第8話 不穏の影 (凛花・ルカ視点)

【凛花視点】


「……はい、これで良し!」


「……ん。あんがと。」


 ノアの傷を完治させると、ノアはお礼を言ってくれたが、その横顔と声音は、少し不貞腐れている。


「ノア、まだ拗ねてるの?」


「いや、別に、凛花がアイツらを許すって言うなら良いけどよ。」


 ノアは、そう言いながら、私の腕に巻かれた包帯を、じっと見つめている。


「……私なら大丈夫だよ。傷はそんなに深くなかったし。」


 と、ニッコリと笑い、腕をブンブンと振って見せたが、それでもノアは納得がいかない様子で、少し離れた位置から静観している、ルカとマオを睨みつけた。


「……で、アンタらは、凛花にちゃんと礼を言ったのかよ。」


「……別に、助けてくれなんて、一言も言ってないわ。どうせ、助けてあげたから大人しく外に出てくれっていう作戦なんでしょ?」


「てめえ!凛花はそんなつもりじゃ──」

「凛花はそんな人じゃない。凛花は、かつて敵である私ですらも救ってくれた。条件付きで人助けなんてしないわ!」


 ノアの言葉に重ねる様に、近くに居たラビーが、そう強く反論してくれた。


 ……さっき、リアンとラビーが居る事に気が付いた時は、正直驚いた。まさか二人が協力してくれる日が来るなんて、夢にも思わなかったから。


 でも、ラビーの怒気が込もった声と、真剣な瞳からは、本気で私達に協力してくれているんだと、よく分かる。


 ルカが歯軋りしながら、反論の言葉を考えている間に、リアンが口を開いた。


「オレもハーフだから、君の気持ちも分からなくはない。だから君が、この世界に残りたいなら、そうすれば良い。……だが、いつ滅びを迎えるか分からないこの世界に、いつまでも閉じ込もっていても、何も変わらないぞ。」


 ルカは、ハッとするも、次の瞬間には赫い瞳に変化させ、キッと睨みつけてきた。


「──うるさいわね!アンタに、私の気持ちなんて分かるわけがない!同じハーフだからって、分かった様な気にならないで!!」


 そう鬼気迫る表情で怒鳴ると、ルカは溢れ出た涙を隠すように背を向け、一瞬でどこかへと去ってしまった。


「…………確かに、アンタの言う通りだ。だが、ルカにとっては、自分だけの世界が全てなんだ。」


 マオも、悲しげな表情で、そう言うと、ルカの後を追う様にして走り去った。


「……リアン、女の子を泣かせちゃったわね。」


「これだから、女の子は苦手だ。」


 ラビーが冷めた瞳で、リアンをジロリと睨みつけると、リアンは肩をすくめ、やれやれと言った様子で、ため息混じりに苦笑した。


「……なあ、ルカって奴の事、放っておけないんだろ?これからどうする?」


 そんなラビーとリアンを尻目に、ノアは私に相談してきた。


「出来ればもう一度、ちゃんと話をしてみたい。」


「……まあ、厳しい気がするけどな。」


「そうだけど……、何だか、急いだ方が良い様な気がするの。」


 私はそう言いながら、ラビーが開けた白い空間を見上げた。


 この世界に穴が開けられた事によって、ルカのマナの消費が、格段に早まっているはず。

 もちろんあの子は、それに気が付いていて、内心かなり焦っているはず。なら尚更、このまま放っては置けない。


 そう思い、ルカの元へと走り出そうとした、その時──


「凛花さーーん!ノアさーーん!」


 上空から聞き覚えのある、可愛らしい声が降ってきて、私とノアはハッとして見上げた。


「ルナ!」


 わたあめの様な、モフフワの妖精──ルナが、空の白い空間から舞い降りてきた!


 久しぶりの再会に胸が踊る一方、引っかかる事がある。


 オリジン様の元で忙しく活動しているルナが、自らの仕事を中断させてまで、この世界にやって来たという事は、この世界で、何か良くないことが起ころうとしているのかもしれない──。


 



【ルカ視点】


 ……凛花が、さっき私に掛けてくれた、治癒の魔法。


 ──認めたくないけれど、すごく、心地が良かった。


 頭を撫でられた様な、体を優しく抱きしめてくれた様な、どれも私が今まで感じたことのない、不思議な感覚がした。

 あれは、凛花の心が、魔法として表れているのかしら?


 ……あの人なら、私を救ってくれるのかもしれない。


 ──でも、外は怖い。


 葛藤を抱えながら、走り回っていた私は、気がつくと集落の広場に辿り着いていた。


「ルカ?どうしたんだ、そんなに慌てて。」

「汗が酷いよ?大丈夫?」

「やっぱり、さっきの地震と何か関係があるの?」


 集落の白魔や黒魔女──仲間達が、みんな心配して駆け寄ってきた。


 この世界に招き入れた仲間は、みんな私に恩を感じていて、私がハーフだからと蔑む者は誰一人いない。皆、良い人達だ。


 ……だからこそ、心配をかけてほしくない。


「……私は大丈夫。さっきの地震も、ただの地震だから、安心して。」


 そう、ニッコリと笑ったが、その反面、内心は焦りを感じ始めていた。


 さっき、ラビーがこの世界に穴を開けたせいか、この世界を維持させるために必要なマナの量が、倍に膨れ上がっている。


 体内のマナの消費量が激しくなり、体が汗ばむ度に、凛花とリアンが言っていた言葉が、何度も頭を過ぎった。


 ── あなたの魔力だけで、この世界を維持し続けるのは、無理だと思う。今は平気でも、いつかは崩壊してしまうよ。


 ──いつ滅びを迎えるか分からないこの世界に、いつまでも閉じ込もっていても、何も変わらないぞ。


「……そんなの、分かってる。」


 皆に聞こえないぐらいの小さな独り言を呟くと、皆に背を向け、


「もうちょっと、散歩してくる。」


 と言い、集落のそばにある、森の中へと入っていった。




 しばらく一人で森の中を歩いている内に、昔の事を思い出していた。


 私は物心ついた頃から、親はいなくて、いつも一人ぼっちだった。一人は嫌だった。

 人間でもなく、白魔でもなく、黒魔女でもない私は、どの種族からも仲間として受け入れてもらえず、長い間、心と体に傷を抱えながら、ずっと一人で彷徨っていた。


 ──寂しくて、悲しくて、怖くて。


 ──消えたかった。





 ──そんなある日、私の魔力は、ハーフであるにも関わらず、遥かに強大な力を秘めていた事に気が付き、試しに自分だけの小さな世界を創ったところ、見事に成功した。


 この世界には、敵は居ない。お日様と青空の下で、伸び伸びと過ごせるし、窮屈で暗い洞穴の中で、息を潜めながら眠る事も、もうしなくて良いんだ。


 最初は、かつてない安息感に満たされて、すごく嬉しかった。


 ──でも、一人である事には変わりはない。


 そう気付いた瞬間、再び、心の中には虚しさが広がった。


 モヤモヤが続いたある日、食糧調達の為に、外の世界に出て行ったその時に、傷付き倒れている、マオに出会った。


 最初は、放っておこうと思っていたけど、マオの苦しそうな寝顔を見て、自分と重ねてしまい、しばらく迷った挙句、私の世界に連れて帰ってしまった。


 もし、私に危害を加えようとしても、こんな弱った状態だったら、余裕で捩じ伏せられる。

 そう思い、この人が回復したら、さっさと出て行ってもらうつもりだった。


 ……が、目が覚めたマオは、予想とは裏腹に、笑顔でお礼を言ってくれた。


 誰かから、お礼の言葉を言われるのは、生まれて初めてで、その時の私は、目を見開いて、ずっと固まっていた。


 私の様子を、不思議そうな顔で見つめるマオの瞳は、優しくて、どこか安心感があった。


 結局、私は、マオを追い出さず、一緒に行動することになった。


 そうしている内に、自分の過去と、心に抱いているモヤモヤについても、自然とマオに話せる様になった。


 そうしたらマオが、自分の時の様に、白魔や黒魔女達を助けて、この世界に誘ってあげれば良い。そうすれば、皆、ルカに感謝して、ルカは寂しくなくなるんじゃないかって。


 そうして、少しずつ、傷つき弱っている白魔や黒魔女を助けていき、この世界に活気が生まれた。


 ……外の世界は、私にとっては虚空の世界。


 そんな世界に、戻りたいなんて思わない。

 何としてでも、この世界を維持させなければいけない。


「……どうすれば……」


「ルカ。」


 悩んでいたその時、私を呼ぶ声に振り返ると、そこにはマオがいた。


「……ねえ、マオ……、私……どうすれば……いい?」


 自分でも驚く程、息が絶え絶えになっていて、額からは、滝の様な汗が流れていた。

 思っていたよりも、マナの消費が激しくなっている。


 そんな私を見て、マオは、悲しそうな顔をしたと思ったら、突然、私を抱きしめた。


「……ルカ。もう、この世界は終わりにしよう。凛花達の言うように、外の世界に帰ろう。オレも、皆も一緒だから。」


「……嫌……だ。」


「……凛花の治癒魔法、何だか、暖かかった。心の芯にまで届く、太陽の光の様な、そんな優しさを感じた。

 あの人なら、きっと、ルカを辛い目に遭わせる様な事は、しないと思う。ルカだって、そう感じたんじゃないか?」


 ──それでも、嫌だ。


 そう声にしたいのに、とうとう、声が出せなくなってきた。全身の力も、少しずつ抜け始めてきた。


 このままだと、抵抗する暇もなく、あっさりと外へ連れて行かれてしまう……。


 どうしようと思考を巡らせていたその時、ぼんやりとする視界の中に、突然、一つの黒い光の玉が、フワフワと飛んできて、私の目の前でピタリと制止した。


 とうとう幻覚まで見えてきたのかと思ったが、次の瞬間、光の玉から、声が聞こえてきた。


『──あなたの体を頂戴。』


 ──誰?


 声は出せないけど、光の玉には、私の心の声が聞こえるらしい。


『あなたの体を、私にも使わせてくれれば、この世界を救ってあげる。』


 ──よく分からないけど、この世界に居られるなら、何でも良い。


 心の中で、そう告げると、黒い光の玉を受け入れる様に、私は静かに目を閉じた。

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