第6話 開戦 (ノア視点)

 白い空間を抜けた先には、元の世界と変わらない、夜の平原が広がっていた。


 ……が、ここは間違いなく、創られた世界だ。


 何故ならば──平原の中心に、この世界の創造主であるピンク髪の少女が、悠然とオレ達を見上げ、待ち構えていたからだ。


「……アイツか?」


 オレは、そう尋ねたリアンに頷きながら、地面へと降り立つと、目の前の少女を、キッと睨みつけた。


「──てめえ!凛花は何処にいる!」


「……凛花?……あの女の人の事ね。それなら私の家にいるわ。」


「……手え出してないだろうな?」


「……出したわ。」


 次の瞬間、オレの中の何かが、ブチッと音を立てて切れ、それを合図に、オレは破浄魂を全快に、猛然と殴りかかった。


「──ッ!!」


 しかし、オレの右拳は、少女の手前で止められてしまった。


 少女とオレの間には、水で薄めた墨の様な、黒混じりの半透明の壁が隔てられている。

 どうやら少女が、突き出した左手で、バリアを張った様だ。


 少女は、白魔の姿へと変化へんげすると、真っ黒な破浄魂を纏わせた右拳で、バリアをすり抜け、オレの顔面を思いっきり殴りつけた!


「……チッ!」


 後方へと吹っ飛んだオレは、すぐに体勢を整えると、すぐそこまで追いかけてきた少女の二撃目を、スレスレの所でかわし、そのまま鳩尾に拳をめり込ませた。


「────ッ!!」


 少女は、よろけるも、左手をオレへと突き出し、ゼロ距離で黒い火球を放ってきた!


 ──が、オレと少女との間に、突如、突風が吹き荒れてくれたお陰で、火球との衝突は回避できた。


「……サンキューな、ラビー。」


 オレは、チラと振り返り、風の魔法を放ってくれたラビーに礼を言った。


「どういたしまして。……それにしても厄介なものね。破浄魂も魔法も、両方使えるなんて。」


 少女は、素早く間合いを取ると、目を丸くして、ラビーを見つめた。


「…………驚いたわ。あなたは黒魔女なのね。黒魔女なのに、凛花の仲間なの?」


「仲間……というか、友達かしら?……まあ、どちらも同じかもね。とにかく、凛花を早く返してちょうだい。」


 それを聞いた少女は驚き、やがてニヤリと笑った。


「……へえ。魔女と黒魔女は、敵同士なはず。それを仲間と呼んでいるということは、やっぱり凛花はそれ程、人望が強いのね。それを聞いたら、ますます返してあげたくないわ。」


 少女は、そう言うと、右手に黒い破浄魂を纏わせ、再び身構えた。


「は?何だと──」


 言いかけている途中、少女が一瞬で、オレの目と鼻の先に移動し、拳を突きつけてきた!


 少女の速さに驚きつつも、ギリギリで躱し、少女の腕を掴もうとしたが──フッと一瞬で姿を消され、驚く暇もなく、背中を蹴られ、同時に複数の刃物に切り刻まれたかの様な痛みに襲われた!


「──チッ!」


 オレは何とか踏ん張り、振り返りつつ殴ろうとするも、少女はフワリと避け、月が浮かぶ夜空へと舞い上がった。


 よく見てみると、両足に、黒い竜巻を纏わせている。風のマナで、スピードを格段に上げ、さらに触れた対象に、竜巻で切り刻めるのか。

 

「ノア、これを。」


 するとラビーが、オレの肩に触れ、マナを込めた。オレの体内に、風が吹き抜ける様な感覚を感じ、体も軽くなった様な気がした。


「ノアの身体に、私の風のマナを送り込んだ。私は、あなたのサポート役に徹するわ。」


 以前に、凛花もオレに風のマナを纏わせてくれた事があった。それと同じ様な事をしてくれたのか。


「サンキュー、ラビー。」


「ええ。……ところで、リアンは手伝ってくれないの?」


 ラビーは、少し遠くの木の影で傍観しているリアンを、じとっと横目で睨みつけたが、リアンは涼しい顔でフッと笑った。


「……今はとりあえず、見守る事にするよ。少女一人を相手に、男二人が挑むのはどうかと思うしね。」


「まあ、それに関しては、オレも同意見だ。」


 オレがそう頷き、身構えたその時だった。


 右側から迫り来る気配を感じ、ハッとして見ると、一人の白魔の男が、殺気立った赫い瞳でオレを捉え、物凄い勢いで迫っていた!


 すると、リアンが瞬時に、オレと男の間に移動し、白魔の姿になると同時に、自らの拳を男の拳にぶつけ、受け止めた。


「マオ!?」


「チッ!……あんたら、寄ってたかって、ルカに何しようとしてんだ!!」


 マオと呼ばれた白魔の男は、舌打ちをし、間合いを取ると、オレ達をギロリと睨みつけた。


 マオの目つきに怯えたのか、ラビーが、ササッとリアンの背後に隠れると、リアンはラビーを護る様に腕を広げた。


「……あんたって……。僕は手を出していないんだけどね。……ラビーが怯えてるから、その目つき、やめてくれないかな?」


 いつもの口調で、だが声のトーンは低めで、リアンは静かに、そう言った。


「──悪いが断る。」


 だがマオは、より一層赫い目を鋭くさせ、リアンに負けないぐらいの低いトーンで、そう告げると、拳に破浄魂を纏わせた。


「……この男の相手は、僕が引き受けるから、君はノアのサポートを続けてくれ。……大丈夫。ラビーには手出しさせないから。」


 そう言い、ラビーへと振り返ったリアンの横顔は、柔らかな笑みを浮かべていた。


「…………分かった。」


 ラビーは、その横顔を見て、素直に頷くと、そっとリアンの元を離れ、再びオレの背後へと戻ってきた。


「……ノア。ラビーには傷一つ付けさせるな。」


「ああ。当たり前だ!」


 リアンとオレは、約束を交わし、それぞれの相手へと向けて、拳を構えて跳躍した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る