をあげている。まるで別人の様。
それに、あの方って…………、まさか!
「あなたは、精霊様を封印した白魔のことを知っているの!?」
「ああ。知っているも何も、オレは10年程前から、あの方にお仕えしている。」
ロキさんが、細い目を見開かせ、信じられないと言う様な表情をしている。
「そんな……!グレル団長は、バーン様を目覚めさせたいって、あれ程……!」
「精霊など、どうでも良い!!」
グレル団長は、そう強く吐き捨てると、腰にさしてあった剣を抜刀し、それと同時に黒い斬撃の様なものを飛ばしてきた。
「危ない!」
私が叫ぶと同時に、ノアが前に出て、白魂を纏わせた拳で、斬撃を薙ぎ払った。
白髪に戻ったノアを見て、グレル団長は「やはりな。」と、軽い笑みを浮かべた。
「白魔もいたのだな。お前もオレたちの元へ来るか?あの方は、きっと歓迎してくれる。」
ノアは、キッと、グレル団長さんを睨みつけた。
「嫌だね。お前らみたいな連中とは、つるみたくないね。」
「……そうか、残念だ。仲間になれば、あの方と共にいる黒魔女様の力も得られると言うのに。」
グレル団長は、黒いオーラを纏った剣を見せびらかせながら、残念そうに、そう言った。
「……黒魔女も一緒にいるの!?」
「そうだ。黒魔女様も、偉大な魔力をお持ちだ。精霊を封印出来る程にな。そして、先日、この力を授かった時に、この力を使って、お前らを始末しろと、命令を下された。」
それを聞いたアリーシャが、舌打ちをしながら短刀を抜き、構えると、私たちの前に出た。
「凛花とルナとノアは、先に行きなさい!こいつは、私が足止めするわ!」
「でも……!」
「いいから!私、こいつみたいな裏切り者が、一番大っ嫌いなのよ!一発やらないと気が済まないわ!」
そう声を荒げ、完全にやる気のアリーシャだが、相手が普通じゃない以上、どんな攻撃をしかけてくるかも分からないのに、一人にするわけにはいかない。
「凛花、行くぞ!」
アリーシャと共に戦おうと決意しかけた時、ノアがヒョイと私を抱き上げ、一気に神殿の扉へとジャンプした。
「ちょっと、ノア!アリーシャ一人じゃ……。」
「アリーシャは、そんなヤワな奴じゃない。それに、一人じゃないみたいだぜ。」
「え……?」
その時、私とノア目掛けて、鋭き黒い斬撃が飛んできた。それと同時に、ロキさんが私たちの目の前に、護る様に立ちはだかり、大剣を構えた。
「純霊結界!!」
ロキさんは、そう叫ぶと同時に、大剣を地面に突き刺した。
バチッ!!!
すると、私とノアとロキさんを囲む様に、真っ白なバリアが張られ、斬撃を弾き返した。
ロキさんが大剣を地面から抜くと、バリアはスウーッと消えた。あの剣が、バリアを張ったの?
ノア、ルナ、アリーシャも、驚いてロキを見ていた。あの大剣も、アリーシャの雷の短刀の様に、珍しい武器なの?
「……あなた方は、先に行ってて下さい。私も、グレル団長……いや、この裏切り者に、粛正を与えなくてはいけません。」
ロキさんは、振り返らずに、鬼気迫る声でそう告げた。顔は見えずとも、怒りに満ち溢れているのが分かるぐらい、後ろ姿からは強い気迫を感じる。
「……ああ、分かった。」
ノアは、そう頷くと、再び扉に向かってジャンプし、そのままの勢いで、白魂を纏わせた右足で、思いっきり扉を蹴り壊し、神殿内に入った。
私は、二人をチラと振り返ると、両手を握りしめ、どうか無事でいますようにと、強く祈る。
中に入るとすぐに、地下へと続く階段があり、ひたすら下っていく。
しばらくすると、下から黒いモヤが漂い始め、私たちはハッとした。
「このモヤは、エアル様の森の時と同じなのです!」
ルナは、全身の毛がよだつように身震いしながら、そう言った。初めて見たけど、やっぱり、このモヤがそうなんだ。ということは、この近くに、バーン様が居るはず。
「……あ!あの結晶!」
階段を下りきった先の、広い部屋のど真ん中に、赤々と燃える様に輝く、大きな結晶があった。きっと、あの結晶に触れれば、バーン様が目覚めるはず!
しかし、そう簡単に触れさせてはくれない。部屋全体を漂っている黒いモヤが、結晶の前に吸い込まれる様に、集まり始める。
結晶の番人だ。ルナは、弓矢に変化し、私の手に収まり、ノアは白魂を両手に纏わせる。
モヤは、黒い炎と化し、大きく燃え上がると、少しずつ人の形を作り、やがて全身を黒い炎で覆われた、巨人の姿へと変貌した。
身を焦がすほどの、強い熱気が伝わり、私は一瞬怯んでしまった。
「……熱いな。凛花、気を付けろよ。」
「……うん、分かってる。」
私は、震えかけた拳をギュッと握り締め、弓矢を炎の巨人に向けて構えると、炎の巨人を見据えた。
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