第7話 怒りの烈風 (凛花・リアン・ルカ視点)

【凛花視点】


 地震の後、少し遠くの空に、白い空間がパックリと開かれ、そこから人影が降りてくるのが見えた。


 一瞬だったから、よく見えなかったけど、アレは絶対にノアだ。ノアが助けに来てくれたんだ。


 ……けど、そう安堵したのも束の間。

 焦燥しきったマオが、その方向へと全速力で走り去ったのを見て、もう嫌な予感しかしなかった。


 だから、早く追いつかなくてはと、私も全速力で走っているのだけど……、私の全速力では、到底追いつかないし、空間までの距離が地味に遠い。


 堪らず、近くの木に手をつき、乱れた呼吸を整えた後、両の手の平を、自身の足へと当てながら、目を閉じた。


 周りの風を、自分の手の中に集まるイメージを、頭の中で思い描きながら集中すると、すぐに、そのイメージ通り、周りの風が吸い込まれる様に、私の手中に集まった。


 集めた風のマナを、足に付与すると、すぐに、足の中で風が駆け巡る感覚を感じ、今までの疲れが嘘の様に吹き飛び、足が軽くなった!


「……よし!これで追いつけるはず!」


 私は、大地を思いっきり蹴り、まるでバネの様になった足で、再び空間の元へと走り出した。



【リアン視点】


 強い打撃音と共に、ぶつかり合う拳と拳。


 そして、拳を纏う破浄魂同士が、バチバチと黒い火花を散らし、空気を激しく振動させていく。


「そこをどけ!!」


「どいたら、ラビーが危ないだろう?だから断る。」


 目の前のマオという男は、随分と焦っている様だな。さっきから、あの少女をチラチラと気にしているし、力み過ぎて隙だらけだ。これでは深化の力を使うまでもないな。


「……つまらないな。」


 僕は、そう吐き捨てると、マオの顎を蹴り上げ、浮き上がった腹に拳を叩き込んだ。


 マオは血反吐を吐きながら、地面に膝をつき、未だ鋭い目つきで、僕を睨み上げる。


「……あんたも、ハーフなんだろ?だったら、あんたなら分かるだろ?ルカの苦しみが!それなのに、ルカを傷付けるのか!?」


 ……だから、僕は傷つけていないと言っているのに。まあ、信じてもらえないだろうが。


「……だったら何だ?僕は、あの女には興味ない。ノアに手を貸してやっているだけだ。」


「興味ない……だって?」


「それに、あの女は凛花に手を出したと言っていた。先に手を出したのはそっちだろう?だったら、ノアがブチ切れるのは当然だと思うがな。」


 そう正論を述べたのだが、腹の痛みを忘れ、怒りを露わに立ち上がったマオの耳には、当然届いていない。


 ……興味ないは、さすがに言い過ぎたか。

 ルカという少女の苦しみは、他の誰よりも想像できる。だから、哀れみを全く感じていない訳ではない。


 そう弁解しようとしたが……もう遅い。

 マオの殺気が、どんどんと膨れ上がり、彼の拳を纏う黒い破浄魂も、その心に合わせて、赤黒く変色していく。


「……あんたがハーフだから、少し手加減していたが、もう容赦しない。」


「いらない気遣いだったね。これでも僕は、一度、世界を滅ぼしかけた事がある。ハーフだからって舐めない方が良いよ。」


 そうフッと笑い、指で挑発した途端、マオはだらんと両腕をぶら下げ、獰猛な笑みを浮かべると、フッと姿を消した。


 そして、次の瞬間──目の前に鋭い爪の先が現れ、眼球を抉ろうと迫ってきた。


 驚いて咄嗟に避けるも、視認できない速さで、右腹部を抉られ、さらに──右肩に噛みつき、鋭い牙で骨にまで食い込んできた!


「──ぐッ!!」


 何だこいつは!まるで獣の様だ。さっきよりも格段にスピードが上がっているどころか、爪も牙も、まるで刃物の様な切れ味だ!


 僕は左拳で、マオを殴りつけ、引き剥がそうとしたが、それよりも一瞬早く、マオの方が先に、肩を噛みちぎりながら、僕から離れた。


「……チッ。とんだ白魔も居るもんだな。」


 初見タイプの白魔を目の当たりにして、背筋が寒くなるのを悟られまいと、笑みを貼り付けながら、そう呟く。


 右肩は、かなり抉り取られたが、骨を持っていかれなかっただけ、まだマシか。

 ……だが、出血が酷いな。早く終わらせないと。


 僕は、ドクドクと血が溢れ出る右肩から、手を離すと、本気を出そうと、背中に破浄魂を纏わせ、黒い翼を生やした。



【ルカ視点】


 ……あの金髪だった、リアンと呼ばれた男も、まさかハーフだったとはね。でも、私とは違って、恐らく人間の血が混じっているのだろう。


 それでも、人間の血が混じっているとは思えない程に、マオと張り合おうとしている。


 リアンは今、黒い翼を生やし、そこから羽の様な黒い刃を飛ばし始めた。

 同じハーフなのに、私には再現出来ない技だわ。彼はきっと、長い年月を懸け、血の滲む努力を繰り返してきたのだろう。


 マオは驚きつつも、避けながら素早く前進し、鋭い爪で首を抉ろうとするも、リアンは翼で防御し、解いたところで拳で猛ラッシュを浴びせ、対抗しつつある。


 マオも負けじと、隙間を狙って反撃しているが、明らかにリアンは、さっきよりもスピードや拳の威力が上がっている。


 ……マオは、大丈夫かしら。


「よそ見すんな!」


「──ッ!」


 私はハッとしながら、マオから視線をそらすと、ノアと呼ばれた男の拳を避け、上空へと滑空した。


 しかしノアは、普通の白魔のはずなのに、両足に風を纏わせると、私に向かって飛び上がってきた。

 きっと、ラビーと呼ばれた、あの黒魔女がマナを付与したのね。


 ……でも、さすがに風のマナの扱い方は、私よりも慣れていない様ね。

 その証拠に、私を通り過ぎて、さらに上空へと滑空してしまったわ。


「くっ……!ムズいな、コレ。」


「ノア、落ち着きなさい。マナは使用者の心に作用するものなのよ。」


 地上からラビーが、そうアドバイスしたけど、マナを使えないド素人が、すぐに使いこなせるとは思えないわ。


 そう鼻で笑いながら、私はノアの背後に一瞬で回り、手の中に風の球を作ると、それを掌底のポーズで、ノアの背中へとぶち込んだ。


 体をのけぞり、肺の中の空気を一気に吐き出しながら、勢い良く吹っ飛ぶノアの体を、突如現れた巨大な泡の球が、ポヨンと優しく受け止めた。


「……ゲホッ!……さ、サンキュー、ラビー!」


「ええ。……それよりもノア、風のマナに集中するのではなくて、相手に集中させた方が、自然とコントロール出来ると思うわ。」


 ノアは、ラビーのアドバイスに頷くと、泡の上に立ち、一度深呼吸すると、さっきよりも鋭い目つきで、私を見据えた。


 ……まさか、そう簡単に上手くいくはずはないわ。ノアが再び、私を通り過ぎたところで、カウンターを仕掛けて──


「──ッ!!?」


 私の思惑とは裏腹に、ノアは一瞬の速さで、正確に私の目の前まで移動し、風のマナと破浄魂を纏わせた両拳で、ラッシュし始めた!


 そのまま反撃する暇も与えず、私を遥か上空から地面へと叩き落とし、さらに追撃しようと、急降下してきた!


「──チッ!」


 私は、瞬時に地面に手をつき、そこへ大量のマナを注ぎ込んだ。


 すると、私の周囲の地面だけ、ボコボコと激しく胎動し、次の瞬間には、そこから黒いマグマの柱が何本も突き上げ、ノアに向かって伸びていった。


「────ッ!!」


 ノアは、一瞬だけ目を見開いたが、私から視線を外す事や、スピードを緩めることもなく、器用に空中旋回して避けながら、私へと迫ってきた。


 ……が、私がニヤリと笑ったのを見ると、嫌な予感がしたのか、ハッとして振り返った。


 ノアの背後には、先程、自分が避けたマグマの柱が、弧を描く様にして旋回し、再びノアの体を貫こうと、すぐそこまでに迫っていた。


「ッ!やべっ!」


 ノアが、無駄な防御の姿勢をとろうとした瞬間──


「ノア!拳を構えていなさい!」


 と、ラビーが叫び、その直後、ノアを貫くはずだったマグマの柱が、何故か勢いが弱まり、やがて、あらぬ方向へと旋回してしまった!


「なっ……!」


 何が起こったのかと思い、目を凝らしてよく見てみると、ノアの背後に、巨大な泡が出現しており、それがマグマの勢いを吸収し、さらに軌道を逸らしてしまった様だ!


 そして、ラビーの言いつけ通りに、すでに拳を構えていたノアは、巨大な泡を使い、さらに勢いを増して、私へと渾身の一撃を叩き落とそうとしている!


 次に、どうするべきか、焦る気持ちが募り始めた、──その時だった。


「ノア!やめて!!」


「……え?うわッ!?」


「──ぐはッ!?」


 突然、ノアの体に烈風が襲い、そのままリアンへと、勢い良くぶつかると、二人は地面へと倒れ込んでしまった。


 私とマオや、ラビーでさえも、ポカンとしながら二人を見つめていると、一人の少女の怒った声が響き渡る。


「ノア!ダメでしょ!女の子を痛めつけちゃあ!」


「……は?凛花……?」


 ……この戦いに終止符を打ったのは、意外なことに、凛花の怒鳴り声だった。


 また、この人の凄さを痛感してしまった気がする。

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