第2話 恋と不倫の予感は突然に
*****
──あれは、
あの日の私は、めんどくさい作法のお勉強から逃亡して、花畑で一人、寛いでいましたわ。
万が一、誰かが探しに来ても、丈の長い花もあるから、そこに小さな体を潜り込ませれば、バッチリですわ!
……と、その日も勝利を確信し、悪戯っ子の笑みを浮かべながら、大の字で寝転がっていたのだけれど……、
「──お嬢様。」
「ふぎゃあッ!!?」
何の気配も音もなく、突然、誰かの顔が上から覗き込まれたので、私は素っ頓狂な声をあげながら、飛び上がってしまいましたわ。
慌てて相手を見ると、サクラの国の民族衣装の、着物と袴を履いている、同い年ぐらいの知らない男の子でしたわ。
当時の私は、彼の醸し出す、クールな雰囲気で、何だか怖そうな男の子だわ、と思っていたのだけれど……、
まさか、これが運命の邂逅だったとは、この時の私は、微塵にも思っていなかったわ。
「ど、どどどどど、どちら様ですの!?」
慌てふためき、震える私へと、彼は、ゆっくりと近づいて来て──、
何故か目の前で、スッと跪き、頭を垂れた。
「……へ?」
「本日から、お屋敷の用心棒兼、お嬢様の執事見習いとなります、
「り、竜堂……、蓮桜……ですの?」
「突然、この場で挨拶する事になってしまい、申し訳ありません。ですが、お屋敷に着いた途端、お嬢様が脱走したと聞き、私も慣れない屋敷の中を、急いで探し回り、結果、正式な挨拶が成立しませんでした。
今後は、家臣の苦労も考えた方がよろしいかと。」
蓮桜という男の子は、挨拶をした後、新人の立場でありながらも、私の瞳を真っ直ぐと見据えながら、注意してきたわ。
プライドが高い貴族の方だと、ブチブチにキレるのでしょうけれど、当時の私は、この方の言う通りだなと思い、シュンとしたわ。
「そ、そう……だったのね。それは、いきなり苦労を掛けてしまいましたわね。ごめんなさいですわ。…………でも、作法のお勉強には飽き飽きですわ!!」
反省しつつも、それだけは嫌だと思い、全力疾走で逃げようとしたのだけれど、当然、腕を掴まれてしまいましたわ。
「いーーやーーですわ!!離しなさーーーーい!!」
「素直な方だと思いましたが、少々お転婆な様ですね。……先が思いやられそうです。」
「お、お転婆ですが何か?誰だって、お勉強は嫌ですわ!」
「……プッ。」
「……え?」
蓮桜から変な音が聞こえたなと思い、振り返ると、私の腕を掴んだまま、何故か俯いて震えていた。
「ど、どうしたのですの!?まさか、具合が悪いのですの!?」
もしかしたら、私を探し回ったせいで、具合が悪くなってしまったのかと思い、慌てて蓮桜の顔を覗き込むと──、
「今度は開き直った……。貴女は、正直な上に、コロコロと態度を変える、純粋で面白いお嬢様ですね。」
と、クールだった表情を一転、緑の匂いが漂いそうな、爽やかな笑顔を私に向けてきた。
──キュンッ!
……な、何なのですの?今のは……。胸の辺りが、何か変でしたわ!
突然の、胸の疼きに戸惑う私に、蓮桜はそっと手を握ると、子供でありながらも、形の良い唇を開かせた。
「……ですがお嬢様、作法は貴女様の美しくさを、さらに際立たせる為に、そして立派な格式を示す為に、必要な事です。
これでは折角の、美しい容姿や純粋な心が、台無しになってしまうと、私は思います。
ですので、今からでも、カルド様に謝りに行きましょう。もし、心細いのであれば、私も共に参ります。」
そう、薔薇の様に美しい微笑を浮かべながら、彼はそう言った。
その瞬間、
────ズキュンッ!!!!!!!!
と、胸が強く射抜かれた様な衝撃が走り、私の身体は、舞い散る花弁と共に、後方へと吹っ飛ばされようとしていた。
「お、お嬢様!?」
その身体を、蓮桜が受け止め、グイッと自身へと引き寄せたわ!
「だ、大丈夫ですか?」
「はっ……、はわわわわっ、はわわわわわ………!!はわわッ!!!」
「は?」
れ、蓮桜の美顔から、目がッ!離せない!!
もっと抱き寄せてほしい!!!
「ぐっ……!?お、お嬢様!く、苦しいです……!い、一体、何処からこんな馬鹿力が……ッ!?」
──ああっ!!抱きしめる度に、胸の鼓動が、バクバクと、激しくッ!高鳴ってゆく!!!
そういえば以前に、お母様が仰っていましたわ。
好きな男の人を見ると、片時も目が離せず、胸の鼓動は高鳴り、全力で抱きしめたくなると。
そして、幸せな気持ちで、胸がいっぱいになると!
……これが、
〈 〈 〈 〈恋!!!〉 〉 〉 〉
*****
甘くも激しい、運命の愛の序章を、お祖父様に話している内に、いつの間にか日が沈み、空には夜の帷が広がり始めていた。
「……と、まあ、この場所は、私にとって、運命の場所なのですわ!……ああ!今でも、あの時の幸せな気持ちは、手に取る様に覚えていますわ!それに、あの頃の蓮桜は初々しくて、何だか懐かしいですわね!」
「…………そ、そうじゃったのか……。そういえばあの日、蓮桜の顔が、ゲッソリしていたのう。当時は、初出勤だから、緊張しておったのかと思っていたのじゃが……。真実を知った今は、蓮桜が気の毒に思えてきたわい。」
「何か仰いましたか、お祖父様?」
「い、い、いやいやいや!何でもないのじゃ!そ、それよりもライラック、お主の蓮桜に対する愛情は、痛いほど良ーーーーく理解した。
……じゃが、そんなに心配する事は無いのじゃよ。」
「今のは聞き捨てなりませんわ、お祖父様!このところ蓮桜は、外へ行く事も多くなって、何日も帰ってこないのよ!?話す機会が減ったどころか、姿を見る機会も減ったのよ!?
……はっ!!もしや、浮気ですの!?」
最悪の可能性に辿り着き、興奮状態になりつつある私に、お祖父様が目を見開いて驚きつつも、肩をポンポンと叩いて、宥めようとしてくれた。
「お、落ち着きなさい、ライラック!……確かに、最近の蓮桜は、外出が多くなったが、それも理由があっての事じゃ。」
「不倫!?やはり不倫ですの!?」
「違うわい!……そもそも、結婚どころか、まだ付き合ってもおらぬが……、
蓮桜が、そんな男では無い事は、ライラックが一番、良く分かっているであろう。もう少しだけ、蓮桜を信じて待っていてはもらえぬだろうか?」
…………確かに、お祖父様の、仰る通りですわ。
でも、ここのとこ、蓮桜と会えない日々が続いてしまって、正直、とてつもなく心細いですわ……。
「……ライラック……。」
そう思っていたら、知らず知らずのうちに、涙が流れてしまい、お祖父様が、そっとハンカチを差し出してくれた。
私は、そのハンカチで、鼻水を思いっきり擤むと、沈んだ夕陽に向かって、思いっきり叫んだ。
「蓮桜のバカーーーーーーーーッ!!浮気者ーーーーーーッ!!!」
「こ、コラ、ライラック!街中の者達に聞こえてしまうぞ!」
もっと叫びたかったのだけれど、お祖父様に止められ、そのまま引きずられる様にして屋敷の中へと帰らされてしまいましたわ。
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