第5話 ルカとマオ (凛花・ルカ視点)

【凛花視点】


 外ではいつの間にか、すっかり夜になってしまったみたい。

 家の中では、小さなランタンの仄かな光のみになってしまい、ほとんど何も見えない状況だった。


 私は部屋の隅で、体育座りをし、ランタンのユラユラと揺れる光を、ぼんやりと見つめながら、あの少女──ルカについて考えていた。


 ルカも、きっと、外の世界で、辛い目に遭わされてきたはずだ。それなのに私は、あの子の事を何も知らないのに、さすがに強引すぎたよね……。そりゃあ、傷つけられて当然だと思う。


 ため息を吐き、不意に顔を上げると、さっきよりも更に、暗闇と化していく少女の部屋を見て、何だか少女の心の内を表している様で、段々と心配になってきた。


「あの子、こんなに狭くて暗い部屋で暮らしていて、心細くないのかな?人間じゃなくても、寂しくなると思うんだけどな……。」


「……あんな事をされたのに、私の心配をしているの?」


 つい出た口を抑え、ハッとして部屋の扉を見やると、丁度、ルカが怪訝な表情をしながら部屋に入ってくるところだった。


「……私の事よりも、自分の心配をするでしょう?普通は。」


 ルカは胡散臭そうに、そう言いながら、私の目の前に座ってきた。


 私は、バクバクと鳴る心臓を押さえながら、ゴクリと唾を飲み込み、恐る恐る口を開いた。


「……あなた……ルカって言うんだよね?ずっと、こんな場所で生きていくつもりなの?」


 ルカは、わざと大きなため息を吐くと、じとっと私を睨みつけた。


「当たり前よ。ここには私を蔑む者は居ない。あなたにとっては、こんな場所でも、私にとっては、唯一無二の楽園なのよ。」


「でも、あなたの魔力だけで、この世界を維持し続けるのは、無理だと思う。今は平気でも、いつかは崩壊してしまうよ。だから──ッ!」


 話の途中で、ルカは私の両腕を素早く掴み、真っ赤に染まった瞳で、ギロリと睨みつけてきた。


「……また外に出ようとか言うつもり?」


 そして、出血が収まりかけていた傷口に、爪を立ててきた。


「────ッ!!!」


 血が吹き出し、怯みかけたが、それでも痛みと恐怖に負けない様に、私はグッと堪えると、ルカの真っ赤な瞳を、真っ直ぐと見据えた。


「………………あなた、面白いわね。」


 ルカは、しばらく私の瞳を見つめている内に、何故かフッと笑った。


 私がそれを見て、驚いたその時だった。


「……おい、ルカ。その辺にしとけ。」


 男の人の声が聞こえたので、二人でハッとして、扉の方を見ると、そこには、ツーブロックの髪型をした一人の白魔が立っていた。


「……言われなくても、そうするつもりだったわ。」


 ルカは私から手を離し、白魔の少年へと向き合うと、喜悦に満ちた表情で、楽しそうに語り始めた。


「それよりも、この人、面白いのよ。私の脅しに屈しないのよ。やっぱり、この人が、私達の聖女様に相応しいと思うわ!」


 それを聞いた少年は、額に手を当てて、ため息を吐くと、呆れ顔になった。


「……また弱い者イジメでもしてたのか?そういうやり方は、後で事態をややこしくさせるかもしれないと、前にも言っただろう?」


「だって、あの人、私たちを外の世界へと連れ出そうとしたのよ?だって、そんなの嫌でしょう?」


「……まあ、嫌というか……オレは、ルカの考えに従っているだけだ。……とにかく、これ以上、お前があの女の人を説得させるのは無理だ。オレが話してみるから、お前は少し頭を冷やしてこい。」


「……分かったわ。」


 随分と親しいのか、マオと呼ばれた少年の提案に素直に従い、ルカは部屋を後にした。


 ルカが去って行ったのを確認すると、マオは扉を閉め、私へとゆっくりと歩み寄ってきた。


 私がビクッと肩を揺らすと、マオは、八重歯がよく似合う、明るい笑顔を見せてきた。


「オレは、あいつとは違って紳士だから。ほら、手当てしてやるから。」


 マオは、いつの間にか手にしていた包帯をチラつかせると、私の腕に優しく触れ、テキパキと丁寧に、包帯を巻いてくれた。その手際の良さに、私は思わず感心してしまった。


「ごめんな。……ルカは、他人との関わりに、まだ慣れていないんだ。親からも見捨てられて、ずっと一人で生きてきたから。」


 マオは謝った後、ルカが去って行った扉を、悲しげな瞳で見つめ、そう語った。


「…………ルカの事、大事に想っているんですね?」


「ああ。……まあ、オレ以外にも、ここにいる白魔や黒魔女は皆、ルカに恩を感じている。

 ルカは、ああ見えても、根は優しい心の持ち主なんだ。行き場を失った白魔や黒魔女を見つけては、この世界に誘ってくれた。だから、オレは、あいつの考えに付き従っていくつもりさ。

 ……だが……、さっきあんたが言っていた通り、この世界は、あいつの魔力を糧にして創られている世界だ。あいつは気丈に振る舞っているが……、いつかは限界が来るだろうな。」


 マオは、瞳を揺らしながら俯いた。その瞳からは、これまで、ずっと迷いを抱き続けていたんだということが見て取れる。


 私が、何て声を掛けたら良いか迷っていると、マオが不意に顔を上げ、自ら口火を切った。


「……なあ、あんた。名前は何て言うんだ?」


「え?……凛花。」


「……凛花は、オレ達を外の世界に連れ出そうとしているらしいじゃないか。そうすることで、皆は……ルカは、幸せに暮らしていけると、本気でそう思っているのか?」


 マオの紅い瞳は、私の瞳の向こう側の心意を測るかの様に、真っ直ぐと見つめている。


 だから私は、迷う事なく、自分の考えを包み隠さず、伝えることにした。


「……私は……」


 と、言いかけたその時。


 ──ドンッ!


 と、まるで地を突き上げる様な、強い地震が起こった!


「……ッ!?一体どうなっているんだ!?」


 マオが、低い姿勢になって、やり過ごしながら狼狽えている。


 ……私も何だか、胸騒ぎがしてきた。




       *****



【ルカ視点】


 家から少し離れたところにある、広い平原の上に寝そべり、星空を眺めながら、私は色々と考えていた。


 この世界の事。マオの言っていた事。そして、あの女の人に、傷を付けてしまった事。


 ……確かに、さっきは、やり過ぎたかも。マオの言う通り、暴力は良くない……けど、私はどうしても、この世界から出たくない。

 

 今のところ、この世界を維持させるのに必要なマナは安定しているし、私自身も、苦に思っていないから、この世界が、いきなり崩壊する事はないと思う。


 ……でも、マオは、私が何度も、そう説明しても納得してくれない。

 きっと今頃、あの女の人を説得させるどころか、あの女の人と、協力しようなんて考えているかもしれない。


 そう勘付きながらも、私がマオの言葉に素直に従ったのは、マオとは、あまり争いたくないから。


 マオは、よく他愛無い会話をしてくれるし、私の悩みも親身になって聞いてくれるし、私が間違った事をしたら、すぐに叱ってくれる。


 マオは、私にとっては、家族も同然の存在だ。


 だから、争いたくはない……けど、この世界から出るのも嫌だ。……もしも本当に、あの女の人と結託して、私を強引に外へと引きずり出そうとするならば、その時は……どうすれば良いんだろう……?


 ぼんやりと、星空を眺めながら、そんな思案に耽っていた。


 ……が、その時に突然、地面が激しく揺れ始めた!


「ッ!何!?」


 ──誰かが、この世界に干渉しようとしている!?


 そう気付いた直後、すぐに地震は収まったが、


 ──グシャッ!


 と、何か柔らかい物が潰された様な音が聞こえ、ハッとして空を見上げると、夜空の一部に現れた白い空間から、3人の人影が舞い降りてくるのが見えた。

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